幸村を討て

著者
今村翔吾
出版社
中央公論新社
発行
2022年3月25日 初版発行
2022年7月30日 7版発行
感想
手にしたきっかけ
今村翔吾の作品なので面白いことは間違いないと思っており、以前から読みたいと思っていた。
ただこの厚さである。(3.5cm)いつも何か他に読んでいる最中の本があり、併読は不可能と思っていた。何かを読み終えた時には本書が書店にも図書館にも見当たらないということを繰り返してきたが、ようやく今回、念願かなって手にすることができた。
概要
物語は関ケ原の戦いを制し、天下人となった徳川家康がその総仕上げとして豊臣家を滅亡させることを決意する所から始まる。
まず豊臣恩顧の大名を暗殺(これは噂とする説と事実とする説があるようだが、本書では加藤清正以外は暗殺説を採っている。)し、方広寺の梵鐘で因縁をつけて開戦する。
暗殺は家康の狡さ、腹黒さを強調するための演出だとしても、梵鐘の件は私も子供の頃にこの話を聞いた時から単なるイチャモンに過ぎないと思っていて、その気持ちは大人になった今も変わらないが、戦国時代に天下を取るにはそれくらいの汚さも必要だったのだろうと思う。
家康の近くには常に本多正信が居てこの人が色々と謀をめぐらせる。この二人が本書での敵役なのだろう。小説の演出とは言え、次に何を仕掛けてくるのかという不気味さを感じた。
難攻不落の大坂城。大坂冬の陣では落とせず、一旦、城の外堀を埋めることで和睦をするが、ここでも家康、正信は謀略を用いる。
有名な内堀まで埋めてしまった事件である。最近はこの事件は家康が約束を反故にしたのではなく、当初からの約束であったという説も出てきているが、本書では従来の謀略説を採っている。
丸裸同然の大坂城。大坂夏の陣で家康は大軍を擁して攻めかかる。誰がどう見ても徳川方の勝利である。そんな状況下、家康の本陣に攻め入った隊があった。真田幸村率いる真田隊である。
さすがの家康も死を覚悟するものの辛くも逃れ、大坂城は陥落。豊臣秀頼、淀殿母子は自刃し、結果としては徳川方の勝利に終わる。
この幸村が家康を追い詰めた話は有名で映画、テレビ、小説などで多く描かれているが、本書の本当の物語はこの後である。これまでの部分はあくまでもプロローグである。
戦後、家康、正信が奇妙な違和感を感じたことから幸村について調べ始める。この物語に謎が多く戦国ミステリー小説と呼べる形になっている。
それぞれの思惑
子供の頃から不思議に思っていたことがある。
人間、誰しも命は惜しい。(少なくとも私はそう思っている。)どうしても戦わざるを得ない場合(一方的な侵略や守らなくてはならないものがある場合)を除いて、なぜ、負けることが明らかなのに、そこに味方するのか?ということである。
浪人とは言え、大坂冬の陣、夏の陣で豊臣方に付いた名のある武将たち。なぜ彼らは豊臣方に付いたのか?長年の疑問であったが、本書を読んでなるほどと思った。
こういう武将には二つのタイプがあるのだ。
とにかく後世に自分の名前を残し、語り継がれたい。
いずれ寝返るつもりだが、その前に相手を散々手こずらせて、自分を高く売り込む。
戦国時代の終焉を告げると思われていた大坂冬の陣、大坂夏の陣。
事実、この後は幕末、明治維新まで200年近く戦は起きていない。上記1、2いずれの場合も武将にとっては最後のチャンスである。
物語はそれぞれの思惑に忍びまで絡んで面白いミステリーになっている。恐らく当時の大坂城も誰が間者で誰が味方か分からない状況だったのであろうと推測する。
家康のトラウマ
家康であっても生涯で幾度か敗戦を経験している。
有名な所では三方ヶ原の戦い。あの武田信玄に完膚なきまでに叩きのめされ、逃げる途中、恐怖のあまり馬上で粗相をしでかした(それも大きい方)のは有名な話だ。
更に真田家が家康配下に居た時の上田合戦。これは天下を伺い始めた羽柴秀吉との戦いの前に、背後の北条氏とことを構えるのを避けるため、北条に真田氏の領土である上田を与えようとした時に幸村の父、真田昌幸がこれを拒否。家康との合戦に至ったものだが、三倍以上の大軍で上田城を攻めるも家康は多くの配下の武将を討ち取られ、結局、撤退を余儀なくされている。
(後に秀吉の斡旋により和睦。)
また敗戦ではないが、関ケ原の戦いの折り、家康は東海道、息子秀忠は中山道を進軍していた。この時、秀忠はすぐに落とせると踏んでいた上田城で昌幸率いる真田軍の抵抗をくらい、関ケ原の合戦に間に合わなかったのは有名な話である。
この時は真田の活躍にも関わらず、西軍本隊が関が原で敗れたため、結果的に家康が勝利し、昌幸や幸村は九度山に配流されてしまうが、家康にしてみれば二度も煮え湯を飲まされたことになる。また秀忠も完全に面目を潰されている。
そして最後はこれも敗戦ではないが、大坂夏の陣で幸村に本陣に突入され、死を覚悟している。戦には勝利したものの、幸村が英雄視され家康は勝者ではあるものの、後の世まで悪役として描かれることも多い。事実、本書もそうである。
そう。家康は信玄から真田へ連なる系譜に四度も煮え湯を飲まされており、晩年の家康にとってはトラウマであったに違いないと思う。
真田の狙い
それでは真田の狙いは何だったのだろう?本書での幸村の動きはとても謎が多い。
先ほど豊臣方に付いた武将には2つのタイプがあると言った。所が幸村の動きは1.の典型的な武将である後藤又兵衛と手を組むと見せかけて土壇場で裏切っている。
一方で南条元忠のような2.のタイプの武将も罠にはめている。
今まで見てきた幸村と明らかに異なる幸村の描き方である。「もしかして幸村を敵役にしようとしているのか?」そのような想像さえ浮かんできた。それくらい本書での幸村の描かれ方は異質に感じるのである。
そして驚くべき真田の狙いが明らかになるのは本書の終盤である。天下を獲れない真田の目指す道とは?
これは本書を是非読んでもらいたい。ただ個人的には400年以上経った現在、まさに真田の狙い通りになっているように思う。こういう生き残り方もあったのか!?と…さすが今村翔吾!着眼点が違う。
緊迫の最終決戦
本書のクライマックスは最終章。戦国ミステリーに決着がつく。
幸村について調べ上げた家康と正信。真実にたどり着き、昌幸の長男であり、幸村の兄である信之を召し出す。
これが家康と真田の最後の戦いである。そして家康にとっては天下統一のための最後の戦である。
鉄砲や弓矢の撃ち合いも、白兵戦も、刀による斬り合いも無い。派手な合戦シーンは無く、ただ静かに言葉のやり取りによる心理戦が繰り広げられる。
次から次へと証拠を示し真田家を取り壊そうとする家康・正信と巧みにそれらを交わして行く信之。静かに淡々と物語は進んで行くが、物凄い緊張感が伝わって来て、手に汗を握らされた。
家康は苦杯をなめさせられた真田に最後に一矢報いることができるのか?それとも真田が再び家康に黒星を付けるのか?これ以上は書かないが果たしてその結末やいかに?今村翔吾の真骨頂がこの章に集約されている。
