【超短編・花シリーズ#5】 ルリハコベ
その娘を拾ったのは、関西国際空港に近い、
県道に沿った小さな児童公園の前だった。
ジャージの上下に小さなデイパック。
年の頃は15~6だろうか。
俺の孫、とまではいかないが、娘よりも若い。
家出娘だとすぐわかった。
深夜に輝く白々しい蛍光灯の街灯の下で、
捨てられた子犬のようにしゃがんでいた。
横に停まり、助手席のドアを開けたら、
少しの間、黒い大きな目で俺を見上げて、
黙って乗り込んできた。
薄汚れて擦り切れたスニーカー、
ボサボサの髪、
襟元からのぞく肌に紫色のあざ。
「どこまで行きたいんや?」
「・・・どこでもいい・・・。」
「まあ、ええわ。ちょっと寝とき。」
娘は、コクンとうなずくと、すぐに目をつむった。
太い眉、少し彫りの深い顔、大きな黒い目。
一目で俺と同じ地方の出身だと分かった。
俺の運転する車両運搬車は、
県道から国道481を経由し、阪和道に乗った。
買い取ったホンダS800という、
クラシックカーのようなスポーツカーを、
経営する修理工場に運ぶためだ。
紀伊田辺インターを降りた頃、
春の空が白々と明け始めた。
下道の信号待ちで、娘が目を覚ました。
「本島か?」
「・・・」
「うちなーじゅうか?」
娘は驚いたようにこくりとうなづいた。
「・・・今帰仁村」
今帰仁村は、沖縄本島北部、
自然が豊かで、スイカやパイナップルが名産の静かな村だ。
俺が同郷(那覇市だが)だと知り、俺に聴かれるまま、
娘は訥々と経緯を話し出した。
母親は、娘が10歳の時、酒癖の悪い父親を見限り離婚。
スイカ農家を営む父親の元に、強引に残された娘は、
畑仕事の手伝いをさせられて勉強もろくにできず、
事あるごとに父親の虐待を受けてきたという。
この春、中学卒業を機に父親の元を逃げ出し、
好きなダンスを学びたいと、なけなしの貯金で、
関空までたどり着いたところで、金が尽き、
俺に拾われたわけだ。
「名前は?」
「・・・琉莉。あだ名はクサ。」
「クサ? やなーやーねー!(ひどいな)」
沖縄では、畑の雑草のことを「クサ」と呼ぶ。
琉莉は、ことあるごとに父親から、
「お前は役立たずの雑草だ!」と言われてきたらしい。
俺は、この哀れな家出娘に、あの花を見せてやろうと、
本州最南端まで走らせることにした。
この時期なら、きっと見られるはずだ。
小さな漁港に車両運搬車を停め、
寝ぼけ眼の琉莉を連れて、
太平洋に突き出した磯へ向かった。

波音で目が覚めたのか、
琉莉は大きな目で懐かしそうに海を見つめた。
磯の手前、十畳ほどの砂地に、
細々と低い草が生えている。
カメラマンと思しき男が、
そこにしゃがみ込んで、小さな花の写真を撮っている。
その花を見て、琉莉が走り寄った。
「あ、カサミンナ!」
驚いたカメラマンは、琉莉と俺を振り向いた。
俺が事情を説明すると、カメラマンは安心したように、
俺たちに話しかけた。
「そうですか、沖縄ではこのルリハコベのことを、
カサミンナって言うんですね。
南西諸島の方では、雑草扱いだそうですが、
本州では、この辺りだけにしか咲いていない、
とても貴重な花なんですよ。
僕も名古屋から車で5時間かけて撮りに来たんです。
この美しい瑠璃色と黄色いオシベが、
南国の花らしくて、ステキじゃないですか!」

カメラマンの言葉を聞いて、
琉莉は、嬉しそうにはにかんだ。
そうだよ、琉莉は雑草なんかじゃない。
よく見れば、その黒い大きな瞳も、彫りの深い顔も、
華奢だけど長い手足も、何より、屈託のない笑顔も、
このルリハコベのように、鮮やかで美しい。
琉莉の純朴な美しさに気付いたのか、
カメラマンも琉莉にレンズを向けた。
「うん、えくぼがいいなあ!往年の南沙織みたいだ!」
恥ずかしがりながらも、
琉莉は嬉しそうにポーズをとっている。
その姿を見て、俺は年甲斐もなく、
この娘の素朴な美しさに惹かれている自分を知った。
それは、恋とか、愛とかというものではなく、
何とかこの娘の夢を叶えさせてやりたいという、
父親のような気持ちなのかもしれない。
沖縄の花の種が、黒潮に乗ってはるばる流れ着き、
この串本で根付き、花開いて、
本土の人々を魅了しているように。
そうだ、買い取ったホンダのS800の車体を、
オリジナルの深紅から、
ルリハコベのような深いブルーに塗り替えてやろう。
沖縄のリーフの外海を思い出させるような色に。

あれから2年。
ダンサーになるための資金を稼ぐために、
琉莉は俺の工場で油まみれで働いている。
その姿は、
荒磯に咲くルリハコベに負けないくらい美しい。
琉莉の夢が叶うのは、
そう遠い未来のことではなさそうだ。

〈 了 〉
お読みいただきありがとうございました。
このお話はフィクションです。
沖縄言葉については、
地方により多少の違いがあり、
もし間違っていたらお許しください。
作:birdfilm 増田達彦
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