『戦巫女〈解放戦線〉物語』
あらすじ
現代、混沌に落ちた古の戦巫女が、混沌帝国・女帝として復活し、妖精界の撲滅と人間の心の完全支配のため、日本侵略へ乗り出す。妖精界は、密かに日本各地で見出していた女性たちを戦巫女として覚醒させ、その防衛にあたる。
序盤・中盤は、とある地方の武道を志す中学生3人と地方担当の幹部との戦い、その3人が女帝の懐刀に敗れ、戦巫女としての能力を解かれる話。
終盤は、女帝の過去の回想から、なぜ妖精界の撲滅と人間の支配を決断するに至ったかの話。
登場人物
碧木翠(あおきみどり):丘田市の中学3年生。ブルース・リーに憧れて独学でジークンドーの練習をしている。元々は野球をやっていたが、部活最後の試合に負けたこと、肘の故障をきっかけに燃え尽きていた。ブルース・リーの映画にハマり、ジークンドーについて学ぶようになる。トレーニング中、混沌帝国に追われていたトラックと遭遇、幹部のツヨガリの追跡を払おうとするも、追い詰められる。トラックの能力により覚醒し、混沌帝国との戦いに身を投じていく。右投げ左打ち。
紅葉谷楓(もみじだにかえで):丘田市の中学3年生。翠とは同級生で幼馴染。伝統派空手黒帯で、空手部のエース。フルコンタクト空手に興味を持っており、密かに部位鍛錬もやっているが、近くに伝手がないこと、転向するには遠くの学校・道場に通う必要があることから、周囲には言えないでいる。ブルース・リー×チャック・ノリス戦には納得していない。翠の戦いを目撃し、事情を問おうとしたところに、ツヨガリが現れる。苦戦を強いられる中、トラックによって覚醒、翠とともに戦うことを決意する。
紫藤葵(しとうあおい):丘田市の中学3年生。翠と楓とは同じクラス。合気道場の娘だが、武道自体にあまり興味がなく、いやいやで合気道の練習をさせられている。ただ、才能は随一に持っている。映画オタクで、極力引きこもっていたいと思っている。ブルース・リーの映画も把握はしている。道場には妖精・トラックが住まっていて、トラックを狙ったツヨガリに道場を強襲された際、祖父・茂から止められたのもあり、トラックを追うことはしなかった。翠・楓が訪ねてきて、茂から戦巫女の伝承について語られ、改めて戦い参加を問われたところにツヨガリが現れる。祖父の能力をコピーした黒い妖精との乱取りを制し、トラックの能力も授かって、ツヨガリらを撃退。戦いへの参加も決断する。
紫藤茂(しとうしげる):葵の祖父。代々続く、合気道場を営む。「合気道」の看板を掲げているが、あらゆる武道に精通する。神職の資格も持っている。妖精や戦巫女に関する伝承、神社庁からの行方不明の巫女の情報通達、妖精トラックからの証言から、混沌帝国に関する事情を掴んではいたが、葵を巻き込みたくない思いから、静観をしていた。だが、葵の同級生の翠と楓が巻き込まれてしまったことから責任を感じ、葵の参加、3人の指導を引き受ける。
妖精トラック(『死亡遊戯』でのブルース・リーの衣装のトラックスーツから):古の妖精。紫藤葵の合気道場に住んでいる。競技者にゾーンのような状態をもたらす。道場での伝承にて、その者の力を妄りに使ってはならないと言われている。かつて、ひとりの古の戦巫女・カヨを追い込んでしまったことから、自ら引き籠ってしまう。妖精界から協力の要請を受けていたが断っていた。ある時、混沌帝国の幹部・ツヨガリがトラックの強奪のため、道場に侵入。逃げ出した所を碧木翠に拾われる。ツヨガリが黒い妖精を召喚して迫ってきた時、必死に守ろうとしてくれる翠に力をもたらし、ツヨガリたちを撃退する。その後、紅葉谷楓や紫藤葵たちの協力も得て、混沌帝国との対抗に臨んでいく。
混沌帝国・女帝:戦国時代に活躍し、秩序回復に尽力していた元戦巫女。元の名はハツ。ある時、親友の戦巫女・カヨが、人間大化した強欲な妖精によって慰み者にされてしまっている所を目撃し、激高。妖精界の撲滅、ひいては人間たちの完全支配に乗り出すも、他の妖精と戦巫女たちにより、とある島の神社に封印される。現代、島の若い巫女が、興味本位で本殿の箱を開けてしまい、元戦巫女の怨念が解放、巫女に憑りつき、女帝を自称、かつての相棒の妖精や、ネガティブな感情を持つ者たちを集め、日本への侵攻に乗り出す。
混沌帝国幹部・ツヨガリ:中部山間地域を担当。元々、武道競技者であったが、大会で成績があげられず、「形だけで中身がない」とバカにされていたことから、強さへの妄執・周囲への怨念に駆られていた。そこを混沌帝国の女帝に見出され、混沌帝国に所属する。丘田市の合気道場に、競技者に力をもたらす妖精・トラックがいることを知り、自らの野心に利用するため、合気道場を狙う。碧木翠によって阻まれた後も、執拗にトラックを狙い続け、碧木翠・紅葉谷楓・紫藤葵と武を交えていく。
混沌帝国幹部・オボロ:女帝の懐刀であり、各地の戦巫女たちの封印・妖精たちの粛清をして回っている。元は妖精のひとりで、元戦巫女である女帝(ハツ)の相棒だった。戦国時代を生き抜く中で人間体への変身を可能とし、戦闘能力も高い。女帝の悲痛に寄り添うべく付き従う。戦巫女たちを封印しているのは、かつての女帝の悲しみを繰り返さないため。
古の戦巫女・カヨ:戦国時代の戦巫女。ハツの親友。ハツと共に秩序回復に尽力していた。関東征伐の戦が終わり、トラックとも別れ、体力が尽きていたところに、強欲により人間化した妖精たちに襲われ、慰み者にされた後、息絶える。
補足
ジャンル:「闘うヒロイン」。プリキュア風のヒロインものを、より武術・武道特化に描く。また、結末はダークな方向。
