♧before story♧-bitter sweet-sumi ༊*·˚
※フィクションであり、実在の人物・団体とは関係ありません
13,191 文字
〜 Reading BGM:AURORA 〜
🎵 Exist for Love
🎵 Through the Eyes of a Child
🎵 Soft Universe
🎵 The River
🎵 It Happened Quiet
🎵 Runaway
🎵 Infections of a Different Kind
🎵 A Different Kind of Human
✽ 私の頭の中のお話 ✽
♧before story♧ -bitter sweet-
sumi ༊*·˚
ーーーーーーーーーーーー
2020/6/23
『ん……っ…』
重い瞼をゆっくりと開くと、眩しいほどの純白が視界を埋め尽くした
鼻をつく独特な薬品の匂いと、規則正しく響く無機質な電子音
穢れのない真っ白な天井を見つめていると、ここが病院なのだと嫌でも理解させられる
思うように動かない重い身体と、霧がかかったようにぼんやりとする意識
理由もわからないまま、私の目からは意思を持たない涙が溢れ出し、とめどなく頬を伝って枕を濡らしていった
「……sumiちゃん?」
静寂を破る温かな声に視線を向けると、そこには心配そうに私を見つめる人の姿があった
『ユン・ウンエ会長…?……っ、あ』
「動かなくていいの、まだじっとしていなさい」
慌てて上半身を起こそうとした私の肩を、会長の手が優しく包み込み、そっとベッドへ沈み戻す
『……すみません、ご迷惑をおかけして』
「迷惑だなんて……誰もそんなこと思っていないわ😊何も、心配しなくていいのよ」
目の縁を赤く腫らしたユン・ウンエ会長が、痛々しいものを愛でるように、優しく微笑みながら私の頭を撫でてくれた
その温かい手のひらに触れられた瞬間、麻痺していた思考が急激に現実を取り戻していく
”グク…”
ハッと息を呑み、私は乾いた喉を振り絞るように問いかけた
『……あの、グクに……グクには、連絡…してないですよね…?』
私の切羽詰まった声に、会長は一瞬だけ胸を痛めるような表情を浮かべ、静かに頷いた
「大丈夫…していないわ」
『良かった……ありがとうございます』
心底安堵した息が、漏れ出た
彼に知られたらどうなるか
私の勝手な想像でしかないけれど、繊細な彼の心を…
傷つけたくはなかったから——
「sumiちゃん……」
『ユン・ウンエ会長、明日もお仕事ですよね?
私ならもう大丈夫ですから😊』
心配そうに私を見つめ続けるユン・ウンエ会長に、私は必死で口角を上げ、いつもの私の精一杯の笑顔を作ってみせる
まるで…自分の内側で崩れ落ちていく恐怖を隠すように
「でも…こんな状態で置いていけるわけがないでしょう」
言葉を詰まらせるユン・ウンエ会長の背後で、病室のドアが静かに開いた
🚪ガラガラ……
🐱『sumi』
病室のドアを開けて入ってきたのは、どこか疲れ切った表情のユンギさんだった
彼は深々と頭を下げるユン・ウンエ会長に短く会釈をすると、ベッドサイドにある木製の丸椅子を引き寄せ、重々しく腰掛けた
『ユンギさん😊ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした‥でも私もう、大丈夫だから』
引きつる口角を必死に上げて微笑む私を、ユンギさんは帽子を深めにかぶり直しながら、痛みを耐えるような目で見つめてくる
🐱『……大丈夫なわけねぇだろ、身体、動くのかよ』
『うん😊あっ…えっと、あの…グクには……言ってないよね?』
私の問いかけに、ユンギさんは視線をわずかに泳がせ、苦々しく吐き捨てた
🐱『言ってねぇよ……だけどな、お前…っ、はぁ……
やっぱ、あいつには言わなきゃダメだろ、こんなのさ……っ』
『言わないで!!』
掠れた声が、自分でも驚くほど大きく病室に響いた
『お願い、言わないで…!私が悪いの……っ
