【40代働く女性の余白のつくり方⑥】- 視線を上げると思考はほどける
○序
通勤の途中、ふと視線が上がったとき——木々の葉が、いつのまにか若葉色になっていた。
遠くの山の稜線を目で追っていると、さっきまで頭を占めていた今日のスケジュールが、するりと消えていた。
かわりに浮かんできたのは、「夏までに、景色のいいところへ旅行に行こう」ということ。
ただ、遠くを見ていただけ。
○気づけば視線は下を向いている
あらためて思い返してみると、通勤中の視線はほとんどの時間、スマートフォンか、足元か、前の人の背中に向いている。
デスクに座っているときも同じ。画面から画面へ、タスクからタスクへ。視線の高さはおおむね水平以下で、視野はどんどん狭くなっていく。
それはそれで必要なことでもある。集中するということは、視野を絞ることでもあるから。でも、ずっとそのままでいると、思考まで「近く・今・タスク」の中に収縮してしまう——そんな感覚がある。
○遠くを見るということ
視覚的な話をすると、遠くを見るとき、目のピントを合わせる筋肉(毛様体筋)が弛緩する。ずっと近くを見続けることが目の疲れを生むように、遠くを見ることはその逆の働きをする。目のリセット、と言ってもいい。
でもそれ以上に、私が感じるのは「スケールの回復」。
山の稜線を目で追うとき、空の広さに気づくとき——自分が今日一日で抱えていることが、少し相対化される。焦りや詰まりが、ほんの少しほぐれる。そして思考が、もう少し先、もう少し遠くへ、自然と届くようになる。
旅行の計画が浮かんできたのも、きっとそういうことだったのだと思う。「考えよう」としたのではなく、視線を上げただけで起きた変化。
○日常にある小さなすき間
日常にはすでに、いくつかのすき間がある。
駅のホームで電車を待つあいだ、スマートフォンを見るかわりに、ホームの先の空を見る。
信号待ちのあいだ、高い木の葉が風に揺れているのを見る。
オフィスの窓から、手前のビルではなく、その向こうの稜線やかすんだ遠景に目をやる。
昼休みに少し外へ出て、上を見上げる。
どれも、1分にも満たないこと。でも、その1分が、思考のスケールを変えてくれることがある。
視線を上げるだけで、気持ちが少しゆるむ——かもしれない。