今作における妖精:人の心の在り様から派生し、森の中で集合・生命を宿した存在。戦国時代、人間化・怪物化した妖精が氾濫し、妖精界と戦巫女たちによる秩序回復が困難な時期にあった。時代が降るにつれて、世の中が平穏になっていくのに比例して、妖精たちの感情・煩悩は穏やかとなり、現代では、大人しい妖精がほとんどである。近代戦争の頃においては、近代化政策による森林伐採、空爆・ミサイルなどによる森林の焼失が伴っていたため、妖精の発生自体が激減しており、戦国時代のような混乱は起きなかった。
混沌帝国:女帝率いる過激派集団。関東沖のとある島を掌握し、独立国を自称。日本各地に拠点を展開し、人々をテロリズムと布教活動によって侵略することを目論むも、妖精界と戦巫女たちの抵抗により、各地で拮抗している状態となっている。女帝・幹部はそれぞれ、人のネガティブな心によって等身大化かつ能力を強化コピーした黒い妖精を召喚する能力を持つ。
舞台・丘田市:架空の自治体。モデルは長野県飯田市。「イイ」は古代語で「高い丘」を指す語。
5章構成。1章は翠とトラックの出会い(約2900字)、2章は楓の参戦(約2700字)、3章は葵の参戦(約3700字)、4章はツヨガリとの決着、オボロの登場と3人の敗北(約4100字)、5章は女帝とオボロの過去(約1800字)、といった流れ。
本編1章
〇丘田市・合気道場(午後)
神棚でぼんやりしている妖精トラック。
(トラックの回想)
右手の短槍を片手突きで素早く突きだす、戦巫女・カヨ。
カヨ「トラック、私は大丈夫だから。自由に生きて……」
(トラックの回想終)
稽古をしている茂と葵。
ツヨガリが道場の扉をバタンと開けて入り込んでくる。履物をちゃんと揃えて、裸足で上がる。
ツヨガリ「頼もーっ!俺は混沌帝国の幹部のツヨガリだ。 ここに人の身体能力を飛躍させる能力を持つ妖精がいると聞く。大人しくそいつを渡せ!」
神棚にトラックは既にいなくなっていた。
茂「妖精はおらんよ。お主が大きな音など立てるから逃げてしまったのだろう。この道場には用はないはず。お引き取りなさい」
ツヨガリ「ふんっ! 邪魔したな」
ツヨガリは一礼をして履物を直し、扉をバタンと閉めて去っていく。
葵「ニュースでやってた悪い奴らみたいだけど、なんか礼儀正しいんだが、騒々しいんだか。じいちゃん、トラックを探した方がいいのかな?」
茂「深入りすることはなかろう。トラックもそのうち帰ってくるだろう」
〇丘田市・農道沿い(午後)
ランニングをする翠。
農家が携帯してるラジオの放送「混沌帝国による被害が主要都市各地に広がり、戦巫女たちによる防衛戦が続いています。政府は首都圏を中心に警戒態勢と経済活動の緊急自粛を発表……」
翠モノローグ「混沌帝国だか、戦巫女だか、物騒なのか、ヒーローショーみたいなのか、よくわからないニュース。日本の話なんだろうけど、どうせ都会の話。田舎には関係ない。ましてや、今の私にはどうでもいい。やりたいことがない。野球を諦めて、ジークンドーにハマってみたはものの、これをやってどうなるものでもない。ただ、体を動かす習慣が抜けきらない捌け口にしてるだけだから」
(フラッシュバック)
翠の投球がすっぽ抜けてしまう。相手チームのランナーがホームに駆け込み、逆転されてしまう。
(フラッシュバック終)
翠は、ストレートリードのフォームで右拳を縦に突き出す。
トラック「ほう、いい動きしとるね」
翠の右拳に、いつの間にか乗っかっていたトラック。
翠「え? えぇーっ! 何これ!?」
ツヨガリ「おっ? あそこだ。おいっ! その妖精を渡せ!」
向かい方向からツヨガリが向かってくる。
トラック「そうか、追われておったんだわ。娘さん、さっさと行きなさい」
翠「えーっと? これはどういう……」
トラック「わしは妖精のトラック。昔、戦巫女さんたちに手を貸していた者。あれは、混沌とやらの若造だそうな。わしに用があるらしい」
翠「悪い奴に追われてるってこと? じゃあ、逃げなきゃ」
翠はトラックを抱えて、農道を走り出す。
ツヨガリ「あ! コラッ! 待て!」
トラック「娘さん、わしのことには構わず……」
翠「混沌帝国って、都会で何かテロみたいなことしてる人たちでしょ? で、あんたはそれに狙われてる、ってことでいいんだよね?」
トラック「あ、あぁ……、だから構わず……」
翠は走りながら、辺りを見渡す。
翠「誰かに助けてもらうには……、こっからは遠いか……。あぁ、田舎って田んぼばっかで、無駄にだだっ広いんだから。さっきすれ違ったおじさんも……、いない! ホントに、車も人もいない! こうなったら……」
翠は足を止めて振り返り、右前の構えで態勢をとる。
トラック「娘さん、やめなさい」
翠「誰かを守らなきゃいけない。助けを求めるにも、辺りに人がいない。逃げるにも限界がある。この状況なら、護身の条件は整ってるんじゃない?」
ツヨガリ「おい、小娘。さっさとその妖精を渡せ。お前には関係ないだろ」
翠は構えを解かず、ツヨガリを見据える。
ツヨガリ「サウスポー……? いや、ジークンドーか? ブルース・リーの真似事か? アチョーとでも叫ぶ気か?」
翠「あれは、映画。実際は言わないし、映画の中のアクションに本物の技術がちゃんと組み込まれてる。おっさん、ちゃんと観てないな?」
ツヨガリ「ふんっ! 素人がいっちょ前に。少しビビらせるか」
ツヨガリは手を翳す。黒い霧のようなものが漂い、翠と同じくらいの体格に収斂していき、翠と同じ構えをとる。
翠「えっ!? ドッペルゲンガー!?」
