300年の時を経て再会した“フェルメール双子絵画”
2025年9月、ロンドン郊外のケンウッド・ハウスで開催中の特別展「Double Vision: Vermeer at Kenwood」が、世界中の美術ファンを揺さぶっている。
展示されているのは、ヨハネス・フェルメール(1632–1675)の名作『ギターを弾く女』と、長らく模写とされてきたもう一枚の“謎の絵画”だ。
この二つの絵は、構図も筆遣いも驚くほど似通っており、まるで双子のようだと話題を呼んでいる。
フェルメールは生涯でわずか37点しか作品を残さなかったとされる寡作の画家。そのため、同一構図の絵画が2枚存在すること自体が極めて異例であり、美術史に新たな謎を投げかけている。
ケンウッド版とフィラデルフィア版の比較

まず、今回の展示の主役である2枚の作品について整理しておきたい。
ケンウッド版『ギターを弾く女』:ロンドン・ケンウッド・ハウス所蔵。フェルメールの署名が確認されており、これまで“本物”として美術史に位置づけられてきた。保存状態も良好で、鮮やかな色彩と柔らかな光の表現が特徴だ。
フィラデルフィア版“Lady with a Guitar”:アメリカ・フィラデルフィア美術館に所蔵され、これまでは「後世の模写」とされて倉庫に眠っていた。しかし最新の科学分析により、フェルメール本人、もしくはその工房に属する高度な技術を持つ人物による可能性が浮上している。
両作品を比較すると、決定的な違いがいくつか見えてくる。
地塗りの違い:ケンウッド版は淡い灰褐色の単層地塗りを使用しているのに対し、フィラデルフィア版は暗褐色でやや厚めの地塗り。これは使用した材料や画家の制作環境の違いを示唆する。
青の顔料:ケンウッド版では高価なラピスラズリ由来のウルトラマリンを使用しているが、フィラデルフィア版では比較的廉価なインディゴを採用。この違いは絵画制作時のコストや意図をめぐる重要な手掛かりとなる。
髪型の描写:モデルの髪型にも差がある。ケンウッド版では特徴的なリングレットが描かれているのに対し、フィラデルフィア版では編み込み風で簡略化されている。
保存状態:ケンウッド版は保存状態が極めて良好だが、フィラデルフィア版には過去のクリーニング痕やわずかな損傷が見られる。
これらの違いは“別物”と判断する根拠にもなるが、一方で構図・ポーズ・衣装・背景・筆遣いは驚くほど一致している。
これは単なる後世の模写ではなく、作者本人あるいは極めて近い存在による制作の可能性を強く示している。
科学分析が示す新たな仮説
今回の展示では、最新の科学的分析も注目を集めている。X線や赤外線反射、顔料の化学分析などが行われ、両作品の制作過程や材料が詳細に比較された。
その結果、ケンウッド版の下層には微細な修正痕が確認され、フェルメール特有の「試行錯誤」の跡が見つかった。
一方、フィラデルフィア版ではそのような修正はほとんど見られず、あらかじめ完成形を想定した“迷いのない筆致”が特徴とされる。
この点から、一部の研究者は「フィラデルフィア版はケンウッド版完成後に描かれたコピーである可能性が高い」と指摘する。
しかし、ここで重要なのはフェルメールの制作スタイルだ。
フェルメールは“寡作”で知られ、同一構図の複製を描いた記録は一切ない。むしろ、一枚一枚を徹底的に練り上げ、完全な形に仕上げることを重視した画家だったとされてきた。
そのため、もしフィラデルフィア版が本人によるものなら、フェルメール観そのものを揺るがす発見になる。
工房か、それとも“もう一人のフェルメール”か
一方で、一部の美術史家は「工房説」を唱えている。
フェルメールは生涯で11人の子を持ち、生活は決して豊かではなかった。弟子を抱えていた証拠は乏しいが、作品の完成度を考えると工房の存在を否定することも難しい。もし工房内での複製制作であれば、使用顔料や地塗りの差異も説明がつく。
さらに、17世紀オランダでは人気画家の作品を「工房内で複製」することは決して珍しくなかった。レンブラントやルーベンスは工房を抱え、同一構図の複製を数多く制作している。
フェルメールが同じ手法を取っていたとしても不思議ではないのだ。
展示がもたらす“観客参加型”の体験
今回の展示を企画したキュレーター、ウェンディ・モンクハウス氏は「美しくも混乱をもたらす体験」と語り、鑑賞者自身に“鑑識家としての視点”を求めている。
展示では2枚の作品を隣り合わせで比較できるように配置し、さらに科学分析のデータや高解像度画像も公開。訪れた人々は、まるで研究者の一員になったかのような臨場感を味わえる。
結論はまだ出ていない
最新の調査結果は2025年末から2026年初頭にかけて学術論文として発表予定で、結論はまだ出ていない。
しかし今、この展示を訪れた観客こそが、美術史の大きな転換点に立ち会っているといえる。
「フェルメールが自分の絵をコピーしたのか」
「工房の弟子による作品なのか」
「あるいは極めて巧妙な模写なのか」
その答えはもうすぐ明らかになるかもしれない。
参考(2025.9時点)
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