STP分析は市場という群衆に意味を与えるか?
マーケティングフレーム入門5 STP分析
マーケティングにおいて最大の誤解は、「すべての人に売ろうとすること」だ。誰にでも使える商品、誰にでも喜ばれるサービス――それは理想ではなく幻想である。
顧客は“市場”ではなく“個人”であり、彼らの頭の中には無数の選択肢とノイズが渦巻いている。その中では、「あなたにだけ語りかける声」だけが届く。
この“声の輪郭”を明確にするために生まれたのが、「STP分析」である。
Segmentation(市場の細分化)
Targeting(狙う顧客の決定)
Positioning(自社の立ち位置の構築)
この三つの作業は、マーケティングにおける“戦略の心臓部”だ。現代マーケティングの父と称されるフィリップ・コトラーが1969年に提唱し、その後の実務戦略に組み込まれていった。
STPの本質は、「すべてを捨てる」ことにある。
セグメンテーションとは、顧客を性別・年齢・職業・所得などで分類するという意味ではない。むしろ、分類したあとに「関わらない人たちを決める」というプロセスに近い。
都市部在住の30代女性をターゲットにすると決めた瞬間、地方の60代男性を“切り捨てる”覚悟が必要になる。
そのうえで、〈Targeting〉という“的を絞る”作業に移る。
ここでもっとも重要なのは、「数字」ではなく「物語」だ。
たとえば、ある美容系サブスクが「20代女性」ではなく「残業帰りにコンビニでスイーツを買うOL」をターゲットにした場合、広告コピーは激変する。“肌がキレイになる”という機能訴求ではなく、“一日がんばった自分に”という感情訴求が中心になる。
このようにターゲティングとは、“誰に刺すか”ではなく、“どんな物語で巻き込むか”という問いなのだ。
そして、いよいよ〈Positioning〉だ。
これは戦場の中で、どの旗を掲げるかの選択だ。似たような商品が林立する中で、顧客の頭の中に「ここがあなたの場所です」と空間を確保する必要がある。そのためには、単に機能的差異を打ち出すだけでは足りない。必要なのは、“意味の差異”である。
アップルは「スペックで世界最高」とは言わない。彼らがユーザーに与えるのは、「洗練された自己像」だ。これは機能ではなく、アイデンティティの提供である。つまり、ポジショニングとは“商品”ではなく“人間の自意識”に働きかける戦略だ。
ここでひとつ、STPの活用事例を紹介しよう。とある地方のクラフトビールメーカーが直面していた問題は、「地元客には売れるが、それ以上に広がらない」という限界だった。そこで彼らは、
S:ビール愛好家 vs ライト層、アウトドア好き vs 家飲み派
T:「登山後の一杯を最高にするクラフトビール愛好家」
P:「飲む瞬間だけ、山頂に戻れるような余韻」
というSTPを構築し、キャンプ用品店とのコラボや、パッケージに登山ルートの風景写真を採用した。結果、都市部の登山サークルでSNS拡散が起こり、都心のセレクトショップから声がかかった。分析によって生まれたのは、商品ではなく“シーン”だった。STP分析が、機能を物語に変換した瞬間である。
STPを考えるときには架空のペルソナに“名前と生活”を与えること。
「30代女性」ではなく、「田中彩、34歳、池袋の外資系IT勤務、月に2回はサウナに行く」とできる限り具体化する。
こうすることで、広告コピーや商品パッケージの設計が驚くほど具体的になる。
もちろん、STPにはリスクもある。
ターゲットを狭めすぎれば、市場の成長余地を自ら閉ざす。
ポジショニングを誤れば、競合と同質化してしまう。
だが、最大の問題は、『誰にも刺さらない曖昧な商品』をつくってしまう可能性があることだ。
だからと言って万人に向けた言葉は、誰にも届かない。
マーケティングとは「選別と排除の技術」である。
『選ばない勇気』がなければ、『選ばれる理由』は生まれない。
STP分析とは、あらゆる顧客を断ち切り、「たった一人」のために商品を磨く作業なのだ。
次回は「5フォース分析」。
STPで自分のポジションを見つけたあと、そのポジションに“どれだけの敵がいるか”を読むフレームワークだ。市場は戦場だ。敵の数と武器を数えずして、勝てると思うのは幻想でしかない。おそらく。