ツヨガリ「貴様のネガティブな感情と能力をコピーした、黒い妖精とかいう奴だそうだ。コピーといっても人間よりも強いんだそうな。女帝はこれでもって人手を補って、日本を制圧するんだとか。まぁ、よくわからんが、ビビっただろ? さっさと帰れ」
トラック「ハツ殿……。それほどまでに世の中を憎んで……。娘さん、この若造が言う通り、わしを置いて逃げなさい」
翠は構えを解かず、黒い妖精に、にじり寄る。
翠が右拳を繰り出す。黒い妖精はステップで距離をとる。
トラック「娘さん……」
ツヨガリ「チッ、その妖精さえ手に入れば、こんな片田舎なんか用はねえのによう。仕方ねぇ、少し痛い目見せとけ!」
黒い妖精からストレートリードが繰り出される。
翠は払うため、黒い妖精の右腕に触れる。
(フラッシュバック)
野球部員「野球やめて、ブルース・リーにご執心って、どういう風の吹き回し? それやってどうするの?」
翠「うるせぇなぁ……。別にいいだろ」
野球部員「試合のこと気にしてるの? 別にあんたのこと誰も責めてないよ。ねぇ、高校行ってもやろうよ」
翠「うぜぇよ! そんなんじゃねぇよ。もういいんだよ。野球とか、仲間とか」
野球部員「あっ、そう! もう知らない!」
(フラッシュバック終)
黒い妖精が踏み込み、ボディを狙うと見せかけ、上段に蹴りを見舞う。
翠は咄嗟に手で庇う。苦悶の表情で、手を振りながら、構えを取り続ける。
ツヨガリ「へっ、素人がしゃしゃり出るからだ。手がおシャカみたいじゃねえか」
トラック「娘さん……、仕方ない」
トラックは両手を翳す。翠が光に包まれる。
翠は、黒い妖精の動きがスローになっていくのを感じる。手の痛みも感じなくなっている。
黒い妖精は、コンビネーションを織り交ぜ、右左と突き、蹴りを繰り出す。
翠はこれを捌きつつ、ステップでアングルを取り、相手の様子を観察する。
(フラッシュバック)
翠の投球が決まる。
スコアブックに相手チームの出塁の記録がない。
(フラッシュバック終)
翠モノローグ「あの時の、パーフェクトやった時の感覚だ。自分の動きも、相手の動きも、何かわかる」
黒い妖精が渾身の右ストレートを繰り出そうとする。
翠は咄嗟に低い態勢になって、左フックをボディに入れる。
黒い妖精が霧散していく。
ツヨガリ「チッ、ややこしいことになっちまった。おい!小娘、覚えてろ!」
ツヨガリが立ち去っていく。
翠「ふぅ……、疲れた。何とかなったみたい。それより、妖精さん、一体、何をしてくれたの?」
トラック「ちょっと、お前さんの力を引き出すのを手助けしただけさ。力そのものはお前さんのものだよ。よく鍛錬してるとみえる。それより娘さん、今回のことは忘れて、帰り……」
翠「妖精さん、しばらくうちに泊まりなよ。また、あのおっさんが来るかもしれないし。私、部活も終わって暇だから、協力するよ。独学だけど、ジークンドーが役立ってよかったよ。」
トラック「え、いや……。やれやれ、後先も考えず、誰かを助けようとするなんて、まるでカヨ殿のようだ……」
本編2章
〇丘田市・中学校(放課後)
翠は下校中の道すがら、トラックに尋ねる。
翠「ところで、トラックはどうしてあのおっさんに狙われてるの?」
トラック「恐らく、人の身体能力を引き出す、わしの力を狙ってのことだろう。見るに、あの若造も武道経験者なのだろう。それより、ホントにいいのかい? 手を引いてもらって構わないのだよ」
翠「私は大丈夫。いいトレーニングになるし」
トラック「カヨ……、あ、いや、翠。これはトレーニングじゃ……」
楓「翠!」
翠はトラックを隠し、声がする方へ振り返る。
楓「翠! 昨日のあれは何だ?」
翠「楓! あれって、何のこと?」
楓「昨日、誰かと決闘みたいなことしてたのを遠くで見かけたんだが」
翠モノローグ「田舎って、だだっ広いんだか、狭いんだか。つーか、目、良すぎじゃね?」
翠「ここじゃ、人も多いから、昨日の所に行こう」
〇丘田市・農道(午後)
翠は昨日の立ちあった場所まで案内する。
トラックが密かに話しかける。
トラック「翠、あの娘さんは? これ以上、誰かは巻き込めん。上手く誤魔化せ」
翠「あいつは同級生で幼馴染の紅葉谷楓。空手部のエースで、小さい頃から真っ直ぐな奴で、誤魔化すのは正直、無理。もう、こうなったら……」
翠は楓に振り返り、トラックを差し出す。
トラック「あっ、翠」
楓「何だ? これは?」
翠「楓に隠し事してもしょうがない。これは妖精のトラック。訳あって、ニュースでやってる混沌帝国に狙われてる」
楓「そうか、それで……。それより翠、ちょっと付き合え」
楓はオーソドックスに構える。
翠「いや、小さい頃のごっこ遊びじゃねえんだから、今の楓を相手なんてできねえよ」
楓「ジークンドーやってるとか聞いてたが、昨日の動き、よかったぞ」
翠は顔を綻ばせて、右前の構えをとる。
楓「いいぞ、来い!映画の真似事が私に通じるかな? 空手家の蹴りをパリングなんてできるわけないだろ」
翠「なんで『ドラゴンへの道』の話になるんだよ。結構、観てるじゃねえか。確かに映画の演出の部分もあるけど、ジークンドーの技術自体は本物だよ」
翠は右左のワンツーを入れにいく。アングルを変えて、右左の突き、蹴りを織り交ぜる。
楓は捌きながら、翠の動きを観察する。
楓モノローグ「利き手を前にした、サウスポー構え。遠間からの踏み込みは、伝統派のようでもあるけど、ステップの種類や、近接でのコンビネーションの多彩さはボクシングとかの西洋格闘技由来のものもある。武道・格闘技未経験ながらこれほど動けるのは、野球のフットワークが活きてるんだろう」
