見出し画像

♧ before story ♧-meet again-

※フィクションであり、実在の人物・団体とは関係ありません
12,290 文字

~ Reading BGM:JUNG KOOK
( Euphoria / Hate You / Yes or No / Shot Glass of Tears / Still With You )~
✽ 私の頭の中のお話 ✽
♧ before story ♧
meet again
ーーーーーーーーーーーー

2023.01.xx
新しい年が明けて間もない、刺すような夜風が吹く日だった
職場の飲み会の二次会
数人に連れられて訪れたのは、最近SNSでも話題になっている隠れ家のようなBARだった
重厚な扉を開けた瞬間、スモーキーなウイスキーの香りと、低く響くジャズの音階がじかに鼓膜を撫でた
都会の喧騒を忘れさせる薄暗い廊下
すれ違いざま、腕が触れそうになって、前を歩く誰かを避けようと身体をわずかに横にずらした
ほんの数センチの距離

『もしかして、 sumi…?!』
聞き覚えのある、少し高めの甘い声
心臓が跳ね、視界が激しく揺れる
恐る恐る顔を上げると、そこにはキャップを深く被り、それでも隠しきれない輝きを放つ彼が立っていた
『え?…っ、ジミナ…?!』
時が止まったようだった
数年ぶりに見る彼は、私の記憶の中にいる彼よりもずっと大人びていて、けれど優しい眼差しはあの頃となにも変わっていない

『久しぶり…元気だった?』
『…うん、ジミナは?元気だった…?』
『元気だったよ😊今日は仕事の打ち上げなんだ…
あ、ジョングガもいるよ?』
彼の口から出たその名前に、一瞬、呼吸の仕方を忘れそうになる
胸の奥に封じ込めたはずの痛みが、熱を帯び静かに疼き出す
『そ、そう…みんな、元気?』
『元気、元気っ😄何年ぶりだっけ?3年くらい?』
『うん、そうだね…2年半?くらいかな…』
具体的な数字が口を突いて出る
彼らと離れていた時間を、私は一日たりとも忘れたことなんてなかったから…

『みんな心配したんだよ?』
『ごめんなさい…色々、あって』
濁した言葉とともに、私は視線を泳がせた
『もう会えないと思ってた…ずっと、会いたかったから』
ジミンの真っ直ぐな言葉が、胸の奥に残っていた罪悪感をチクリと刺した
『ちゃんと挨拶もしなくて…ごめんなさい
あっ、ほら』
私は精一杯、明るい声を作って彼の背後に広がるフロアを指さした
『みんな待ってるんじゃない?もう戻って』
『あー…うん、戻るね😊また…会える?』
『また😊…元気でね
みんなの活躍、影ながら応援してるから』
息を整えながらその場を離れようとした
その瞬間――
ジミンが引き止めるように一歩踏み出した

『sumi !! …あいつに会わなくて…』
彼が言い切る前に、私はその言葉を遮るように思わず大きな声を上げた
『ジミナ!私、いますっごく幸せなの( ⁼̴̶̤̀ ᵕ ⁼̴̶̤́ )』

そんなの嘘よ
喉の奥がひりつくように熱くなり、指先がわずかに震える
彼らの世界に戻ることが、ただ怖かった

そして何より——

彼の隣に立つ資格なんてもう、私にはない
その想いが、私を守るように嘘を言わせた

『…そっか、それなら良かったよ…じゃあな😊』
ジミンは少しだけ寂しそうに、だけど受け入れたような複雑な笑みを浮かべると、何も言わずに背を向けた
「立ち入り禁止」の看板の横をすり抜け、彼らのいるプライベートエリアへと消えていくその背中を、私はただ見送った

”…私も、咄嗟に出る嘘
それなりに上手くなったよね🤭“

自分に言い聞かせるように呟きながら、私は長く息を吐いた

彼はジミン
世界中の熱狂をその背に負う、BTSのメンバー
stageの上で誰よりも高く舞い、慈愛に満ちた微笑みで世界を虜にする
文字通り“雲の上の人”

そして彼が口にした“ジョングガ”は
私が心の底から命を削り、捧げるようにして愛した人の名前

彼らと出会うまでの私は、まるで空っぽの器のように生きていた
何事にも期待せず、「諦め」という薄いベールを被り、望まないことで傷つくことから逃げてきた

だって…
期待なんてしなければ、裏切られることもないでしょ?

