“何もしない神様”というプロダクト、ビリケン
今回は大好きなビリケンについて書いてみます。
私とビリケンとの出会いは骨董市で見かけた小さな像を購入したことが始まりです。よくある金色の台座付きのタイプで、今もデスクの上で存在感を放っています。購入後、ビリケンについてネットで調べてみると、意外にたくさんのエピソードがあることに驚きました。
今では大阪通天閣のシンボルとしてすっかり定着しているビリケンが、アメリカで生まれた神様だということを知っていましたか? 宗教ともアートとも、キャラクターとも言い切れない、なんとも独特な存在。でも、そのコンセプトにはちょっと心惹かれるものがあります。
ある美術教師によって生み出され、
世界に広まる
ビリケンの始まりは1908年。アメリカ・カンザスシティの美術教師でありイラストレーターだったフローレンス・プリッツが、夢に見た「不思議な小さな精霊」をモチーフに彫像を制作したことに由来します。
ビリケンは1909年までにアメリカとカナダで20万体以上が販売されるほどの人気を博し、陶器やチャーム、ぬいぐるみなどさまざまな商品に展開されたとのこと。
また、日本だけでなくアラスカのイヌイットやロシアの少数民族のあいだでも、縁起物やお守りとして時には民族の伝統の神として受け入れられたというエピソードもあります。
”物事のあるべき姿の神”に
込められたもの
この像には「God of Things As They Ought to Be(物事のあるべき姿の神)」という理念が込められ、その言葉はビリケン像の台座にも当初から刻まれています。ただ裸で座っているだけのビリケンですが、これでも神様なんです。
僕自身は「何もしない神様」という解釈で受け取っているのですが、このビリケンの理念は「願えば叶う」「努力すれば報われる」といった一般的なご利益の代わりに、“そこにあるものを、ただ信じる”ことで心を整えてくれる、そのように感じています。

メッセージ×造形が生み出すパワー
生みの親のフローレンス・プリッツは、この理念を造形にうまく落とし込んでいると思います。
ビリケンの子どものような座る姿勢や、柔らかな微笑み。これらのすべてが、力強さや欲望を示すのではなく、「ありのままでいい」と感じさせてくれるような穏やかさや受容の姿勢を形にしています。プリッツが東洋美術や日本文化に関心を寄せていたのも納得がいきますね。
偶像という形態がもたらす役割
ビリケンには「信じれば〇〇が叶う」といった結果を求めるのではなく、“何かを信じるという行為そのもの”が精神の安定をもたらす力があるというスタンスが込められているように思います。
そして、そのビリケン像というカタチのあるものがいつもそばにあることで、あるがままを受け入れるマインドを引き出し、思考を整えることができるのです。
ビリケンは他の多くの信仰の対象とは一線を画す、ただ“そこにいる”だけでパワーをくれる私にとっての“MY神様”的なプロダクトなのです。