楓「翠、いいセンスだな」
翠「素人だって、バカにされるって思ってたよ」
翠は右フックをボディに打ち込む。
翠「あっ、ごめん、入っちゃった。つーか、固っ! 伝統派って、寸止めじゃないの?」
楓「構わん。寸止めと言われてるが、実際は当たってることが多い。それより、今の突き。踏み込み、体の連動、タイミング、悪くない。でも、軽い。翠、あんた……?」
ツヨガリ「ガキ同士で何やってんだ?」
ツヨガリが現れ、向かってくる。
ツヨガリ「こんな田舎なんざ、行くとこもねえだろうから、ここ張ってりゃ来るだろうと思ってたら、ホントに来やがったぜ」
翠「確かにそうだけど……、学校周りじゃ迷惑かかるかもだし、といって他に行くとこない!」
楓「私を頼れ! 今日は私が出よう」
翠「いや、空手部はまだ大会あるだろ? エースのお前が、ケガでもしたら……」
楓「構わん! いい稽古だ!」
ツヨガリ「どいつもこいつも、甘く見やがって。仕方ねえ、今日は昨日のようにはいかねぇぞ!」
ツヨガリが手を翳す。楓を模した黒い妖精が現れる。
楓「なるほど、自分の影と戦うか。面白い」
翠「無理だけはするなよ」
楓は刻み突きで間を詰める。
黒い妖精がスウェーする。
楓は間髪入れず逆突きを入れに行く。
黒い妖精は体をずらし、右上段蹴りを入れ、楓の頭部に決まる。
(フラッシュバック)
空手部顧問「紅葉谷、その拳はどうしたんだ?」
楓「あっ、いや、別に」
空手部顧問「フルコンや古流でもあるまいに、ケガのリスクもあるから控えとけよ。お前はうちのエースなんだから」
楓「押忍、すみません」
(フラッシュバック終)
翠「楓!」
ツヨガリ「うおっし! なるほど、当人の実力に比例して黒い妖精ってのも、強くなるってか。あの素人のガキと違って、あのガキはちっとはやるようだな。こりゃいい手駒が入ったぜ」
翠「私が弱いってか!?」
楓「翠は弱くない。私が証明する!」
楓はやや平行気味に構える。
黒い妖精は突きを畳みかける。
楓モノローグ「うっ…、なるほど、自己鍛錬とは違うな」
翠「楓、なんで避けないんだ? 」
ツヨガリ「今時の伝統派の小娘が、組打ちか? やめとけ、黒い妖精はコピーした人間よりも強い。下手すりゃ、ケガだけじゃ済まねえぞ」
黒い妖精は、楓が動かない様子から、下段蹴りも入れる。
翠「伝統派って、ローキックないんだろ? 楓からコピーしてるのに何で……?」
ツヨガリ「フルコンでもやりたいんじゃねえのか? この田舎じゃ、伝統派しかねえから仕方なくやってるってか? ったく、贅沢考えやがって……。おう、そろそろいいだろ。もう、とっくに動けねえだろ」
楓はフーと長く息を吐く。
楓「どうした! その程度か! まだだ! まだまだ、足りない! 押忍! 空手は最強! いかなる苦行にも耐え忍ぶ。私の辞書に退却はない!」
ツヨガリ「やせ我慢しやがって。もういい、おシャカにしてやれ!」
トラック「やれやれ。この時代にも、命知らずがいるとは……。仕方ない」
トラックが両手を翳す。楓が光に包まれる。
楓は痛みが鈍くなってくるのを感じ、黒い妖精の突きを受けながらも、前に出る。
楓モノローグ「なるほど、組打ちを受けるにもコツがあるのだな。これはいい稽古だ」
黒い妖精の足が平行になり、棒立ち気味になる。
楓は右下段蹴りを振り下ろす。
黒い妖精は態勢を崩し、霧散していく。
ツヨガリ「チッ、小娘どもが。覚えてろ!」
ツヨガリが去っていく。
翠「楓、大丈夫か? 無茶しやがって。稽古なんてもんじゃないだろ?」
楓「構わない。誰かを助けるためなら。それに部位鍛錬の成果を試せる絶好の機会だからな」
トラック「まったく、無鉄砲がまた増えおったわい。楓とやら、よく鍛錬してるようじゃが、あの黒い妖精の攻撃をまともに受けるようなことはやめなさい。組打ちも、いなすことを覚えてかないと持たないぞ」
楓「押忍! 精進します! それより翠、あんた、肘を悪くしてるんじゃないか?」
翠「……野球部の連中には内緒な」
本編3章
〇丘田市・合気道場・葵自室(午後)
『燃えよドラゴン』を鑑賞する葵。
(映画のワンシーン)
サモ・ハン・キンポーに呼吸投げを決めるブルース・リー
(映画のワンシーン終)
葵モノローグ「トラックの件、碧木さんや紅葉谷さんが巻き込まれてるっぽいな」
〇丘田市・中学校(午後)
翠と楓は下校の道すがら、話し合う。
翠「これからどうすればいい? このままというわけにもいかないだろうし」
楓「トラックの能力、武道や競技を志す者なら、誰でも欲しがる。あのツヨガリという男も、またどこかで待ち伏せてるだろう」
トラック「合気道場へ行ってくれ」
翠「合気道場って、紫藤さんのうち?」
トラック「誰も巻き込ませまいと思っていたが、こうなってしまっては、また頼らざるを得なかろう」
〇丘田市・合気道場(午後)
翠と楓は、合気道場の門の前に立つ。
翠「紫藤さんって、いつもさっさか帰っちゃうけど、ここでの稽古があるからなのなかな? あんまり話したこともないけど」
楓「私もだ。何度か空手の稽古で場所をお借りしたことがあるが、その時は紫藤さん、顔を出してくることもなかった」
門の扉が開く。
葵「お帰り、トラック」
翠「紫藤さん、あの……」
楓「トラックは元々ここにいたんだそうだな。事態は知ってたんだろ? なのになんで何もしなかったんだ?」
葵は俯く。
茂が奥から出てくる。
茂「わしが答えよう。さ、お二人とも上がって」
茂は、道場へ案内する。
3人は一礼して、道場に入り、真ん中に座る。
