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あなたの会話がかみ合わないたった一つの理由

 「もうちょっと、ちゃんとしてくれない?」
 「なんか、雰囲気がよくないよね」
 「うーん、それはちょっと微妙かな……」

 こういう会話が繰り返される場面では、たいてい会話がかみ合っていない。話す側は「伝えたつもり」なのに、聞く側は「何が問題かよくわからない」そして、両者がフラストレーションを溜めたまま「とりあえずやっといて」と結ばれていく。

 この『通じているようで通じていない』会話の正体は、言葉の構造が壊れているという現象である。

 そして、そこに登場するのが『形容詞』だ。

 「ちゃんと」「微妙」「いい感じ」「しっかり」もともと副詞だったりしているのを口語として形容詞化してつかっているものにかぎって……

 一見すると便利で、誰もが使う言葉たち。
 だが、これらは定義が曖昧なまま感情を押し込める“ごまかしワードになりがちである。

 たとえば、「もっとちゃんとして」と言われたとしよう。
 真面目な人ほど、「ちゃんとって、どういうこと?」と考え込む。
 だが、具体的な行動の基準が示されていなければ、次にどうすればいいかもわからない。

 つまり、「ちゃんと」という言葉が問題なのではない。
 「ちゃんとの中身」が定義されていないまま、感情だけが放出されていることが問題なのだ。

 ここで何が起きているかを、少し構造的に見てみよう。

 会話には、本来2つの層がある。

  1. 情報の層fact:客観的なデータや出来事

  2. 感情の層feeling:主観的な印象や感覚

 本来はこの2つを切り分けて使う必要がある。
 だが、会話がかみ合わないとき、人はこの2つを形容詞で融合させてしまうのだ

 「微妙だった」という言葉には、「数字が足りない」「納期に遅れてる」「空気が悪い」など、さまざまな情報が埋め込まれている
 だが、それをそのまま「微妙」と言ってしまえば、どの情報が問題なのかは誰にもわからない

 つまり、形容詞は「感情のふりをした情報の圧縮ファイル」なのだ。

 では、どうすればこの“圧縮ファイル”を解凍できるのか。

 答えは、「感情と情報を分ける」という、極めてシンプルな原則に立ち返ることである。

 たとえば──

 ✕「これはちょっと雑だね」
 ◎「このスライド、フォントサイズがバラバラだから読みづらいと思う」

 ✕「雰囲気が悪い気がする」
 ◎「この2週間、誰も笑顔で話ししていないことが気になっている」

 ✕「もっとちゃんとお願い」
 ◎「手順書を読んでから作業を始めてほしい」

 このように、形容詞を避けて名詞と動詞で構成するだけで、言葉は格段に明瞭になる。

 これは、小手先の言い換えではない。
 情報と思考の構造を取り戻す作業でもある。

 人は、話がかみ合わないとき、不安になり、感情的になる。
 そのとき、無意識に「形容詞」を使って、会話をやりすごそうとする。

 だが、その場はやりすごせても、本質的なズレは埋まらない。
 むしろ「なんでわかってくれないの?」「だから言ってるじゃん」と、感情の積み残しが増えていく。

 だからこそ、会話がうまくいかないときほど、形容詞を封印することをおすすめしたい。

 「ちゃんと」「微妙」「それっぽい」……
 そういう言葉を手放したとき、本当の会話がはじまる。

 かみ合わないのは、性格のせいじゃない。
 それ、たぶん“構造”のせいです。


【注意事項】
 構造を分析するアプローチに着手して、今回特に痛感しているのは、構造を分析する行為は『感情に寄り添う』という行為とは相性が悪い。どういうことかと言うと、女性の感情"構造"と非常に相性が悪いのだ。
 『もやっとするアレ』をデバックしようとするこの『構造分析論シリーズ』は、その状態の現状を解剖するアプローチなのだが、けっして人に指摘してはならない。特に彼女や奥様には指摘してはならない。
 あくまでも『もやっとするアレ』を、自分自身でデバックして自分を変化させるリフレーミングツールとして使わなくてはならない事に留意して頂きたい。自分の襟を正すためのシリーズなのだ。


前回の #構造分析論シリーズ は…

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