私がちゃんと、自分の身体の変化に気づいていたら……私が気づいてあげられてたら、こんなことっ…だから、お願い……とにかくグクには言わないで……お願いします…』
必死だった
自分の惨めさも、身体のこの鈍い痛みも、胸を抉られるような激痛も、そんなのどうでもよかった
ただ、この最悪の事実が彼の耳に届き、彼の繊細な心を叩き潰してしまうことだけが怖くて、たまらなかったから、だから強く、強く祈るように叫び続けた
『お願いします……お願い』
天を仰ぎ、深く大きなため息をつくユンギさんに向かって、私は上体を起こそうとしながら何度も懇願を重ねる
『ユンギさん…絶対、絶対に言わないでっ…!私のせいなの……私が、私が全部悪いのっ……!だからっ』
「sumiちゃん…あなたも悪くない!誰も、誰も悪くないのよ……?」
ベッドに沈む私の頭を、ユン・ウンエ会長の手が何度も、何度も優しく撫でてくれる
その温もりがあまりにも温かくて、私には痛くてたまらなかった
『言わないで……お願い……っ』
「……わかった、わかったから
言わないわ…ね?だから少し眠りなさい😊
大丈夫…大丈夫よ……」
点滴の管を伝い、ゆっくりと――
か細い腕の静脈へと吸い込まれていく透明な小さなしずくが、激しく動醒していた彼女の意識をようやく深い眠りへと誘っていく
すぅ……っ
眠りに落ちてもなお、彼女の目尻には乾ききらない涙がそっと残っていた
「……かわいそうに」
涙と汗でぐちゃぐちゃになった小さな顔を、濡らしたタオルでそっと拭ってみるけれど、拭っても拭っても、溢れ出る涙と私の手はまるで、悲しい追いかけっこをしているかのようだった
彼女は眠りに落ちた今も、胸の上に置いた一枚のエコー写真を両手で愛おしそうに包み込んでいる
歪な形をした小さな影しか写っていないその写真を、まるで世界で一番大切な宝物であるかのように、震える指先でしっかりと抱きしめていた
自分の身体だって、心だって、もうボロボロなはずなのに
目を覚まして一番に発した言葉は、自分を気遣うものではなく、大切な彼の心配だった
自分の痛みをすべて隠して、必死に作っていたあの痛々しい笑顔
――ねぇ、どうしてなの
これほど優しくて思いやりに溢れたこの子が
どうしてこんなにも
残酷な運命を背負わされなければならないのだろう
冷たくなった彼女の細い手を両手で包み込みながら、私の胸はえぐられるように激しく締め付けられていた
🐱『あの……本当に、あいつに言わなくていいんでしょうか』
眠りについた彼女の呼吸音だけが静かに響く病室で、そう呟いた彼の瞳が、深くかぶった帽子のつばの下で、苦しげに揺れている
「……ジョングクさんに、かしら?」
🐱『はい』
私は彼女の手をそっとさすりながら、静かに首を振った
「見ていたでしょう?彼女があんなにも取り乱して、泣き叫んでいる姿……あの子が自分の感情を剥き出しにして誰かにすがりつくなんて、私、初めて見たわ
とてもじゃないけれど、今のあの子の願いを破ってまで彼に伝えるなんて……そんなこと…
私にはできないわ」
🐱『……そうですね、だけどっ』
彼は重い息を吐き出し、膝の上でギュッと拳を握りしめた
その拳は微かに震えて見えた
🐱『だけど…ジョングガは……あいつは、逃げるような奴じゃないです
こいつのことも、失った子供のことも……
知ったら、きっと全部をちゃんと受け止めて、責任を持とうとする…絶対に!……だからこんな風に、こいつ一人が全部背負って…苦しむ必要なんて、本当はないんですよ』
弟のようなジョングクさんの強い意志と愛を信じているからこその、絞り出すような言葉
その優しさが痛いほど伝わってきて、私の胸も酷く痛んだ
それでも――現実は、それほど優しくはない
「……今、事務所も…あなたたちも、世界中が大変な時期でしょう?」
私の言葉に、彼がハッと息を呑む
「このタイミングで、万が一にもあなたたちに重大なスクープが出たらどうなるかしら
ジョングクさんに熱愛、そして……病院でのこんな出来事だなんてことになったら
彼がどれほどの批判に晒され、どれだけのものを失うか……想像がつくでしょう?」
🐱『……っ』