茂「お二人とも、巻き込むことになって、誠に申し訳なく思っている。これまでなぜ、静観していたのかについて、長くはなるが、話そう。伝承によれば、古来より、日本の森の奥には妖精たちが住む妖精界があるという。妖精は、人の心の在り様から生まれる。その中には、善い者もいれば、悪さをする者もいるという。時に、人に危害を加えることもあるそうな。妖精界は、妖精が見いだした娘たちと協力し、歴史の裏で秩序の安定に努めていた。そこのトラックも、その妖精の中の一人だそうだ。妖精と協力して戦う娘たちは戦巫女と呼ばれたという。古今より伝わる若い女性が巫女として生贄となる伝承、また女丈夫による武勇伝などは、もしかしたら、それにまつわる伝承なのかもしれん」
翠「トラックって、そんな昔から生きてたの!? っていうか、『トラック』って言葉、昔の日本にあったの?」
楓「そんなことはどうでもいい。その妖精や戦巫女たちがなんで、混沌帝国と戦ってるんですか?」
茂「混沌帝国が騒ぎを起こす前、ある島の神社の例祭で、巫女役を務めるはずだった女学生が行方不明になったと、神社庁から触れがあった。その島の神社には、戦国時代に活躍した戦巫女にまつわる品が納められていたという。混沌帝国の女帝と名乗る者の容姿が、行方不明の女学生にそっくりだと言われる。噂では、その戦国時代の戦巫女の怨霊が女学生に憑依したのではないかと。信じ難い話だが、妖精界は、その怨霊と戦っているらしい」
翠「怨霊!? ホントに!?」
楓「だがその信じ難い連中の一味が、目の前にもいるがな」
楓はトラックを振り返る。
トラック「わしは一味のつもりはないわい。じゃが、妖精界からの見立てとして、あれは戦国時代の戦巫女・ハツ殿で間違いない。戦乱の世、人の心が荒れていたのに呼応して、妖精たちも欲望に充てられて暴れる者が増えるようになった。ハツ殿は世の中を糺すため力を尽くしていた。とある不幸から世の全てを恨むようになり、この世を滅ぼさんが勢いで妖精界や人間たちに反旗を翻すが、その力を恐れた妖精界と戦巫女たちによって、島の神社に封印したのだが……。あのような形で蘇ることになるとは……。わしは流浪の末、この道場に代々から居候させてもらっていてな。混沌とやらが暴れ出して妖精界からも協力の打診があった。わしはこの道場を巻き込みたくない思いから断っていた。それは、茂殿にも伝えていた」
翠「トラックからの申し出だったのか……」
楓「すまない、紫藤さん、詰めるようなことを言って」
葵「いや、何もしなかった私が悪かった」
茂「いや、このまま孫娘が巻き込まれないで済むならと望んでしまったわしの責任だ。二人とも、本当にすまない。葵、こうなってしまった以上、協力する覚悟はできておるな」
葵「うん」
翠「ところで、なんで女の人が戦わなきゃいけないんだ?」
トラック「それは……」
ツヨガリが扉をバタンと開ける。
ツヨガリ「今日はうろついてねえと思ってたら、戻ってやがったか。おう、妖精。いい加減、俺に従え!」
ツヨガリは履物をそろえ、一礼して道場に上がってくる。
ツヨガリ「コピーする人間に応じて、黒い妖精は強くなる。ってことは、そこのお師匠殿をコピーすれば……」
ツヨガリは手を翳す。茂を模した黒い妖精が現れる。
茂「ここはわしが……」
葵「じいちゃん、私が出る」
翠「紫藤さん、無理しなくても……」
葵「何もしないでいたのがもどかしかった。それに、じいちゃんの技を受けてるのはこの中で私だけだから」
ツヨガリ「ふんっ! 嬢ちゃん、この黒い妖精は人間よりも強い。普段の稽古とは違うぜ」
葵は黒い妖精に歩み寄る。高く飛びあがり、ドロップキックを入れる。
ツヨガリ「な、なんだ!?」
翠「合気道って、こんなことするの?」
茂「『合気道』の看板を立ててはおるが、うちはこだわっておらなくてのう。あれは葵なりの奇襲なのだろう。じゃが……」
黒い妖精は受け身をとり、すぐに構えなおす。
葵モノローグ「手応えがない。さすがはじいちゃんのコピーだけある」
葵は当て身を入れにいく。
黒い妖精は葵の手を取る。
(フラッシュバック)
茂「婚姻!?」
トラック「妖精によって見いだされた、というより見初められた娘さんたちは、その一生を妖精たちのために尽くさなければならないという習わしがある。もっとも、わしにはそんな気はさらさらないがな」
(フラッシュバック終)
葵モノローグ「そうか、それで女性が戦わされてるわけか……」
黒い妖精は、葵を投げ飛ばす。
葵は受け身をとって、再び掛かっていく。
葵の当て身と黒い妖精の返しの応酬が繰り返される。
楓「戦っているというより、演武のようだ。動きの一つ一つが美しい」
ツヨガリ「ふんっ! それもいつまで持つかな?」
葵の呼吸が荒くなっていく。動きも鈍くなっていく。
翠「紫藤さん、大丈夫か?」
茂「あの子は、元々は稽古は好いておらなくてのう。1時間ほどの稽古のあとは、ずっと部屋に籠って映画を観ておるようじゃ。飲み込みが早く、技はこなすものの、如何せん、基礎の鍛錬が足りておらん。このような実践ではなおさら、差が出る」
黒い妖精の小手返しに力が入る。
葵はその勢いから側転で立ち返り、黒い妖精を投げ飛ばす。
黒い妖精は勢い余って態勢を崩す。
翠「やった!」
ツヨガリ「くそっ!何やってんだ!」
葵「力みが入ったね。何がコピーだ。じいちゃんはそんな隙は見せない」
トラック「妖精を倒すには、妖精の力が要る。葵、力を託すぞ」
トラックが両手を翳す。葵が光に包まれる。
翠「あれって、力を引き出すだけじゃなくて、あの黒い妖精を倒すのに必要だったんだ……」
葵は黒い妖精に歩み寄る。
黒い妖精が当て身に掛かる。
