【復職後の日々 #13】都会という名の戦場を歩く。私が「大自然」に逃げ出したくなる理由。⛰
朝、会社に向かうためのあの数十分が、私にとっては毎日命懸けの試練だ。
「みんなと同じ時間に出勤する」ただそれだけのことが、なぜこれほどまでに心を削るのか。
駅への道のりから電車の中まで、そこには他人のイライラや殺気、せわしない空気が渦巻いている。
「急がなきゃ」という呪縛、他人のペースに飲み込まれる私
最寄り駅に向かう道すがら、みんなが一様に急いでいる。
ギリギリの家を出て、駅を目指して小走りになる人々。
本当は急ぐ必要なんてないのに、その光景を横目にすると、どうしても私の心まで「急がなきゃ」と引きずられてしまう。
ゆっくり歩こうと自分に言い聞かせても、背後から追い抜いていく人の波を見ると、私だけが取り残されているような、時間がずれているような感覚に陥る。
結局、周りに合わせるように早歩きをして、余計な疲労を溜め込んでしまう。
人のエネルギーに、いとも簡単に自分を持って行かれてしまうのだ。
満員電車の「殺気」と、譲り合えない大人たち🤛🏻
ようやく辿り着いた駅も、電車内も、逃げ場のない密室だ。
朝の通勤ラッシュは、誰もが心に余裕をなくした人々の溜まり場になっている。
電車が揺れるたびに身体が押しつぶされ、わざとではないにしても誰かとぶつかる。
ある時は降車を阻止するように肩をぶつけてくる人がいて、ある時は跳ね飛ばされるように体当たりをされる。
「すいません」と声をかけても、返ってくるのは睨みや無言の圧力。
なぜ、人は他人に被害を与えることでしか、自分のストレスを昇華できないのだろう。
朝から飛び交う怒号やピリついた視線を浴びるたびに、「何この世の中」と吐き出したくなる。
私は、もっと人間らしい場所で生きたい🪴
そんな日々を4年も続けていると、ふと思う。
「ああ、もう全部捨てて大自然に帰りたい」と。
都会には便利なものも多いけれど、それと引き換えに、私たちは毎日どれだけのものを削り取られているんだろう。
田舎には何もないと言われるけれど、少なくともそこには、他人の殺気に怯えたり、満員電車で身体をぶつけ合ったりして疲弊する時間は流れていないはずだ。
人間として、もっと穏やかに、変な思いをせずに生きたい。
将来のことを考えれば考えるほど、この都会のシステムの中で消耗し続けることへの不安が渦巻く。
それでも今は、自分を守りながら、一日を乗り越えるしかない。
そんな過酷な朝を今日もやり過ごした自分を、せめて私だけは肯定してあげたいと思う。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
あなたの朝も、もし同じようにしんどいなら、今日は自分をたくさん労ってあげてください。
もしよろしければ、皆さんの「朝のちょっとした逃げ道」や「自分を守るコツ」があれば、ぜひコメントで教えてください。🌱
