チャンスを呼び込む習慣
「あの人って、なんかツイてるよね」
そんなふうに評される人が、あなたのまわりにもいるかもしれない。
だが、「運がいい」というのは、ほんとうに偶然なのだろうか?
実のところ、チャンスに強い人には、共通する“習慣”がある。
そしてそれは、誰でも意識すれば身につけられるものなのだ。
運とは、確率ではない。むしろ「接点の総量」だ。
たとえば──
家と職場の往復しかせず、同じメンバーと同じ会話を繰り返している人と、週に1回でも異業種の勉強会に顔を出し、新しい人と会話をしている人。
どちらが偶然のチャンスに遭遇する確率が高いかといえば、答えは明白だ。これは能力でも、性格でもなく、行動半径の問題である。
運がいい人は、偶然が起こりやすい場所にいる時間が長い。それを「ツイてる」と言ってしまうのは、少しだけフェアじゃない。
もうひとつ重要なのは、偶然をキャッチするセンサーの感度だ。
同じチャンスを目の前にしても、ある人は「面白そうだな」と直感的に飛びつき、別の人は「自分には関係ない」とスルーしてしまう。
この違いは、日常の中で「なにを見ているか」に現れる。
「それ、どういうこと?」と相手に尋ねられる人は、会話の中で多くの拾い物をしている。
一方、「へー、そうなんだ」と言って流してしまう人は、チャンスの芽を見逃してしまうことが多い。
偶然をチャンスに変えるのは、興味を持つ力にかかっている。
さらに言えば、偶然を楽しめる心の余白も必要だ。
予定が詰まりすぎていたり、すべてを計画通りに進めようとする人は、
目の前に転がってきた新しい機会を「予定外」として切り捨ててしまう。
しかし、余白がある人──たとえばちょっと寄り道する癖のある人や「とりあえず話を聞いてみるか」と気軽に乗ってみる人は予想外のものを歓迎する。
この計画と無計画の中間地帯”にこそ、偶然は落ちている。
つまり、チャンスに強い人とは、
接点の多い場所に身を置き、好奇心のセンサーを持ち、予定外に対して開いている…という、ごく当たり前の習慣を続けているだけなのだ。
もちろん、すべての偶然がチャンスに変わるわけではない。
中には、空振りや無駄足もある。
だが、重要なのは「打席に立っていたかどうか」だ。
チャンスが来るか来ないかではない。来たときに、それを自分の文脈につなげられるかどうかなのだ。
そして、その文脈とは過去の行動の蓄積からしか生まれない。だからこそ、毎日の些細な選択が偶然の起点になっていく。
「なんとなく足を運んだイベントで出会った人と、数年後に仕事をすることになった」「気まぐれで投稿した記事が、思わぬ人の目に留まった」
こんな話は、実際に無数に存在する。
でもそれは、空から降ってきた奇跡ではない。
もっと地味で、もっと累積的な、日々の偶然と習慣の産物だ。
だから、「偶然を待つ」のではなく、「偶然が起こりやすい自分」になること。
それが、人生を動かす本当の方法かもしれない。
こんなこと、教科書に書いてなかったんだよな。
前回の #教科書に書いてない シリーズは…
エンディングテーマ『教科書に書いてない』
