【番組感想】知恵泉 藤原実資回【再放送】
NHKで2024年10月1日に放映された番組の再放送を視聴した際の感想。
今更感バリバリですが、それでも良いという心の広い方はどうぞご覧下さい。
なお当方清少納言・中関白家推し&大河ドラマ『光る君へ』には否定的な立場です。
ドラマファンの方はバック推奨。
・冒頭、『光る君へ』の秋山さん演じる実資の姿が流れる。まあドラマ放送中の番組なので当然ですね。しかし続いて映し出された再現VTRの実資役の方が見事な細身。衣装はどうもドラマの実資の装束を使用してるっぽい?サイズぶかぶかで合わないんじゃ(ry
・そしてスタジオで司会者の高井正智アナがゲストの方々をお出迎え。
●最近(?)色んな意味で話題の元アナウンサーで弁護士の菊間千乃さん。ドラマの大ファンだそう。
●ドラマで風俗考証を担当された佐多芳彦先生。日本古代史・中世史専門の歴史学者で立正大学の史学科教授。調べたら歴代大河の色んな考証しまくってるのね。
実資を評して曰く「誰にも阿る事なく、一番適切な場所で適切な正論を誰にでも言える人」。
まあそういう方向性で番組を進めたい局の意向もあるんだろうけど、ちょっと言い過ぎでは?
いや、まだ『小右記』全巻読んで無いから断言は出来ないけど、道長や他の貴族らを日記で批判しても、直接彼らを諌めていた訳では無いよね?そしてそれは内裏勤めという人間関係の中で生きる者として別に悪い事じゃない。現代の会社員と同じ。
↓こんな道長くんの悪行を耳にしても日記で嘆いているだけで直接本人に何も働きかけてないし。

実資も「嗟呼、嗟呼」と嘆いて『白氏文集』読んで自らを戒めるだけ。まあ当時の貴族の民に対する意識なんてそんなもんよね。
・最後のゲストが編集者・フリーライターの中川淳一郎さん。Xで相互さんからのリプに暴言吐いてた人で草。実資と毒舌繋がりでゲストに呼ばれたようだけど、よー分からん人選w
・そして『小右記』で一種物に鮎の熟鮓を持参した者がいたという記録(987年2月23日条か)に合わせて、ゲストに同じメニューが振る舞われる。衣食住に関する記事まで書いてくれるのはなかなか無いので非常にありがたいと佐多先生。
そしてここから本格的に実資の紹介VTRへ。
・国立公文書館に所蔵される『小右記』の江戸時代の写本全61冊を紹介。
七条大路で起こった貴族の従者同士の乱闘事件(995年7月27日条)、月蝕の夜の内裏焼亡(1005年11月15日条)等、多岐に渡って記録した事実が語られる。
そしてその〝ひねくれた性格〟も(笑)
中級貴族らが任官の便宜を図ってもらおうと面会に来たが会ってやらなかった(どの条か分からず)、以前嘲笑した藤原顕光が自分を呪咀しようとしていると聞いたが顕光は皆が馬鹿にしているのに何故今更自分だけが咎められるのか「極めて奇恠なり」w(1017年11月18日条)
・そして実資の生い立ちの話へ。小野宮流が藤原氏の嫡流だった事をきちんと説明。そこはドラマでもちゃんと説明して下さい…。
さらにその邸宅は枕草子の「家は」の段でも「小野宮」と挙げられる程立派だったと。
そして「25歳の若さで蔵人頭に就任した実資の未来は明るく開けていた」とのナレ。うーん、遵子に子が出来ず詮子が皇子(後の一条天皇)を産んでいたのに、本当に当人らはそんな楽観的だったのかしら?まあ『大鏡』出典とは言え公任の例の逸話(やらかし)もあるけどw
・と思っていたら九条流・兼家ご登場。いきなり寛和の変に話がすっ飛び、一条天皇即位→兼家政権誕生、九条流に氏長者の座を奪われ実資危うしという展開へ。ここで紹介された実資の知恵とは…
知恵その一:競争相手の少ない〝得意技〟を持て
・当時朝廷の仕事はマニュアル化されておらず、関係者の記憶や記録に頼っていた(これ不思議よな)。日常業務なら問題は無いが、前回の実施から年月の経った行事や儀式等は段取りや必要な道具を誰も覚えていない事もあった。そんな時救いの手を差し伸べたのが実資の日記。立てる屏風の大きさや畳を置く方角、使用する道具の材質、箱の中への納め方等、微に入り細を穿つ記録の数々。
ここでkrmt先生キタ――(゚∀゚)――!(ドラマの時代考証なんで当然)わざわざ専用スタジオで別収録のコメント。
「まだ当時儀式のスタンダードが確立されていなかった」「かなり若い頃から、皆実資の記録に従っていた」「儀式や先例の場において実資は権威として尊敬されていた」とのこと。
