ディランとジョシュ何が違う?トランスジェンダーを装った男たち二人
数日前10月15日に過去数か月間自分はトランスジェンダー女性だと言ってソーシャルメディアを賑わせていたジョシュ・セイターなる男性が実は自分はトランスなどではなく、トランスジェンダリズムの偽善を暴露するためにトランスの振りをしていただけだとカムアウトした。ジョシュは大柄で髭も濃く胸毛もじゃもじゃ入れ墨沢山のどう見ても男にしか見えない男男した男性である。彼は以前にバチョラレットというリアリティーテレビでちょっと名が知れていた。
私は最初に彼のビデオを観た時、以前にディラン・モルベイニーのビデオを観た時と同じ印象を受けた。この人はトランスジェンダーの振りをしているだけで、実際に自分を女性だなどと自認していないと。現にセイターが自分はトランスを装っていただけだと公表する数日前の10月9日に私はXでこの男はトランスじゃないという投稿をしていた。
この人トランスじゃないですよ。トランスの振りをして話題を注目を浴びたいだけ。ディラン・モルベイニーと同じ。髭も胸毛もそのままで何が女だ。あほくさ!
実はそう思ったのは私だけではなく、多くの人がこの男性は単に注目を浴びたいだけのトロール(いわゆる「荒らし」)及びグリフターだろうと言っていた。これは右翼保守のひとたちもトランスジェンダー界隈でも同じで、彼が「本物」のトランスジェンダーだと信じた人はごく一部だった。
もともとトランスジェンダリズムなどという概念を認めていない我々が彼を偽物だと言うのは簡単だが、TRAやアライ達は本心はどうあれ、セイターはトランスではないと断言する根拠がなかった。なぜならTRAはずっと性別は本人が思う方で決まると言い続けて来たからで、いくら髭面胸毛男でも自分は女だと言い張る人を成りすましだと一括する理由がないのだ。それをやってしまうと、彼と似たような容貌で自分はトランスだと言い張っている無数の男たちはどうなるのかということになってしまう。セイターが偽物なら同じく髭面胸毛をさらけだして「は~い良い子の皆さん」とやってるジェフェリー・マーシュとか、どう見ても容貌も仕草も完全に男なのに化粧して色々なレストランへ行き、ウエイターたちに男性敬称で呼ばれたと苦情の動画をあげてるティックトッカ―なども偽物だということにならないか?
ニューハーフのように身体を全面的に改造して女性と見間違うほど美しいひとなら、自分をトランス女性とすることに時間とお金をかけているということで、女性を自認しているのは本当だろうと思えなくもない。だが身体を全くいじらず髭も剃らずに化粧してドレスを着ただけの男がトランス女性だと主張するなら、ただのなりすましとの区別など全くつかない。
ところで同じく明らかなパロディーであるディラン・モルベイニーの場合は多くの人びとが彼を本物のトランスジェンダー女性であるとして受け入れたのは何故なのだろう?モルベイニーのパロディーは明らかにセイターよりも成功した。モルベイニーは「女の子の日第○○日」でTikTokにデビューしてから即座にフォロワー数何百万人という人気者になり、メディアに大々的に取り上げられホワイトハウスに招待されてバイデン大統領にインタビューまでした。あちこちの企業から案件をもらい大儲けをした。そして女の子の日365日めには、なんとニューヨークの一流ホテルでソロコンサートまで開いてもらった!ディランの人気は留まるところを知らずと思われた。あの忌まわしいバドライト事件が起きるまでは。
というわけだからモルベイニーの二番煎じが出て来るのは当然だろう。
実は私はセイターが社会実験をしていたというのは言い訳なのではないかと思ってる。本当はモルベイニーのように人気者になって注目を集めることが目的だったのではないかと。しかしセイターの正体は最初から見破られていたし、思ったほど話題を集めることができなかったので、そろそろやめようとなったのだろう。でもただ辞めるより社会実験だったといってトークショーで大々的に宣伝すれば、またまた話題を集めることができると踏んだのだろう。
それにしてもモルベイニーはトランス女性としてトランス界隈やアライの間で受け入れられたのにセイターがそうならなかったのは何故なのか。ジョシュとディランでは何が違うのだろうか?
先ず第一にディランはプロの役者だ。ディランは踊りも上手だから女性っぽいしぐさがうまい。洋服のセンスもいいし化粧もうまい。何よりも自分を女性に見せようと言う努力の見せ方がうまい。他人に成りすますのが仕事なのだから当然と言えば当然だが。
第二にセイタ―の人気がもう一つだったのも、彼が出て来る前からモルベイニーを真似した自称トランスジェンダーがTikTokに溢れだし、人々はトランスジェンダーを名乗る髭面男たちにうんざりしてきていた。それでセイタ―が出て来たころには皆「ああ、またあいつらか」と思い、さほど気にされなくなったというのがある。
私は最初にディランのビデオを観た時、あれはパロディー動画だと思った。ディラン自身も自分が本当のトランスジェンダーとして受け入れられるとは思っていなかったのではないだろうか?
ブロードウェイ俳優だったディランはコロナ禍で劇場がすべて閉鎖され失業中だったため、TikTokで視聴率を増やしてちょっとした小遣い稼ぎをしようとしていただけだ。まさかそれがパロディーとしてではなく本気にされて、あんなに人気を博してしまうなどとは意外だったことだろう。
一旦人気がでてお金が沢山入ってくるようになってからは、いえいえ冗談でしたとは言えなくなってしまったのではないか。何せ彼は普通の男性ミュージカル俳優としては鳴かず飛ばずだったのに、自分は女の子だと言い出した途端に全国テレビに出演したり大統領にインタビューしたりAリストの芸能人たちと仲良く出来たりソロコンサートまでさせてもらったのだ。これでは辞めたくてもやめられないだろう。
ディランは顔の整形はしたが、女性ホルモンを摂取しているようには見えないし、身体の整形手術を行った形跡はない。元々小柄で痩せているから女装が様になるので特にそんなことをする必要はないのだろう。
私は以前から性同一性障害(GID)を持ち自分の持って生まれた身体に嫌悪感を持っているトランスセクシュアルの人びとと、単に自分を異性化することで(特に男性から女性へ)性的興奮を得るトランスジェンダーとでは質が違うと信じて来た。特に最近髭も剃らずに胸毛もじゃもじゃ男が自分は女性を自認していると言い出したのを見て、もうトランスジェンダリズムは完全なるパロディーになってしまったと思うようになった。
トランスジェンダーは全員が偽物であり成りすましなのだ。
ジョシュ・セイターの「実験」はそのことを世間に確認させたという点で多少は意味があったのかもしれない。