ただ流されるままに生きるほうが、ずっと楽な処世術だと思っていたから
――彼と、彼らに出会うまで

色を失い、泥沼のように淀んでいた私の人生を、彼らとの出会いが静かに塗り替えてくれた

“歌いたい“だとか
“諦めたくない”だとか

今まで背を向け続けてきた想いに向き合う勇気を、彼らはその背中で教えてくれた
そして、何より私を突き動かしたのは、ただひとつの純粋で傲慢な願い

彼の隣で、
堂々と笑っていられる自分でいたい

その想いを胸に、私はあの日――
彼らの前から姿を消した

――

「sumi、遅い!もぉぉぉっ大変なんだってば!」
Restroomを出たところで、千鶴先輩の声が鋭く突き刺さる
弾かれたように肩を揺らし、私は胸の奥に残っていた余韻を慌てて振り払う
『ごめんなさい…💦ちょっと、昔の知り合いと会っ…』
「知り合い?まぁいいわ、それより!涼介がまた酔っちゃって…💦
もう誰も手がつけられない状態なのよ😩」
『またぁ?だから、あんまり飲ませちゃダメだって言ったじゃん😵‍💫』
呆れを通り越して溜息が漏れる
けれど、ジミンと会って乱れた鼓動を落ち着かせるには、この“いつもの騒動”が、皮肉にもちょうど良かった
『ごめんごめん!気づいたら出来上がってて💦
sumi、あとは頼んだよっ!』

“えー💦もう勘弁してよ😵‍💫”

千鶴先輩に背中を押されるようにしてフロアへ戻ると、アルコールと人の熱気が混ざった空気がふっと顔を撫でた

「おっ、sumi!これっ🥴ちょっと何とかしてくれっ!」
「キムクァジャンニム~😩なんで俺はぁ~
いつまでもこんな所でくすぶってなきゃいけないんすかぁ~😩」
上司であるキムクァジャンニムの足元にしがみつき、涼介が呂律の回らない声で情けなく管を巻いている
その無様で、けれどどこか平和な光景を前にすると、つい数分前の出来事が遠い夢みたいに薄れていく
『ねぇ、涼介?ちょっと、飲みすぎ😵‍💫
ほら、お水飲んで?』
私は彼の隣に膝をつき、冷たいグラスを差し出した
「あっ!sumiソンベニム…
どこ行ってたんだよぉ(⌯︎˃̶᷄ᗝ˂̶̥᷅⌯︎)」
見事に酒に飲まれ、とろんとした目で見上げてくる涼介を、私は思わず苦笑してその身体を受け止める

『ごめんごめん、ほら、立って…ここ座って💦』
「ん〜ねみぃ…😴」
そう言いながら私の肩にもたれかかり、力の抜けた身体がそのままソファへ沈んでく
半分閉じたまぶたがゆっくりと揺れ、最後には諦めたように小さく息を吐いた

“あーもう💦どんだけ飲んだのよ😩”

――

「キムクァジャンニム、ご馳走さまでーすっ」
『キムクァジャンニム、今日はご馳走さまでした😊』
「ご馳走さまです😊また、お願いしますっ!』
「おー、お疲れ~👋」
同僚たちの明るい声が、BARの重厚なエントランスに響く
私はその輪の中で自然と背筋を伸ばし、仕事モードの表情を作る

――うん、ケンチャナヨ

『涼介、帰るよ?ほら、ちゃんと立ってよぉ😩
…あぁ~もぉぉっ💦』
「でぇぇ~…😪」
情けない声を漏らしながら、涼介が私の肩に体重を預けてくる
「俺、見てるんで…sumiさん、taxi頼んでいいっすか?」
そう聞こえた次の瞬間、私が支えている反対側からスッと長い腕が伸びてきた
シウが何事もない顔で、涼介の身体を支えてくれる
『本当?! 助かる!ありがとっ😳』
シウに涼介の身体を託し、冷たい夜風の待つ表通りへと急いだ

