【超短編・花シリーズ#14】 水引~二色(ふたいろ)の女~
もう5年も前のことになるんですね。
日に日に深まる秋の三国山へ連れて行ってくださったのは。
あなたは山道を歩きながら、
あれはヤマジノホトトギス、これはアキチョウジと、
林縁の足許に咲く花を指さし、教えてくれました。
その度に私はかがんで、花の美しさに目を見張り、
自然の造形に心打たれたものです。
そして毎回、幼女のようにはしゃぐ私を、
あなたは穏やかに微笑んで見ていてくれました。

私の心が、いちばん、揺らめいたのは、
日の当たらない山陰で、細い細い茎に小さな赤い粒が並ぶ、
指さされても気づかない程、地味で目立たない控えめな花。
「これはミズヒキ。赤い粒は一つ一つが蕾だよ。」
「ミズヒキ? あの、ご祝儀袋の紅白の飾り紐の?」
「そう。あの、水引に似ているから名付けられたんだ。」
「え~? どこが似ているのかしら?」
「花が咲いていたらわかるけど、よほど運がよくないと、
咲いている花は見られないかもね。」

私は躍起になって、蕾たちの茎の群れを探しました。
その中に、たった一つだけ、小さな花が咲いていました。
「あった!」
その小さな花は、見事な紅白の二色に塗り分けられ、
いえ、自らが紅白の色を纏って咲いていました。
「うそみたい!すごくきれい!」

その奇跡のような自然美に感動するとともに、
私の心には、もう一つの暗い想いが燃え上がりました。
あなたをこのまま奪い去りたい。
もう誰の元にも返したくない。私だけのあなたにしたい。
このミズヒキの花のようには、祝福されなくていい。
あなたと一生二人だけで、ひっそりと隠れ住んでいたい。
まだ指すら触れていないのに、
私の心はあなたであなたであなたであなたでいっぱいで。
抑えても抑えても抑えても抑えても、
どうしようもなく溢れ出す私の想いを感じ取ったように、
あなたは私を、そっと抱きしめてくれましたね。
あの時、私は一生分の幸せをあなたからいただきました。
遠くでモズの高鳴きの声が、山々に響いていました。

あなたの行方が分からなくなったのは、その冬の事。
あなたは家族を選ぶことも私を選ぶこともしませんでした。
それがあなたの、
あなたなりの筋の通し方だったのでしょう。
私の結婚式の会場に届けられた、名前のないご祝儀袋。
それがあなたからのものだと、私はすぐに分かりました。
あなたの真っすぐさに比べ、私はなんてズルいのでしょう。
あなたからずっと想われている幸せと、新しい夫との幸せ。
私の心がミズヒキの花のように欲深い二色であることを、
私はこの先、ずっと恥じて生きてゆくことでしょう。
ご祝儀袋を片付ける時、右肩の熨斗の隙間から
一枚の紙片が覗いて見えるのに気づきました。
そこにはあなたの小さな文字でこう書かれてありました。
『どこまでも幸せに貪欲であれ』
思わず私は膝から崩れ落ちました。
あなたは私の二心にずっと前から気付いていたのですね。
そう、ミズヒキの二色の花を一番よく知っているのは、
あなたなのですもの。

< 了 >
お読みいただき、ありがとうございました。
この物語は完全なるフィクションです。

ミズヒキ (タデ科タデ属)
日本全土の林縁など半日陰に生える高さ50~80㎝の多年草。
花期は8月~10月。葉の先に長さ30㎝ほどの細い花序を出し
小さな花がまばらに横向きに付く。
作:birdfilm 増田達彦
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