「彼女はね……自分の痛み以上に、それが怖いのよ
自分が彼の重荷になって、彼の夢や希望、それから…未来を奪ってしまうことが……何より恐ろしいのよ
だからあんなにも…必死になって隠そうとするの」
🐱『はぁ……っ……』
大きく息を吐き出した後、彼はぎゅっと唇を噛み締めながら天を仰いだ
微かな彼女の小さな寝息が、無機質な病室の空気に溶けて消えていく
二人が互いを想い合うあまりに選ぼうとしている道が、あまりにも切なくて、哀しかった
——
2020/6/19
📲ぷるるるる〜ぷるるるる〜
画面に表示された彼の名前を見て、私は呼吸を整えてから応答ボタンをスライドさせた
『はい』
『sumi?今、平気?……ごほっ😷』
『少しなら😊この後、次の講習会の打ち合わせがあるの……ねぇ、その咳( ᵒ̴̶̷͈᷄ ࿁ ᵒ̴̶̷͈᷅)お熱は?…大丈夫?』
スピーカー越しに聞こえる彼の少し掠れた声に、胸の奥がキュッと締め付けられる
『おんっ😚熱はないし平気!sumiこそ、体調変わったことねぇか?』
『うん🥹今は講習会もほぼオンラインだし……』
『そか…なかなか会えなくてごめんな?』
申し訳なさそうに落ちた彼の声
画面の向こうから伝わる温度が愛しくて、寂しさを悟られないように、私は声のトーンを一つ上げた
『全然平気( ⁼̴̶̤̀ ᵕ ⁼̴̶̤́ )それより…ツアーも中止になっちゃって、凹んでない?』
『おー、少しな😐でもまぁ、なんかできること…こういう状況だからこそやれることを、今みんなで模索しててさ(⌯︎¤̴̶̷̀ω¤̴̶̷́)苦しいけど…これはこれで楽しいよ』
『そう😊なら良かった…』
画面の向こうで、彼が前を向いて必死に戦っている姿が目に浮かぶ
『……お前、最近さ』
『ん?』
『Lesson、行ってないだろ?』
『あっ……うん💦最近、なんだか少し熱っぽいというか、体が火照った感じがして……
みんなに迷惑かけないように自粛中😊』
『少しでも気になんなら、早めに病院行けよ?』
『わかってる😊あ、明後日、少し事務所に行く用事があるの』
『まじ?!何時?』
『15時頃かな?』
『あーいしっ😵💫14時から俺、打ち合わせだわ…💦』
『忙しいってわかってるから、平気平気!
あ…そろそろ時間だから……』
『おん♡また連絡する』
『うん😊あっ……グク?』
『ん〜?』
『えっと……あんまり頑張りすぎないでね?』
『あぁ😚またな……ごほごほっ😷』
『うん、またね……』
『sumi、愛してる♡』
📲ぷー……ぷー……ぷー……
ぷつりと通話が切れると、無機質な音が静かな室内にはじけ飛ぶ
冷たくなったスマートフォンの画面を胸に抱きしめ、私は深く息を吐き出した
世界的な感染拡大の影響により、人との接触が厳しく制限され、彼と顔を合わせることすら容易ではなくなった
今まで通りの活動ができなくなった焦りは彼らをさらに多忙にさせ、体調管理への過敏なプレッシャーは、ほんのわずかな体温の変化すら許さない
最後に彼の温もりに触れたのは、もう10日も前のことになる
一人で過ごす時間は嫌いじゃない
むしろ一人の方が気楽で好きだと、昔の私なら疑いもなく思っていたはずだった
なのに、いつの間にか私のすべてが“彼の存在”を求めてしまっている
心に空いた穴の寂しさと
会いたい、聴きたい、触れたいという欲が幾度となく重なって
どうにもならない気持ちだけが静かに残った
この時の私は、自分の身体の奥で静かに芽生えていた小さな変化に……
まだ気づけていなかった
——
2020/6/22
風邪をひいたみたいに身体がだるく、熱っぽい感覚がずっと身体にまとわりついて離れない
理由もないのに些細なことで胸が波立ち、ふいに底なしの虚しさの波に襲われる
不安で、怖くてたまらなくなって、頬を伝う温かな涙を慌てて手の甲で拭い去った
パウダールームの冷たい鏡の前
閉じた瞼をゆっくり開けると、そこには情けないほど泣き濡れた自分の顔があった
私はぎこちなく口角を上げると、自分自身を騙すように、いつもの魔法の言葉を呟く
『……大丈夫、私は平気』
.