――

涼介が私のプロジェクトに自ら志願してきたのは、もう2年前のこと
3回行われた面接での彼は、終始緊張していて思うように言葉を紡げなかった
結果、1度は落選リストに名を連ねた

それでも――
彼をこのプロジェクトに推薦したのは、私だった

涼介が入社したのは、私が新入社員研修の講師を務めた最後の年だった
だからなのかもしれない
不器用でも真剣に食らいつこうとする彼を、あの頃の私は放っておけなかった

遠くにtaxiのヘッドライトが滲んで見えた
吐く息は、白く濁って寒空にふっと消えていく

誰かに守られ、流されるままに生きてきた私が、今もこうして立っている
誰かのために強くなれたわけでも、何かを乗り越えられたわけでもないのに…

“彼の隣で、堂々と笑っていられる自分”

その姿はまだ、あまりにも遠い

――

taxiが目の前に止まる
私は冷えた手をこすり合わせながら、急いでお店の中へと引き返した
身体は二人が待つ席へ向かっているのに、どうしても視線だけが「立ち入り禁止」の看板の方へと引き寄せられる
そんな自分のことを、私はよく知っている

『シウ、お待たせ😳taxi捕まえた!』
奥のソファでは、シウが呆れた顔をして寝入る寸前の涼介の身体を支えてる
「もう落ちる寸前っす…」
『ごめんっごめん💦重いでしょ?…ほら、涼介!
起きてっ、taxi来たよ!』
シウの肩を借りながら、千鳥足の涼介をなんとか店の外へと連れ出した
「じゃぁ帰ります」
『ありがとう!お疲れさま😊』
「ソンベニムも、早く帰ってゆっくり休んでくださいね」
『うん、ありがと!じゃぁねっ』

今年入社したばかりのフレッシュなシウ
その若さに似合わず優秀だと評価され、このプロジェクトに抜擢された期待の新人だ
いつも大きな眼鏡をかけていて、見た目に頓着しているとは言い難い
無愛想でとっつきにくいと思われがちなところもあるけれど、こうして誰かのために動ける真面目さと、意外なほどの素直さを持ち合わせていることを私は知っている

taxiのドアが開いたまま、夜の冷気が車内へと流れ込む
運転席からは、バックミラー越しにこちらを覗く運転手さんの視線が刺さる
「sumi…みんな行った?」
『sumiじゃなくて、ソンベでしょ😑
ほら、早く乗って!』
「やだ、sumiの家行く」
呂律の回らない声で、涼介が子供みたいに駄々をこね始める
『えっ…無理(  -᷄ω-᷅ )ちゃんと自分の家に帰って』
「やだやだ!いいじゃん、明日休みだしさぁ…」
『無理だってば💦ほら、運転手さん待ってるから!』
運転席から身を乗り出した運転手さんが、小さくため息をつくのが見えて、私は思わず頭を下げた

「なんだよ…今日冷たくね?」
『そんなことない、いつも通りでしょ?』
いつまでたっても動こうとしない涼介の背中を強引にシートへ押し込んだ
「sumiさ…いつになったら、俺と付き合ってくれんの?」
『いつになっても付き合いません!
あなたにはいっぱい彼女候補がいるでしょ😑?
…あの、運転手さん、この住所までお願いします』
私はスマートフォンの画面を運転手さんに見せ、逃げるようにドアを閉めようとしたけれど、閉まりかけたドアの隙間から、涼介の低い声が漏れ、鼓膜を揺さぶった

「まだ、元カレのこと忘れられないの?」

胸の奥が、ひやりと強張った
『う、うるさいな…関係ないでしょ( ⸝⸝⸝⩌⤚⩌*)
じゃぁね、お疲れ様!』
吐き捨てるように言い返して、今度こそ勢いよくドアを閉めるとtaxiはすぐに加速して、赤いテールランプが夜の闇に溶けていった
あとに残されたのは、アスファルトに這う排気ガスの匂いと、耳が痛くなるほどの唐突な静寂だけ

“もう…やめてよね”

