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なぜあなたの話は言い訳っぽく聞こえるのか?

 「そんなつもりじゃなかったんですけど……」
 「実はちょっと事情がありまして……」

 こうした言い回しを使ったことのない人は、おそらくいない。

 だがこの一言を発した瞬間、場の空気が微妙に揺らぐのを、多くの人が経験しているだろう。「あー、なんか言い訳っぽいな」と、自分でもうっすら感じながら、それでも何かを説明したくて話し続けてしまう。

 そして言い終わったあと、「ちゃんと伝わったかな……」と、さらに不安になる。

 この「言い訳っぽく聞こえてしまう問題」は、実は話し方の構造に起因している

 しかも、その構造のカギを握っているのは、『時制』である。

 まず確認しておきたいのは、言い訳と説明の違いは内容ではなく、タイミングにあるということだ。同じ「体調を崩してしまって……」という一言でも、それを何の前に置くか、何の後に置くかで意味はまったく変わる。

 たとえば、何かを頼まれて断る前に「体調が悪くて……」と言えば、それは「断る理由」、すなわち言い訳として聞こえる。
 しかし、引き受けたあとに「実はちょっと無理をしてて」と言えば、それは「背景説明」として、むしろ誠意に映る。

 これは、「理由を語る」ことが問題なのではない。
 語る“順番”によって、相手が受け取る「主語」が変わってしまうという現象なのだ。

 言い訳っぽさが生まれるとき、人は無意識に「自分を主語にしている」。
 つまり、「私はこういう状況だった」「私にはこういう事情がある」と、自分を基点に説明している。

 だが聞き手は、多くの場合「未来の話」を聞きたがっている。
 だから、「過去にこうだった」という語りは、時制がズレて見える。結果として、後ろ向きな印象になってしまうのだ。

 ここにあるのは、『視点と時制の“非対称性”』である。

 聞き手:「で、これからどうするの?」
 話し手:「いや、実はこうで、ああで……」

 このズレこそが、「言い訳」の正体だ。

 では、どうすればこのズレを避けられるのか。
 答えはシンプルだ。“未来の時制”から話し始めるということである。

 たとえば、「申し訳ありません、明日中に提出します」と言ったあとに、「実は昨日熱が出てしまいまして」と続ければ、それは「過去の弁明」ではなく、「現在の判断を補う情報」として機能する。

 つまり、最初に「未来を示す」ことで、自分の主語を“行動”にすり替えるのだ。

 これは、言語の“主導権”を握るテクニックでもある
 自分の状況を理解してもらうことは大切だが、それ以上に、相手が「納得」できる構造で話すことのほうが、信頼を生む。

 言い訳をする人が信用されないのは、「苦しい現実」を話しているからではない。「次にどうするか」が見えないから、不安になるのだ

 人は、何があったかより、「で、これからどうするのか」が見えたときに安心する。だから、たとえ自分が悪くなかったとしても、先に未来を見せる。たとえ自分がしんどかったとしても、まず行動を語る。

 この“時制の順番”を入れ替えるだけで、「言い訳っぽさ」は見事に消える。

 つまるところ、「言い訳」というラベルは、聞き手側の“焦り”が貼っているものなのだ。

 「今この場で、先の見通しが欲しい」
 「安心できる材料が欲しい」

 そうした心理に対して、「過去の理由」を投げても、それは響かない。むしろ、「なぜ今その話?」という感覚だけが残る。だからこそ、構造が必要になる。

 話し手は、意識して「時制の地図」を持たなくてはならない
 過去→現在→未来と語るのではなく、未来→過去→現在と並べるだけで、言葉の受け取られ方は劇的に変わる。

 説明は、“順番”がすべてなのだ。

 言いたいことは、何も間違っていない。ただ、その出し方が「順番違い」になっていただけだ。

 その違和感、それ、たぶん“構造”のせいです。


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