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幸せな夫婦ほどケンカが多い

 「うちは一度も喧嘩したことがなくて」と誇らしげに語る夫婦を見たら、素直に祝福する前に、少しだけ心配したほうがいいかもしれない。
 数十年にわたる観察研究が突きつけてきた事実は、われわれの直感を裏切る。長続きする夫婦は、喧嘩をしない夫婦ではない。むしろ、よく喧嘩する夫婦のほうだ、というのである。

 心理学者ジョン・ゴットマンは、「ラブラボ」と呼ばれる観察施設で、数千組の夫婦の会話を録画し、表情の微細な動き、心拍数、皮膚の反応までを記録し続けた。そして数年後、どの夫婦が離婚し、どの夫婦が添い遂げたかを追跡した。
 彼が到達した予測モデルの精度は、初対面の会話を数分観察しただけで離婚を九割前後の的中率で言い当てる、というものだった。
 ここまでは、まあ、よくある話に聞こえるだろう。
 驚くべきは、その予測が「何を根拠にしていないか」のほうだ。

 離婚を予測する因子は、喧嘩の頻度ではなかった。
 声の大きさでも、意見の対立の多さでもない。激しく言い争う夫婦が別れるとはかぎらず、むしろ穏やかに見える夫婦が静かに壊れていく。
 ゴットマンが破局の最強の予測因子として特定したのは、たった一つの要素――「軽蔑contempt」だった。
 相手を見下し、馬鹿にし、呆れたように鼻で笑う。目を回す、せせら笑う、皮肉を投げる。この軽蔑のサインが会話に混じり始めた夫婦は、高い確率で離婚に向かう。
 ゴットマンはこれを、対立をエスカレートさせる四つの破壊的パターン――批判・軽蔑・防衛・逃避――の中でも、最も致命的な「黙示録の四騎士」の筆頭に置いた。

 ここに逆説の核心がある。
 喧嘩そのものは、関係にとって毒ではない。むしろ喧嘩は、まだ相手に期待し、まだ交渉する意思が残っている証拠だ。
 言い合いになるのは「この人にわかってほしい」「この関係を良くしたい」という関与が生きているからにほかならない。
 本当に危険なのは、喧嘩ではなく、喧嘩すら起きなくなった状態のほうなのである。争わなくなった夫婦は、仲が良いのではない。多くの場合、片方または両方が、相手に期待することを諦めている。
 要求をやめ、交渉をやめ、関心を引っ込める。表面は驚くほど平穏だ。そしてその平穏の下で、関係は音もなく干上がっていく。

 この構造は、対立を避けるよう躾けられてきた人ほど深くはまる。
「波風を立てないのが良い妻/良いパートナーだ」
「言いたいことを飲み込めるのが大人だ」
 ――こうした規範を内面化した人は、不満を口にする代わりに飲み込む。飲み込まれた不満は消えない。行き場を失って澱のように溜まり、やがて言葉にならない軽蔑へと発酵する。
 皮肉なことに、喧嘩を避けようとする努力そのものが、最も破壊的な感情を育ててしまうわけだ。
 「我慢して丸く収めてきた」人の胸の中でこそ、静かな軽蔑が熟成されている。

 ゴットマン自身が示した処方箋は、だから「喧嘩をやめろ」ではない。
 喧嘩の作法を変えろ、である。
 彼の研究で、うまくいっている夫婦にも対立は同じように存在した。違ったのは中身のほうだ。人格を攻撃せず、行動に限定して不満を伝える。
 「あなたはいつも自分勝手だ」ではなく「昨日、先に食べ始められて寂しかった」と言う。前者は軽蔑への入り口で、後者はただの交渉だ。そしてゴットマンが安定した夫婦に見出した黄金比が、ポジティブな関わりとネガティブな関わりの比率、およそ五対一。ネガティブな一回に対して、肯定的な関わりが五回あれば、関係は対立を吸収できる。
 喧嘩を消すのではなく、喧嘩を上回る量の好意を積んでおく、という発想だ。

 だから、パートナーと言い合いになったとき、それを関係の失敗だと嘆く必要はない。
 言い合えるうちは、まだ関係は生きている。
 本当に終わるのは、争う気力すら失って、相手を鼻で笑うようになったときだ。

 喧嘩ができるのは、才能ではないが、能力ではある。
 そして、静かに冷えていくより、ずっとましなのだ。


帰って来た #逆説から考える生きることシリーズ
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