・そして番組スタジオに戻り、実資と重なる境遇として中川さんの話へ。
2000年代紙媒体が中心のライター・編集業界でインターネットの持つ可能性に着目、ネット上のメディアでも貪欲に活動し、業界の草分けとしてポジションを確立したという。
…この演出いるか?(言う程重なって無いし)
・再び実資の話に戻り、彼は誰彼構わず日記を見せる程お人好しでは無かったとも。日記の写しを求められたが送らなかった、本当はあったのだが持っていないと嘘をついたというエピソードも紹介。
krmt先生「誰に見せる見せないで権力を行使していたのかも」→コレはあり得ますねえ。
こうしてスピード出世とはいかないまでも地道にキャリアを築き40歳で中納言へ。
・菊間さん「イノベーターですよね」「まだ誰もやってない事をやろうっていうのは…(長いので以下略)」
いや、他の人も日記つけてます。
さらに続けて「平安時代のスティーブ・ジョブズ」()
菊間さんの考えじゃなくて台本なんだろうけど、的外れ過ぎて草。『小右記』はiPhoneだった…?
・ここで司会の高井アナが佐多先生に質問。
高井アナ「皆実資に日記の記録を教えて貰いに来た、それくらい先例が大事だったっていう事なんですか?」
佐多先生「そうですね、我々は割と〝新しいこと〟をやるってのはポジティブと考えがちですけど、当時の人達からすると先例・前例をつくった人達に対して不敬だって考え方になっていくんです。それが段々転じていって、先例・前例を変えるのは不吉な事だとさえ言うようになっていく訳ですね」「我々が考えるよりもはるかに重要性は高かったと思います」
菊間さん「そこまで重要なのに実資以外の方が記録をするってことは無かったんですか?」
佐多先生「あっ勿論あったと思いますが、実際にたくさんの記録が残っています」
え、じゃあさっきのスティーブ・ジョブズのくだりは何だったの…。
佐多先生「ただですね、日記ってのはもともと子孫の為なんかに書くものなんですね」「自分が経験した儀式の事を書いておけば、子孫達がそれをやる事になった時に、あっこうやればいいんだというのがたちどころに分かるっていうのが狙いだった訳ですけれども」「そういう時代にこういう細かい日記を書いて、ああいうふうにこう、その日記を人に見せる、儀式の知識をシェアするって事がたぶん、彼は何らかの意味を持ってくるだろう、自分の人生にも影響するだろうって事にどっかで気付いたんでしょうね」
→ふむ、そういう意味での〝得意技〟〝イノベーター〟ね。後者はあんましっくりこないけど。
佐多先生「凄い教養を持っていて色んな言葉を知っていて、それによって書かれる日記ですから誰が見てもたぶん分かるんですよ」「彼ら貴族達にとって実資の日記ってのは大変意味があったという事になります」
中川さん「これお金取ったりはして無かったんですか?」
佐多先生「たぶんお金は取ってないと思いますw」
→自然な笑いだったので台本ではなく中川さんの本心の質問だったのかも。こういうのイイネ。
中川さん「信用を得る、尊敬されるための行為だったと」
佐多先生「知識っていうのは値段のつけられない価値ですから、そこに気付くあたりは大した発想力ですよね」
菊間さん「凄いですね、1000年経って今私達が彼の日記を読んでるとは実資も思わないでしょうね」
皆さん「ねー」
その後の中川さん、菊間さんの経験の話はぶっちゃけ本筋にあんま関係無いから早送りw
・そこから実資に話が戻って、
菊間さん「実資は自分を貫き通した人の代表格で、それによってオンリーワンになったって方なんでしょうね」
ここで小右記のある日の記録を紹介(1013年5月25日条)。体調を崩した東宮(後一条天皇)の病状が書かれている。
高井アナ「ある女房を介して得た情報(資平経由でね)なんですが、その女房が越後守為時の女──」
菊間さん「まひろ!」
いや、そこは紫式部と言ってくれ…。アレは架空のキャラで紫式部じゃないから…。
高井アナ「これ佐多さん何で紫式部…」
佐多先生「実資をしてもですね、ただの貴族ですから皇室の事とかは分からない」「例えば今回の場合は親王さんの体調の話ですけれど、彼は自分が直接調べられない事には、色んな折につけてたぶん、親王さんや皇室の事は彼女に聞いていたのかも」
ここで紫式部が『源氏物語』らしき物を書く映像が映されるんだけど、床の上に這いつくばって書いてる?
