会議はもっと遊べる
「この会議、いったい何のためにやっているんだろう」
――そう思ったことが、一度もない人はいないだろう。
資料が投影され、誰かが説明し、誰かが頷く。発言は限られ、沈黙は増えていく。気がつけば、目的が消え、形式だけが残っている。
けれど、もしその会議が、LEGO® SERIOUS PLAY®(レゴ・シリアスプレイ)で進んでいたとしたら。その風景は、まるで別の世界に見えるだろう。

テーブルの上には、ブロックと人の手がある。誰もが黙って組み立てている。
会議室に響くのは、ブロックをかき分ける音と、わずかな息づかい。
だが、その沈黙の中で、思考はもっとも自由に動いている。
LEGO® SERIOUS PLAY®の会議には、「議事録」も「司会進行」もない。あるのは、問いとブロックと物語だけだ。
ファシリテーターが問いを投げる。「このプロジェクトを成功に導く鍵を、LEGOで表してみてください。」
それだけで、全員が動き出す。立場も年齢も関係ない。経営者も新人も、同じテーブルで手を動かす。

驚くのは、遊びのようなこの時間が、最も生産的な会議になるということだ。
手を動かすうちに、頭が整理され、言葉が追いつく。
「考えること」と「つくること」がひとつになる瞬間、人は自分の中にある“無意識の論理”を可視化する。
だから、このメソッドは「会議」ではなく「構造の再発見の場」と呼ぶ方がふさわしい。

ひとつの課題を前にして、全員が自分のモデルをつくる。
それぞれのブロックは異なる形をしている。塔のような構造、広がるフィールド、橋、壁、あるいは風。
そのどれもが『その人の視点』を持っている。
ブロックの前に立ったとき、人は初めて自分の考えに責任を持つ。
「これが私の見ている世界です」と言えるのは、ブロックという媒介があるからだ。

言葉で議論すると、誰かが正しく、誰かが間違う。
だがLEGO® SERIOUS PLAY®の場では、誰も否定されない。
「それもこの世界の一部ですね」と言える構造がある。
なぜなら、モデルは競合ではなく共存するからだ。
違いは、破壊ではなく拡張を生む。
あるとき、製造業のチームがこのメソッドを導入した。
テーマは「なぜ、私たちは新しいアイデアを出せないのか」
会議をしても、いつも結論は「時間がない」「上が決めない」
ところが、LEGO® SERIOUS PLAY®では、言い訳の代わりに模型が並んだ。ある人は高い壁をつくり、ある人は狭いトンネルを組み、ある人は透明なブロックを宙に浮かせた。そして話し合ううちに、誰も気づかなかった構造的な障害が浮かび上がったのだ。
「時間がない」のではない。
『情報の流れ』が一方通行だった。
それを変えようと決めた瞬間、会議の形が変わり、組織の思考も変わった。

LEGO® SERIOUS PLAY®の根底には「遊びの知性」という哲学がある。
遊びとは、無駄ではない。
むしろ、創造のもっとも純粋なかたちだ。
大人が失った柔らかさを、ブロックが取り戻してくれる。
遊びの中では、ルールがありながら、想像は自由だ。
その緊張と解放のバランスが、チームの創造力を最大化する。

そして何よりも、この手法は楽しい。
笑い声が出て、手が動いて、心がほどける。
会議が「義務」から「探求」に変わる。
大人たちが本気で遊びながら未来を語る光景は少し滑稽で、そして美しい。

考えてみれば、子どものころ、私たちはみんな、遊びながら世界を学んできた。
積み木で空をつくり、砂場で都市を築いた。
あのときの集中と喜びを、もう一度取り戻せるのが、LEGO® SERIOUS PLAY®なのだ。
会議は、もっと遊べる。
遊ぶことは、考えることだ。
ブロックを手にした瞬間、人は“問題を語る人”から、“未来をつくる人”に変わる。
LEGO® SERIOUS PLAY®は、企業の会議室を、もう一度“創造の現場”に戻す。そして私たちに問いかける。
「あなたは、何をつくりたいですか?」
遊びが真剣になるとき、仕事はようやく、意味を取り戻す。
それが、LEGO® SERIOUS PLAY®が教えてくれた、最初の“革命”だった。

認定ファシリテータ:加々本裕樹
次回は第4回「形にすることで、見えてくる。」
――“問題を可視化する”ということは、単に見えるようにすることではない。
そこには、思考の構造そのものを描き直す力がある。