自分の腕を抱くようにして、その場に立ち尽くす
涼介の無遠慮な言葉は、私が必死に守ってきた心の堤防を、あまりにも簡単に崩してく

――

私はあの日のことを、今でも後悔している

2021.10 xx
あの日の朝も、いつもと変わらなかった
出勤準備をしながら、何気なくつけた情報番組

《…BTSメンバーが長期休暇に入ると所属事務所が発表し…》

『長期休暇…』
思わず、テレビに向かって声がこぼれた
『よかった…少しはゆっくりできるんだね』
知りたいのに、知りたくない
いつまでも行き場を失ったままの私の気持ちが、画面の中の彼らを見てかすかに揺れた

《また…メンバーのマンネ、ジョングクさんの熱愛報道ですが…》

アナウンサーの声が、やけに耳に残る
胸の奥が、ぎゅっと雑巾を絞られるように締めつけられた

『sumi~そりゃそうよ😂彼にだって、そういう人がいて当然でしょ?
いない方がおかしいんだから(  ᵒ̴̶̷͈᷄ ࿁ ᵒ̴̶̷͈᷅)』
鏡の中の自分に向かって、苦笑いを貼りつける

事実なのかもしれない
仕事上の付き合いなのかもしれない
あるいは、根も葉もない噂話なのかもしれない

――そんなこと、今に始まった話じゃない

それに、どっちにしたってもう、私には関係のない世界の人
そう言い聞かせれば、言い聞かせるほど、部屋の静けさが耐えがたいほど重くなっていく

彼の元を離れてからの最初の一年は、とにかく必死だった
早く忘れたくて、忘れようとして
頭から彼を追い出すために、私はがむしゃらに仕事に没頭した
毎日を忙しさで塗りつぶしていくうちに、あんなに泣き虫だったはずの私は、いつの間にか、涙の流し方さえ分からなくなっていた
1年かけて必死に立ち上げてきたプロジェクトも、ようやく軌道に乗り始めたけれど、相変わらずやることは山積みで、息をつく暇もない
それでも、不思議とそれが心地よかった
時間の経過とともに、忙しさという名の麻酔が効いて、彼を思い出す時間は確実に減っていったから

“もう、大丈夫
私は一人で立っていられる‥“

そう思える日が、ようやく来たと思ってた
あの熱愛報道を目にするまでは――

テレビを消して、逃げるようにバッグを掴んで玄関を出た
考えが追いつく前に身体を動かしていなければ、胸の奥に溜まった真っ黒なものに飲み込まれてしまいそうだったから…
私は何事もなかった顔のまま、会社へ向かう朝の流れに静かに身を任せた

デスクに座り、いつもと同じようにパソコンを立ち上げ、山積みの書類に手を伸ばす
そうやって“有能な私”なんてのを演じていれば、やり過ごせるはずだと思ってた
なのに文字が滑って頭に入ってこない
静かなオフィスに響くタイピングの音さえ、今の私には酷く耳障りで思わず顔が歪んだ

仕事に集中したいのに、彼の顔が幻影のようにチラついて離れない
意識を逸らそうとすればするほど、記憶の奥に沈めていたはずの彼の声、体温、肌の柔らかな感触までが、まるで今そこにいるかのような鮮やかさで私の中に静かに入り込んでくる

思い出したくもない
もう、忘れたはずなのに

それなのに、彼は私の頭から、心から、一歩も出て行ってはくれやしない

“おかしい…な…”

頭から追い出すことなんて、この1年で得意になったはずだったのに、視界がふっと歪み、熱い何かが目尻に溜まっていく
私は慌てて天井を仰ぎ、何度も、何度も深く息を吸って大きく吐いた

“大丈夫、泣かないって決めたでしょ
あの日々も、あの人も、もう…
私の人生には関係ないの“

――

その日の夜は冷え切った部屋に一人で戻る勇気なんて、私にはもうひとかけらも残っていなかった
静寂に押しつぶされるのが、ただただ怖くてたまらなかった
私はスマートフォンを握りしめ、思いつくままに片っ端から誰かれ構わず声をかけて回る
キュウな誘いに、当然みんな予定があって断られたけれど、それでも食い下がってようやく集まったのは、私を含めて4人
その中に、涼介がいた

「かんぱーいっ🍻」
『お疲れさまぁ~(  ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)』
「今日は誘ってもらってラッキーでした!」
『ううん、キュウだったのに付き合ってくれてありがとぉっ🥹』
もともとお酒に強いわけじゃない
それに、昼食さえまともに喉を通らなかった私の身体に、アルコールは容赦なく回り、あっという間に感覚を麻痺させていく