葵は一教で抑える。黒い妖精が霧散していく。
ツヨガリ「チッ、黒い妖精なんざ、当てにならねえじゃねえか。覚えてろ!」
ツヨガリは一礼して、道場を後にする。
葵「柄が悪いんだか、礼儀正しいんだか……。それより、トラック。妖精に選ばれた人は、その妖精と結婚しなきゃいけないって、本当? じいちゃんが止めたのはそれが理由?」
茂「葵、なぜそのことを?」
トラック「茂殿を模した黒い妖精に触れたからだろう。コピーした人間の思惑が頭の中に流れてきたか。そのことだが……」
翠「ないない、そんなこと。おとぎ話じゃあるまいし」
楓「私はただ、鍛錬のためについてきたに過ぎん」
葵「あ、じゃあ、私もそれで。さすがにない」
翠「私たちも、トラックも、協力はするけど、自由に生きる。それでいいじゃん」
トラック「あ……、それならそれで、わしも構わんが。やれやれ、揃いも揃って、カヨ殿を見てるようじゃ……」
翠「カヨさん? 誰? その人?」
トラック「あっ、それは……、いずれ……」
楓「ところで、葵。なんだ途中のあの様は?」
葵「えっ……、紅葉谷さん? というと?」
楓「楓でいい。鍛錬が理由と言ったな。ならば、私たちと明日から稽古だ。基礎から作り上げるぞ」
葵「えっ、それは、話の流れで……」
茂「わしからも頼みます。この子を鍛えてやってください」
葵「えー……、映画観たいよ……」
翠「そうだな。今日はみんなで映画観よう。葵、ブルース・リー好き? あ、私のことも翠でいいよ」
葵「あっ、うん。ちょうど『燃えよドラゴン』観てた」
翠「よし、明日は休みだし、3人で合宿だ。おじいさん、ここ借りていい? あと、葵みたいな柔らかい動き、教えてほしい」
楓「私からも頼みます。組打ちでのいなしを覚えたい」
茂「どうぞ、ご自由にお使いなさい。微力ながら、わしも協力しよう」
茂モノローグ「世の中が大変な時に何だが、葵にいい友ができたわい」
本編4章
〇丘田市・農道(午後)
ツヨガリは待ち伏せのため、佇む。
ツヨガリ「チッ、こんな田舎でモタモタしてられねぇってのによ。黒い妖精ってのも、当てになるもんじゃねえ。こうなりゃ、俺が直々にやるしかねえ……。あいつら、今日はここには来ねえのか?」
〇丘田市・合気道場(午後)
翠は葵に受け身や投げを教わる。
トラックが神棚からその様子を眺める。
翠「またあのおっさん、来るのかな? 黒い妖精とかいうの、結構強いし、トラックを守り切れるかどうか……」
葵「いや、チャンスはあると思う。コピーとは言いつつ、当人以上にどこか力任せな感じがある。その時が狙い目だと思う」
トラック「黒い妖精はネガティブな感情を基に派生する。一つの感情に固執すれば、居着きも生まれる。葵、いい着眼点だ」
翠「葵はそうだろうけど、私にはまだその感じはわからないよ」
楓は茂から組打ちでのいなしを教わる。
茂「葵も稽古量が増えて、以前よりも喋るようになった。楓さん、翠さんのお陰だ。感謝するよ」
楓「いえ、私たちは何も。それより茂先生、本当にあらゆる武道に精通していらっしゃる。他流派なのに、学ばせていただいて、私こそ感謝です」
茂「わしは、流派などこだわってないよ。こんな程度のことで良ければ、いつでもお教えしましょう」
ツヨガリが扉をバタンと開ける。
ツヨガリ「おう! 邪魔するぜ!」
ツヨガリは一礼して、道場に入る。
ツヨガリ「今日こそ、妖精はもらってく。今日は俺が直々に相手してやる。誰からでも掛かってこい!」
翠「今日は黒い妖精、出てこないのか」
葵「トラックを奪うことが目的なら、勝負なんてする必要ないと思うけど、一応戦ってくれるのね」
葵はツヨガリに歩み寄り、ドロップキックで奇襲する。
ツヨガリは避けずに受ける。
ツヨガリ「蚊が止まったか? 痛くもねえ飛び蹴りだな」
葵「なんて頑丈なんだ。前の黒い妖精にはいなされたけど、今日は跳ね返された」
楓「私が出よう。恐らく、あんたは空手の出だろう。ちょうどいい、稽古相手だ」
楓はツヨガリに下段蹴りを入れる。
ツヨガリはそれをいなす。
ツヨガリ「おう、てめえはちっとはやるようだな。お望み通り、俺が稽古つけてやる」
楓は近接で突き、蹴りのコンビネーションを重ねる。
ツヨガリはいなしながら、時折突きを返していく。
楓が押され始める。
ツヨガリは右鉤突きをボディに入れる。
楓「ぐっ……」
ツヨガリ「こないだの黒い妖精との打ち合いの痛みが残ってるようだな。へっ、練り込みが足りん」
翠「楓、やっぱり無理してたのか。おっさん、今度は私とスパーリングしてよ」
ツヨガリ「スパーリングじゃねえ! これは勝負だ! ったく、どいつもこいつも」
翠は右ジャブ、右左ワンツーを、サークリングで間合いに出入りしながら織り交ぜる。
ツヨガリは突きを返す。
翠は間合いを外し、突きをかわす。
ツヨガリ「ちっ、素人がちょこまかと。少し痛い目見とけ!」
ツヨガリは右鉤突きに力を入れる。
翠はスイッチングでかわし、左フックでツヨガリの顎を狙う。
ツヨガリは咄嗟にスリッピングさせ、肩で体当たりし、翠を突き飛ばす。
ツヨガリ「くそっ! 素人が味な真似しやがって」
翠「おっさん、なかなかやるな。黒い妖精に頼ってばっかりかと思ってたよ」
ツヨガリ「……舐めんなぁ」
茂「若者よ。ちょっといいかな」
茂はツヨガリの懐に立ち、ツヨガリの腹に手を置く。
茂が瞬時に波打つと、ツヨガリは苦悶の表情を浮かべ、崩れ落ちる。
ツヨガリ「ぐうっ……。寸勁か……。それもかなり高度な……」