下は鎌倉末期『松崎天神縁起』の絵巻で、右上の女性が畳の上で寝そべって和歌を書いている。

平安時代と鎌倉時代という違いはあれど、貴族女性は文机だけじゃなくて床や畳の上で書き物をするという習慣があったのかしら…。うーん、分からん。
・菊間さん「何か物書き同士っていうかね、実資も日記たくさん書くから〝書く人〟っていうところでの理解し合うものとか共通点とかが、まひろ(この期に及んでまだ言わせるか…)と実資の間にあったのかなと思うとそれだけでワクワク」
物語と日記を同列扱いですか…じゃあ私もXでクソ投稿してるから紫式部と理解し合えますね!(皮肉)
佐多先生「実資は結局、例えばある一日の出来事があって、それを自分の見聞でちゃんと書くんですが、それでも分からない事とか出て来る訳です」「そうすると人を遣わす形で、そういう必要な情報を集めてきて、それをこう日記に貼り込んでいく訳ですよね」
ここで画面に「資平云」の文字。実資の養子という説明は無し。ちょっと不親切ですね。
中川さん「ちょっともう編集者の元祖みたいな感じ」
これまたちょっと乱暴な繋げ方w
佐多先生「ですよね、凄い編集方針がガッツリしてまして、普通の日記というのは非常にね、恣意的に走りやすい部分がありまして、都合の悪い部分は書かない」道長くんの日記の事ですか?(アレは改竄もしてるしな)佐多先生「だけど『小右記』は割とそれは無いんですよね」「そこはまたとても面白い、凄く中身のある日記ですよね」
決して無いとは言い切らないのが良心的。
高井アナ「さあその日記にはライバルである、ある人物が登場します」「あの有名な和歌も登場します」
視聴者も分かってると理解した上で煽りますねーw
・ナレ「中納言になった実資の前に聳え立つ男がいました」「左大臣・藤原道長です」
VTR開始と同時に道長くんキタ――(゚∀゚)――!ドラマと違って狡猾そうな表情を浮かべる役者さん。これこれ、こういうのでいいんだよ。
(以下ドラマの愚痴)
ってかこっち路線の方が重厚な政治ドラマになって絶対面白かった…。これなら男性視聴者ももっと増えたのでは?紫式部との恋愛(しかも召人では無く幼馴染ソウルメイト())というトンデモ捏造するにしても、堅物で潔癖な式部(つまりまひろでは無い)が何故かダークヒーロー・道長から目が離せず惹きつけられてしまう…って展開の方がまだ萌えたのにー!(※個人の感想です)なんであんな薄っぺらいエセ善人×エセ善人カプにしてしまったの…。
(以上、愚痴終わり)
望月の歌も早々に紹介、「この世は俺様のもの。満月が欠けていないように、それは当たり前の事」と至極真っ当な解釈…と思ったら、「この歌は道長の驕り高ぶりを表わす物とされてきました」と何やら含みのある言い方。まさか例の珍解釈クルー!?と色んな意味で期待したら、そのままスルー。何だったんだよ、今の意味深なナレは…。そして、
ナレ「そんな道長に実資は一歩も引かず対峙するどころか、一泡も二泡も吹かせていたのです」「一体どうやって?」
知恵その二:正論はおいそれとは消されない
①彰子入内の際の屏風の和歌のエピソード
ドラマでも出た例のアレですね。実資は「公卿が左大臣の命で和歌を献上した先例は無い」と突っぱねます(999年10月23日、28日条)。