――あの夜の私は、どうかしていた

ずっと張り詰めていた心の糸が、ぷつんっと音を立てて切れたようだった
我慢して、蓋をして、見ないふりをしてきた孤独が、一気に溢れ出して止まらない

誰でもよかった
この底なし沼のような空虚さを、ほんの一瞬でも忘れさせてくれるなら…
本当に、誰でもよかった

ただ、その冷え切った心に触れる、“誰か”のぬくもりが、喉から手が出るほど欲しかった

――

重いまぶたを開けると、隣で涼介が穏やかな寝息を立てていた
『……え』
息だけの声が喉にひっかかり、一瞬で血の気が引いていく

どうして
どうして、ここに涼介がいるの

震える手でシーツをめくると、床には脱ぎ散らかったままの服
それだけで、答えは嫌というほど突きつけられた

みんなで飲みに行って、二軒目に移って、さらに煽るように飲んで……
それから?
だめ、そこから先が、霧をかけたみたいに思い出せない

記憶は途切れ、繋げようとするたびに頭の奥がずきずきと脈を打つ
吐き気をこらえるように身を起こすと、肌に残る、はっきりとした他人の体温
その生々しさが、昨夜の出来事を容赦なく現実として突きつけてくる

“やってしまった…”

それだけで、十分だった
這うようにベッドから抜け出し、拾い集めた服を急いで身に着ける
まだ眠っている彼の顔を見ることなんて到底できなくて、逃げるように部屋を飛び出した

外に出ると、冷え切った朝の空気が火照った頬に突き刺さる
それでも、この痛みですら足りなかった
後悔したってもう遅い
起きたことを、なかったことになんて…
そんなこと神様にだってできないんだもの

私はいつもそう
失ってから、壊してから、取り返しのつかないところまで行ってしまってから
ようやく大切だったことに気づく

――本当は、誰でもよかったわけじゃない

誰でもいいからこの穴を埋めてほしかったなんて、そんなの真っ赤な嘘だ
だって、この空虚さは誰にも埋められない
あの人以外の誰かに、私の心を救えるはずなんて最初からなかったのに

それなのに

寂しさに負けて、あれほど大切に抱えてきた“彼への想い”さえ、私は自分の手で汚してしまった
『気づくのが、遅すぎる…』
込み上げてきたのは、涼介への申し訳なさよりも、自分自身へのどうしようもない嫌悪感
駅へ向かう道すがら、私は何度も自分の腕を擦った
消えてほしくて、何度も、何度も、そう願いながら…

昨夜の感触も、自分への失望も
いくら擦っても消えるわけないことなんて、分かっていたのに
私にはどこにも、逃げ場なんてない

――

2023.01.xx
貸し切りのフロアには、心地いい重低音とヒョンたちの笑い声が響いている
けれど、さっきからひとつの空席が気になって、僕は手元のグラスを揺らした
🐰『ジミニヒョン遅くない?』
🐻『確かに遅いな…誰かに絡まれてるとか?』
🐹『いや、絡まれてもジミナは大丈夫だろw』
🐿️『女の子かもよ?なんてw
…ちょっと見に行ってこようか?』
ヒョンたちが顔を見合わせたその時、重厚な扉が開いてジミニヒョンが戻ってきた

🐰『……ん?』
胸の奥に違和感が走る
ジミニヒョンは、嬉しいことがあると目を細めて少しはにかむ癖がある
本人は無自覚らしいけど、今の顔はまさにそれだ

🐿️『遅かったな、絡まれてんのかなって話してたとこだよw』 
🐥『そんなわけw…ちょっとフロアの方も見てきたから、遅くなっただけ』
🐱『おっ?なんだ、気になる子でも見つけたか?』
🐥『そんなんじゃないって💦』
🐻『いや、この顔は女の子だよねw』
ジミニヒョンが何かを隠していることは、その場の全員がなんとなく察していた
🐻『女の子って言えば…』
テヒョンイヒョンがふと放った一言が、僕の思考をすべて吹っとばす