茂「今日はもういいだろう。出稽古なら、いつでも歓迎するよ。この子たちにもいい経験になる。お前さん、よく鍛錬されている。立ち振る舞いも武道を志す者としてよい手本だ。何故、混沌帝国などに手を貸しておる?」
ツヨガリ「ぐうぅ……、うるせぇ……、舐めるなぁ……」
ツヨガリが黒い光に包まれる。
トラック「まずい。あれはあの時のハツ殿と同じ、全てを、己をも滅ぼさんとする光。3人とも、力を託す。あの若造を助けてやれ」
トラックが両手を翳す。翠・楓・葵は光に包まれる。
ツヨガリは右拳を振りかぶる。
葵が右腕を抑え、隅落としで投げ飛ばす。
ツヨガリは両腕を振り回す。
楓が両腕を捌き、正拳突きをボディに入れる。
ツヨガリはまだ腕を振り回す。
翠「さっきまでのおっさんと違うじゃん。もう落ち着きなよ、おっさん」
翠はツヨガリの腕をかわして懐に入り、左ショートフックをボディに決める。
ツヨガリから黒い光が消え、ツヨガリは崩れ落ちたまま動かない。
翠「おっさん、死んでるのかぁ?」
楓「気を失ってるだけだろ。それにしても、柄は悪いが、決して卑怯なことはしてこなかった。なんでこんなことに……?」
トラック「これまでに多くの挫折を経験し、鍛錬を重ねると同時に、憎悪までも育ってしまったのだろう。強さを欲することもまた、煩悩ということだ。3人とも、他人事ではないぞ」
葵「私は、そこまで強さには……」
楓「葵、奇襲も跳ね返されては意味がない。これから、私と基礎鍛錬だ!」
翠「楓は休め! 伝統派のエースが最早、満身創痍じゃないか」
オボロ「その通り。そこの空手家の娘だけじゃなく、3人とも、早く体を休めなさい」
オボロが一礼して、道場に入ってくる。
茂はオボロの所作に、美しさと畏怖を感じながら、3人を庇う位置に立つ。
茂「誰ですかな? また混沌帝国の方ですかな?」
オボロ「混沌帝国のオボロと申す。トラックの粛清、また、3人の戦巫女にも、即刻、手を退くよう、警告に参った」
翠「粛清……? それって、殺すってこと? そんなこと言われて、黙ってられるか!」
翠は右ストレートリードを繰り出すも、空振る。
体を既にずらしていたオボロは、翠の足を払い、翠が崩される。
茂「やめなさい。この者と戦ってはならない。先代の……、いや、それ以上の威厳を感じる。速く動くのではなく、相手の攻撃を感じ取って、足取りで既に機先を制している。並みの修行量ではない……」
オボロ「そこもとの御仁の言う通りだ。私は戦国の世より、ハツ殿と共に生き抜いてきた。あなたたちに勝ち目はない。大人しく、警告に従いなさい」
翠「戦国!? ということは、あんたも妖精!? 普通に人間っぽいんだけど!?」
葵がドロップキックで奇襲を掛けるも、かわされる。
葵「トラックとの付き合いは、3人では私が長いんだけど。こればかりは、言うことは聞けないな」
葵は果敢に当て身に掛かるも、オボロは体をずらすのみで、葵の誘いに乗らない。
葵の動きが突如止まり、大きくゼー、ハーと大きく息を切らす。
葵「なんで……? 体が……? 苦しい……」
オボロ「早速、限界が来てしまったか……。トラックの光を浴びた者は、極限まで力を引き出され、疲れや痛みに鈍感になる。体を休めなければ、とてつもない反動が来てしまう。これによって、何人もの古の戦巫女たちが壊されていったか……。そして、ハツ殿の友人のカヨ殿までも……」
トラックが俯く。
オボロ「そなたは、もう休め」
オボロが手を翳す。葵はバタッと倒れ込む。
茂「孫に何を……!?」
オボロ「眠らせただけだ。それに、妖精たちの光を浴びても効力が掛からないようにした。もう、戦わなくていい。トラック、カヨ殿たちだけに飽き足らず、今も尚、娘たちをたぶらかした罪、重いぞ」
楓「勝手に決めるな! トラックは関係ない! 戦うのは、私の意志だ! 私が証明する!」
楓は近接での突きを連打する。
楓「近接ならば、足取りも関係ない。あんたこそ、手を退きな!」
オボロは意に介さぬかのように、楓の突きを受ける。
楓の動きが止まる。
楓「あれ!? 何で……!?」
オボロ「意志があるとみなすのは、一体誰なのだろうな……。無茶な打ち合いをしていた上に、限界が来て、体が硬直してしまっている。早く休みなさい」
オボロは手を翳し、楓はガクッと座り込む。
翠「葵……、楓……。あんた、許さない……」
トラック「翠、もういい、やめるんだ……」
翠「トラック、私は大丈夫だから。これからも長生きしてよ」
トラック「翠……」
翠は右リードから左ストレート、回り込んで右フックと繰り出す。
オボロは足取りでかわす。
翠は懐に入ると見せかけ、右ハイキックを入れる。更に、コンビネーションを畳みかける。
(フラッシュバック)
野球部顧問「翠、連投が続いてるが、次の試合はどうする?」
翠「大丈夫です。連投してる方が調子いいくらいなんで。今のこの感覚、途切れさせたくないんです」
(フラッシュバック終)
オボロ「とっくに限界が来ていてもいい頃だが……。トラック、もしや……」
翠は渾身の右ストレートリードを繰り出し、オボロのボディに入る。
オボロ「踏み込み、タイミング、悪くない。だが、軽い。そなた、肘先の感覚がないのでは……?」
力が尽きた翠は肘を押さえて、座り込む。
翠「感情に囚われちゃいけないって、トラックにさっき教わったのに、つい右を出しちゃった…」
翠は涙を流す。
翠「あの時、ちゃんと肘を診てもらってれば……。また、みんなに迷惑掛けちゃった……。ごめん、楓、葵、茂先生、トラック……。私のせいだ、私が自己満の正義感を振り撒いたばっかりに...…、みんなを巻き込んじゃった……」
トラックが翠の側に寄る。