krmt先生「道長は関白でも無いし単なる大臣なんですよね」「(正式に)后になっていない彰子に対して公卿が歌を詠んで奉るのは彼にとって許せなかったと思います」「貴族というものは国家に対して、あるいは天皇に対してお仕えしているんであって、道長に対して仕えているのでは無い、こういう原則を非常に彼は守っていると思います」
そして挿入される、笏(?)を折り顔を歪めて悔しがる道長の映像。人間臭くてイイヨー。
②三条天皇時代、娍子立后の際のエピソード
一条天皇の崩御後(すっ飛ばしたなー)、三条天皇が即位。「三条天皇は道長の娘・妍子を皇后にしていたが道長と反りが合わなかった。その事も影響したのか娍子を2人目の皇后に立てようとした」とナレ。一条朝の中宮・皇后の二后並立を説明しないから、何だか違和感のある表現に。
ともかく道長は激怒、多くの貴族は彼を恐れ立后の儀の参加を見合わせたと説明。結局参列した上達部は4人、その内の1人が実資であり、その日の日記には「天に二日無く、土に二主無し。仍りて巨害(道長)を懼れざるのみ」(1012年4月27日条)とバッサリ。が、VTRでは道長が妍子の内裏参入を同日にぶつけた事実には触れず。ドラマでは描いてたよね?
③とは言え、決して仲は悪く無かったとも
他にも「大不忠の人」「朝廷の財産を恣意的に運用している」等の道長批判を紹介しつつ、例の望月の歌は実資自身が記録した事に触れる(1018年10月16日条)。
ナレ「普段他人の宴会には殆ど参加しない実資だが、この時は珍しく道長主催の宴で杯を傾けていた」
そりゃ威子の立后、しかも一家三后という前代未聞の偉業(?)を祝う宴なんだから、公卿なら出席するのは当たり前じゃね?とボケーっと視ていると、「実資は望月の歌を批判的に記した訳では無い」と唐突にkrmt先生が指摘。
ココでぶっ込んでキタ――(゚∀゚)――!!
やっぱ最初のナレは伏線だったんや…やられたぜNHK…!流石こちらの期待(?)を裏切らない、そこにシビれる!あこがれるゥ!(シビれないしあこがれません)
krmt先生「道長にとってはそんなに重要な歌ではなくて、たぶん宴会の中での皆が酔っ払っていて〝戯れ歌〟」
それ、現代ではパワハラと言います。あと酔った時に人間の本性が出るとも(諸説あり)。
krmt先生「今日は気分が良いとかそういうくらいの歌で、別に驕り高ぶっている訳では無いと思います」
この世は我が世と詠んでいる歌の何処が驕り高ぶって無いんですかね?それとも先生も〝この夜〟派ですか?そもそも道長自身が「誇りたる歌になむ有る」と言っている訳ですが。
krmt先生「実資も、こんな歌を詠んでとんでもない奴だという意味で書いたのではないですね、文脈読んでると」
和歌に全く詳しくない自分からしても特に巧いとも美しいとも思えない歌に、「御歌、優美なり。酬答する方無し」って、呆れて物も言えないだけじゃ…。
krmt先生「『小右記』ってめったに和歌は載せないんですよ、だからよっぽど面白かったのかなあと思いますけど」
面白い=失笑ですね、分かります。
…とまあこんな調子で心の中でツッコんでいるうち、再現VTRでは何やら心通わせた友のように微笑み合う実資と道長の姿が。これ誰得?