🐻『そういえば俺、さっきsumiに似てる人見かけたんだけど…』
🐰『え…っ?!』
ほんの一瞬、息が止まった
グラスをテーブルに置く間も惜しくて、中身がこぼれるのも構わず立ち上がる
🐰『えっ?! ほんとに?!
ほんとにsumiのこと見たのっ?!』
🐻『ん~っぽかっただけで、ってジョングガ💦』

sumiが、ここにいる
そう思った瞬間、口より先に身体が動いてた
ヒョンたちの制止の声も耳に入らない

僕はVIPルームのドアを蹴り出すように開け、フロアへと走り出していた

“どこ…?sumi、どこにいんの”

薄暗いフロア
カクテル光線がチカチカと視界の邪魔をする
僕は隅から隅まで、必死に目を凝らした

“どこだ…”

🐰『あの…人懐っこい笑顔で、愛嬌があって…髪はたぶん、ロング!
柔らかい雰囲気の女の子、見かけなかった?』
近くにいたスタッフに、縋るように声をかけて回る
「そんな女性なら…ここには結構いますよ?
ほら、あそこのグループとか…」
🐰『え?…ちがっ…はぁ…😖』
指差された方を見て、思わず顔をしかめた
確かに、似たような背格好や髪型の女性はたくさんいる
でも、よく見ろよ
全然違う
sumiとは、爪の先から髪の一本まで、似ても似つかないだろ

「あそこにも…」
🐰『いや、全然違うんだ…ごめん』

“あいっし(๑•ૅㅁ•๑)”

もし今の説明で“ああ、あの子ね”なんて理解されたら、それはそれで腹が立つ
僕しか知らない彼女の可愛さを、他人に分かられてたまるかよ

諦めきれず、もう一度、狂ったようにフロアを見渡した
けれど、どこを探しても、僕の瞳が愛しい彼女のシルエットを捉えることはなかった

『…やっぱり、いるわけねぇよな』

――

彼女が僕の前から姿を消してから、もう2年半が経っていた
あの頃の彼女は、事務所の練習生としてレッスンに励む傍ら、日系企業のビジネスマナー講師としてアルバイトもこなしていた
いなくなってすぐの頃は、片っ端から日系企業に電話をかけたこともある
仕事で出会う日本人には、なりふり構わず彼女の特徴を伝え、手がかりを探した

ありがたいことに僕の仕事もどんどん忙しくなり、次第に“数分数秒”を確保することさえ難しくなっていった
今もまだ韓国にいるのか、それとも日本に帰ってしまったのか
そんな最低限のことさえ分からないまま、時間だけが虚しく過ぎていく

それでも僕はことあるごとに、人混みの中に彼女の幻影を探し求め続けた

彼女との出会いは、デビューして4年ほど経った頃の日本公演
新しいアルバムの曲に女性chorusを入れるためのオーディション
その参加者の中に、彼女はいた

初めて見た彼女は、化粧っ気もなく、大きな丸眼鏡をかけていて、スタッフと見間違えるほど地味な出で立ちで、おどおどしていたのをよく覚えてる
そんな彼女がひとたび口を開けば、その少し高い歌声は甘く澄み渡り、驚くほど柔らかに、僕の耳に心地よく響いた
なにより僕の声と彼女の声が重なった瞬間の、あの感覚
パズルのピースが完璧にはまったような、胸の奥が静かに満たされていく感覚だった

会話はたどたどしい韓国語と日本語と、それに身振り手振りの必死のジェスチャー
レッスンが終わってから毎日2人で歩いた帰り道
あの日交わした言葉も、街の匂いも、今でも昨日のことのように鮮明に浮かぶ

彼女のことを知れば知るほど、目が離せなくなった

すぐ泣くし、どん臭くて、危なっかしくて放っておけなくて
そのくせ、頑固で負けず嫌いであまのじゃく
だけど、大切な人を守るためなら、自分を後回しにできる強さを持っている――
そんな彼女に、僕は底なしに惹かれていった

お互いが夢に向かって突き進み
それを嬉しく感じていたはずなのに
いつしか僕は、彼女が羽ばたくことを怖く思うようになっていた

もっと広い世界で、もっと色んな人に触れたら——
こんなちっぽけな僕は、キラキラと輝き続ける彼女のそばにいられるのだろうか

彼女が僕から離れられないように
気づかないうちに、彼女を僕の中に閉じ込めていた
僕で満たされた彼女の顔が忘れられない
僕を求め、漏れる息に混じる、あの甘く透き通る声