トラック「いや、悪いのはわしだ。翠を最初に見掛けたとき、在りし日のカヨ殿と重ねてしまった。つまり、その……」
オボロ「……トラック、その罪、重いぞ」
オボロはトラックを掴みあげる。
翠が這いつくばって、オボロの足元を掴む。泣きじゃくりながら、声を絞り出す。
翠「やだ……、やだ……、連れてかないで……、私から、光を奪わないで……」
オボロ「可哀想に……。光に充てられ、禁断症状が出ている……。そなたは若い。まだ立ち直れる。今はただ、休みなさい。」
オボロが手を翳す。翠から手の力が抜ける。
オボロ「御仁。3人を頼みます。この翠という娘、少々重い症状が出ています。よくよく休ませてあげてください。あとあの男も、ここに置いて行っていいですかな?」
茂「はい。お心遣い、感謝します。ニュースで流れているのとはイメージが違いますな。何故、今回のような騒ぎ起こされています?」
オボロ「私はただ、ハツ殿に従っているまでです」
オボロは、一礼して、トラックを抱えて、道場を後にする。
本編5章
〇島の神社・本殿(未明)
女帝は椅子に座ったまま、うつらうつらしている。
(女帝の回想)
〇関東の森奥(戦国時代・午後)
ハツとオボロはカヨを探す。
ハツ(女帝の元の名前)「カヨ!どこ!?」
オボロ「カヨ殿は相当にお体を酷使しているはず。今までの戦巫女の中でも、トラックとの相性が良かったとはいえ、限界がある。一刻も早く見つけなければ……」
ハツ「この森で人を見かけたからと入っていってしまったけど、もうすぐ日も暮れるというのに……。ホントに、自分を顧みないんだから」
オボロは足を止める。
オボロ「どこかで火を燃やしている……? 人がいるかもしれません。匂いを辿っていきましょう」
ハツ「急ぎましょう」
ハツとオボロは火の元へ駆け付ける。
火を囲う者たちが、ギヘヘヘと不気味な笑い声を挙げている。
ハツ「あなたたち、ここで何を……、あっ……、ああああああ!」
ハツと共に戦ってきた戦巫女たちが、男たちによって凌辱されている。
その中にはカヨの姿もあった。目が虚ろになっている。
ハツ「あなた方は……、何を……、何をしているのですかぁ!」
男「あぁ? 何だ、戦巫女か。お前も中に入るか? 俺たちのお陰で、お前さんたちは力を得て、平和ってやつを手にしたんだぜ。これくらいは恩返しでもしてくれねぇとよ。フハハハ……」
オボロ「ハツ殿。この者たちは妖精です。関東征伐の乱妨取りの中で、強欲に充てられたか……」
ハツ「許さん……、許さん……、許さん許さん許さん、許さぁーん!」
ハツは一瞬、黒い光に包まれる。
オボロ「ハツ殿!?」
ハツは長刀で、強欲な妖精たちの首を一閃で跳ね飛ばす。
ハツはカヨを抱え、泣き叫ぶ。
ハツ「ねぇ、カヨ! 起きてよ! カヨ! カヨ……」
カヨ「とら……、きて……」
ハツ「トラックは!? トラックはどうしたの!? なんでいないの!?」
オボロ「関東征伐が終わった後、信州の方に籠られたとか……」
ハツは歯をギリギリ噛みしめ、唸るように声をあげる。
ハツ「滅ぼす……。全ての妖精を、抹殺する! そして二度と妖精が生まれてこぬよう、全ての人間の心を支配する!」
(女帝の回想終)
女帝は目を覚まし、オボロが帰ってきたことに気づく。
女帝「トラックの気配がなくなったようだけど」
オボロ「はい、トラックは消滅しました」
女帝「そう……。トラックの光を浴びてしまった娘たちは?」
オボロ「疲労が著しいようでしたが、今は安らかに眠っています」
女帝「そう、それはよかった。オボロ、あなたはなぜ私に従ってくれるの?」
オボロ「私は、ハツ殿の正しき心から生まれた妖精。ハツ殿の御心の向かう先、どこまでもついていきます」
女帝「あの時代の娘たちも、正しき心を持っていたはず。なのに、なぜあのような……?」
オボロ「あの時代は業が渦巻く時代。生き延びようとすることそのものが、強欲ともなってしまう場合もあります。妖精たちもその欲望に充てられてしまったのでしょう」
女帝「そのような曖昧な存在のために、あの娘たちは……。そして今尚、妖精たちによって未来ある娘たちが利用されてしまっている。悲劇を繰り返さぬためにも、妖精界の撲滅と、人の心の完全支配は為さねばならぬ。オボロ、あなたも妖精のひとり。私が間違っていると思うなら、離れてもいいのよ」
オボロ「私はただ、ハツ殿に従うまでです。例え、この身が果てようとも」
女帝「この戦い、見込みはあると思う?」
オボロ「わかりません。国郡領主が割拠していたあの頃と違い、今の日本は一つの国としてまとまっています。いずれ警察や自衛隊が動き出すでしょう。ただ、死力を尽くすのみです」
女帝「そう。それでも、なんとしてでも成し遂げましょう。妖精たちにたぶらかされし娘たちの、果てなき戦いと悲しみからの解放を……。オボロ、こちらへ」
オボロ「はい」
オボロは女帝の傍に寄る。
女帝はオボロの顔を引き寄せ、耳元にささやく。
女帝「オボロ……。私を、悦ばせて……」
〇丘田市・合気道場・居間(午前)
茂はテレビで混沌帝国のニュースを見ている。
テレビ放送「混沌帝国・女帝は今日未明、『戦巫女解放戦線』を布告。妖精たちの排除と戦巫女の解放を旨とした活動の強化を、全国主要都市各拠点に指示。政府は引き続き、主要都市の警戒態勢を強めていく方針……」
茂「伝承が本当だったとはのう……。妖精とかいうのも、飛んだ喰わせもんだったというわけか……。オボロという者のお陰で、葵が巻き込まれなくてよかったわい。3人はあの時の記憶を失くしていて、また、元の日常に戻ってしまったが……」
『戦巫女〈解放戦線〉物語』終