そして「とても優美な歌です、返歌しようがありません、皆でこの歌を唱えては?」との実資の言葉に同意し、立ち上がって唱和する一同(エキストラ4〜5人ぽっち)。そんな彼らの見つめる先には、天井から吊り下がったワイヤーが丸見えの望月が輝いていた──。
そんな所でオチをつけなくて良い(真顔)。
終わりに
ナレ「この日から3年後、実資は65歳にして右大臣に任じられています」
佐多先生によれば日記からも実資のウキウキが伝わるとか(1021年7月25日条)。確認したけどクソ長くて読む気がしませんでした(堂々たるクズ)。そうして90歳で亡くなるまで勤めを全うしたと(実際晩年は認知症で仕事どころでは無かったらしいけど…)。そうして佐多先生の全体的な総括へ。
佐多先生「やっぱり道長の事を実資は恐らく、それなりの政治的な手腕や経験値も持っているっていうふうに評価はしてたと思います」「じゃあ当の道長はどうなのかなっていう事になると、まあ何かにつけて正論をどしどし言ってきて自分の言う事も聞かないし、うっとうしく思っていたかもしれないですよね」「だけどやっぱり政治的な見識って言うんですかね、そういう意味で道長からすれば実資ってのは大変信頼出来る政治上のメンバーでもある訳ですよね」「かなり大きな事件がある時も実資とこの道長は2人で会って相談をしたりするんです」「だからこの2人は仲が悪いのでもなく、でもかと言って馴れ合いにはならないで、非常にある緊張した信頼関係を維持出来ている訳ですから、まあなかなか実現出来ない人間関係だろうなっていうふうに思いますよね」
綺麗にまとめてくれました。
中川さん「実資は派閥を作ったりとかは無かった?」
おお、良い質問。
佐多先生「無いと思います。だからこの人は宴会にも顔出さないっていうのは、そういう所で仲間うちを作ったり、きっと人の悪口とか言ったりするのは嫌いだったんじゃないですか」「その代わりそれを日記にぶつけていた訳なんでw」
これまた自然な笑顔だったんで、中川さんの質問はアドリブも込みなのかも。
菊間さん「正論ばっかりで相手を追い詰めるっていうコミュニケーションの取り方を最近取る中で、人と人とがギスギスする事ってあると思うんですよね」「実資ってなんかそこら辺のバランス感覚がある方」「勿論正論なんだけど、だからその道長を徹底的に悪く言ったりとか対峙する訳ではなく、人としてのチャーミングな部分とかがあるから、正論を言ってもそこまで憎まれない人だったのかなあと思うんですけど」
佐多先生「そこがね、この2人の良い偶然って言うんですかね、良い化学反応を示してくれた一番の原因だと思いますね」
菊間さん「今の管理職が知るべきですね、世の中のね」
と、これ以降はラストまで現代社会に繋げた話だったので特に書きません(やる気無し)。
感想
・大河ドラマ放送中の番組だったので漂白道長に都合の悪い事には触れないかと思ってたら、ちゃんと道長くん批判にも言及してくれたのは良かった。
・といいつつ紹介された批判はあくまでドラマでも描かれたエピソードのみ。「朝廷の財産を恣意的に運用している」の方をもっと深掘りしてよー。やっぱ忖度してんなあ。
・同じ藤原氏でも家流の違いがある事を説明してくれたのはありがたい。藤原だらけで視聴者が混乱するから、本来ならドラマで説明すべきだったと思うんだけどな…。
・最初は「このゲストいる?」と思った中川さんがいい味出してた。菊間さんはまあ「台本読まされてますね」って感じ。その台本が全体的にセンス無いというか…「平安時代のスティーブ・ジョブズ」は失笑。
あと菊間さんが言わされてた「人としてのチャーミングな部分」って完全にドラマの実資像ですよね?史実の実資のチャーミングな部分…頼通との例のアレとか?(それ以上はいけない)
・そういえば千古ちゃんが出て来なかった。娘溺愛こそ史実実資のチャーミングな(というか微笑ましい)部分?
・やっぱ望月の歌はそっち解釈でいくんすね…分かっちゃいたけど乾いた笑いしか出ませんわ。これを今後スタンダードな解釈にしていくつもりなんですか?絶対にやめて下さい。
・仕方ないのかもしれないけど、再現VTRのセットの安っぽさに苦笑。コント番組みたいだったな。
・番組とは関係無いけど、実資が貧民に施しをしたとされるエピソードって本当に『小右記』に書いてあるんですかね?探しても見つからなかったなあ…。あと紫式部が床に這いつくばって物語を書いていた映像。コレも史実なのかしら?
・最後に細かいけど気になった部分。krmt先生も佐多先生も道長くんを「みち↑なが」じゃなくて「みちな↑が↑」と発音してた事。史学界ではそうなのん?
以上、いまいち締まらずに終わり。