”俺にだけ…他の誰にも聴かせたくねぇ”
”俺がいないと生きていけないように”

邪な僕の歪んだ感情は、気づけば大きく膨らんでいたのかもしれない

彼女がいなくなったあの日から、僕の時間は止まったままだ
それでもお腹も減るし、喉も渇く
性欲だってそれなりにある
歌への情熱も欠けてなんていない

BTSのJUNG KOOKとして必要なことは、なんでもやった
僕が僕として輝き続ける強い想いも、何ひとつ変わっていない
——まともに眠れなくなったことを除いては

あの頃の僕は、彼女が何を想い、苦しみ、悩んでいたのか、気にしようともしなかった
僕の隣にいることが当たり前になって、気づこうともしなかったんだ
今さら後悔したってどうにもならない
それでも、あの時の僕の不甲斐なさを、悔やんでも悔やみきれないでいる

そして今も、僕の心はいつも彼女を求めてる
他の女が入る隙なんて、微塵もなかった
どこにいるかも分からない彼女のことを、ずっと思い続けてる

僕の好きな言葉
”Make hay while the sun shines”
思い立った日が吉日、限られたチャンスを十分に生かし、好機を逃さない

そして、僕の誕生花タイガーリリーとその花言葉
”please love me”
私を愛してほしい

右腕に刻んだ、彼女に捧げた言葉と想い

俺は今もsumi、お前を愛してる

ーーーーー

あの頃の私は逃げる事しかできないと思ってた
どんどん忙しくなっていく彼の姿を見るのは嬉しくて、そして同じくらい寂しかった
寂しくて苦しくて、ほんの些細なことで不機嫌になる時間が増えていった
そのたびに私を抱きしめてくれる彼の優しさが、痛くて、苦しくて、たまらなかった

私には何が足りないんだろう
このままじゃ、私は彼のお荷物でしかない

そんな考えが、当たり前みたいに頭に浮かぶようになった
彼の元を去ったのは、それから半年ほど経った雨の日だった

聞きたくもない周りの声は嫌というほど耳に入ってきて
その言葉のひとつひとつが胸をえぐった
私がここにいることが、結果的に悪くはなっても、良くはならない——
そんな現実だけが突きつけられた

胸に刺さった棘くらい、抜いて、抜いて、抜きまくればいい
でも…えぐるように捻れて食い込む棘を抜く術までは
あの時の私は持ち合わせていなかった

どんなにもがいても、どんなに足掻いても、
その棘は抜けなくて——
あまりの痛さに、ある日突然、彼の声が聴こえなくなった

いつも隣で私を包んでくれるはずの言葉が、届かない
一番聴きたい愛しい人の声が、どんなに耳を傾けても
私の心がその声を拒絶した

”彼はいつだって変わらない愛を
惜しみなく与えてくれていたのに…”

今さら後悔したってどうにもならない
それでも——
あの時の自分の選択を、今も私は悔やんでやまない

そして今も
手の届かない存在になってしまった彼に
恋焦がれてる
他の誰でもない、彼

“チョン・ジョングク” に

――

2023.01.xx
涼介をタクシーに乗せた後
私は今歩いてきた道を、はやる気持ちを必死に抑えながら戻っていた

”彼が同じお店にいた”

会いたい、会いたくない、会いたい、会いたくない
会いたい、会いたい、会いたい――

頭ではわかってる
このまま戻ったって、どうにもならないことくらい

”今さら会ってどうするつもり?”

そんなことはわかってる
何度も、何度も、何度も頭の中で繰り返す

心が…身体が言うことを聞いてくれやしない
気づくと、私は駆け出していた

お店のドアを開け、荒れた息を整えながら店内に入る
お客さんの数も減り、店内に響く音楽がさっきよりも澄んで聞こえた

「いらっしゃいませ、カウンターへどうぞ」
『あ、あの…VIPルームのお客様は、もう帰られましたか?』
白髪交じりのダンディーなバーテンダーに声をかけた
「お客様‥もしかして、お知り合いの方ですか?」
『え、いや…知り合いというか…』
「しーっ🤫」
バーテンダーが口に人差し指を当てる

「これは私から
今夜のあなたに、ぴったりだと思います」

差し出されたグラスの濃いオレンジ色のカクテルが、店内のライトに照らされて揺れる
『あ、ありがとうございます…』

”なんてカクテルだろう…綺麗…”

甘いオレンジの香りが、ふわっと鼻に抜けていく
『美味しっ…😳』

――

“もしも本当にここに彼女がいたとして
会ってどうすんだよ
…今さら、どの面下げて会えるんだ?”

分かってる
そんなことは分かってる

でも――
それでも会いたい
僕はもう一度、彼女に会いたいんだ

「ジョングク様、どうかされましたか?」
『人を探してる』
「……お探しの方は、あの方では?」
男性がそっと手を差し出した先
カウンター席のひとりの女性が
オレンジ色のカクテルを傾ける横顔…

店内の薄明かりに照らされたその横顔は、息が止まるほど綺麗だった

胸の奥に溜め込んでいた想いが、堰を切ったように名前を押し出した

『sumi!』

聞き覚えのある懐かしい声が、耳の奥に響く
ずっと聴きたかった声
ずっとずっと、恋しかった声
胸の奥が激しく揺さぶられる

”すぐそこに…彼がいる”

その事実だけで、身体の奥が熱を帯びていく

『sumi?だよね?俺、ずっと……』
彼がカウンター席まで駆け寄って、俯く私の顔を覗き込む
『やっぱり……sumiだ
ねぇ、横…座ってもい?』
良いとも悪いとも言う前に、彼は私の隣に腰を下ろした

「お客様は、いつもの…ですか?」
『いや…彼女と同じのを』
「…かしこまりました」

”ふふっ🤭”

なんだかやり取りがスマートすぎて、昔の彼からは想像できなくて、思わず笑ってしまった
『んだよw 俺だっていつまでも子供じゃねぇし😒』

"すぐムキになるところは、変わってないのね”

「どうぞ…“オリンピック”です」

”これ…オリンピックっていうんだ”

『sumi…乾杯、してくれる?』
グラス越しに見える彼は、店内のライトに照らされたオレンジ色のカクテルと重なって、息を呑むほど綺麗だった

『ごめんな…俺、何も分かってなかったんだ
何に悩んで、何に苦しんでたのか
お前が出て行った理由……
どれだけ考えても分からないんだ
俺がこんな‥だから
お前に辛い思いさせてたのかなって……』
『……』

”違う…そうじゃない”

『今はもう、辛い思い…してねぇよな?
ちゃんと、幸せなんだよな?』
彼の少し低い声は、優しくて温かい
懐かしさと愛しさが胸の奥に溢れてく

『sumiが幸せなら、それで良いんだ
ごめん…急に話しかけたりして…
俺、ずっと会いたかったから…だから
今日は会えて…良かった』
目尻にシワを作って微笑み、彼が席を立とうとしたその瞬間
私は彼の右腕を、両手で掴んでた

無意識に、本能のままに――

『sumi…?』
あの頃と何も変わらない
陰りのない、透き通るように黒い、まん丸の大きな瞳に吸い込まれそうになる

『行かないで……』

口を開けば、今までの想いが全部溢れ出してしまいそうで、この一言を絞り出すのが精一杯だった

彼の大きな手のひらが、そっと私の頬を包み込む
その透き通った瞳いっぱいに、私だけを映して——

『sumi、ちょっとメイク濃くなった?w』
『ふぇっ!? ひょっとはにゃして…(  ᵒ̴̶̷͈᷄ ࿁ ᵒ̴̶̷͈᷅)』
両手で頬を挟まれたまま、言葉にならない声が漏れる
それを見てクスクス笑うその顔は、昔のまんまの彼だった

『行こう』

彼の大きな手が、そっと私の手を包み込んで強く握る
その温度が、指先から胸の奥まで染み込んでいく

——私はこの大きな手が大好きだった
この手はもう、二度と離さない

――彼の指先がそっと私の指を包み込む
その温度だけで、答えは分かった

《カクテル言葉》
オリンピック
——待ち焦がれた再会

いいなと思ったら応援しよう!