.
.
.
.
壁掛け時計の針が、静かに22時を回った頃
どうしても彼に会いたくて、彼の温もりに触れたくて、抑えきれなくなった衝動が私を突き動かした
不在であると分かっているはずの、彼の家へと足が向かっていく
窓の外は、星明りすら通さないほどの分厚い雲が月を覆い尽くしていた
夜の暗闇は、身体にまとわりつくような湿気を含んだ蒸し暑い空気をいっそう重く沈ませている
高鳴る心臓の鼓動に背中を押されるように、早く、早く彼のもとへ行きたいと焦る想いだけが先走る
ぽつ……ぽつ……
ぽつぽつぽつ…ぽつぽつぽつ……
一粒一粒、その形を目で確かめられるほどの大粒の雨が降り出してきて、肌に容赦なく突き刺さる冷たさに、ふと足が止まった
『行ってどうするの……?だめよ、行っちゃだめ…』
じっとりと雨を含んだ服が肌に張り付いて重く、歩きにくさに眉をひそめながら、私は目的を失ったまま当てのない道をあてもなく歩き続ける
濡れた手の中で何度もぶるぶると震えるスマートフォン
画面に浮かぶ彼の存在が、溢れそうな想いをいっそう強く刺激して胸を締め付けた
彼に会いたい
彼に触れたい
今すぐその腕で強く抱き締めてほしい――
心が喉の奥で必死に叫んでいるのに、頭の中だけはおそろしいほど冷ややかで、身勝手な私の行動に冷酷なブレーキをかける
気がつくと私は、雨粒が落ちるたびに大きな波紋が広がっていくリバーウォークの水面を前に、ただ呆然と立ち尽くしていた
ぼんやりと周囲を照らす街灯の灯りが、降りしきる雨の膜越しに、今日は一段と霞んで見えた
”ふふっ…🤭私、何やってんだろ”
小さくこぼれた笑いが、雨音の中に溶けるように消えていった
彼の活躍する機会が増え、世界へと羽ばたいていくたびに、自分のことのように嬉しくて心がワクワクしていた
それなのに、そのまばゆい光が大きくなればなるほど、影のように漆黒の“孤独”が勢いを増して私を飲み込んでいく
毎日、毎日……
彼を失ってしまうかもしれないという激しい不安
彼に深く求められれば求められるほど、いつか訪れる終わりの瞬間を想像しては
不安に押し潰されて、怖くて、怖くてたまらなかった
マイクを握り自信満々に、ドヤ顔を決めながらstageさながら響かせる歌声も
苦手なギターを爪弾きながら歌って聴かせてくれる甘く優しい声も
私の名前を呼んでくれる愛おしい声も……
その優しい声に触れるたび、胸がひどく痛んだ
愛しいのに、苦しくてたまらなかった
『ずっと、1人だったじゃない😊元に戻るだけ…』
自分に言い聞かせるように、暗い水面を見つめてそっと呟いた
”大丈夫…すぐにまた、慣れるから
うんっ……私は、大丈夫”
📲ぷるるるる〜……ぷるるるる〜……
暗闇の中で、手の中のスマートフォンが震え続けている
画面に浮かび上がる彼の名前とその背景に設定している待ち受け写真
彼が笑顔で撮ってくれた、きらきらと眩しい光のざわめきが広がるその風景は、いま私の目の前に広がる冷たく暗い景色と同じ世界のはずなのに……
まるで別の世界のように遠く見えた
胸が締め付けられ、切なさと苦しさで呼吸が浅く荒くなっていく
純粋できらきら輝く彼の瞳が見つめる世界が、羨ましくてたまらなかった
何の濁りもないガラスのような彼の瞳が映し出すのは、美しくて、綺麗で、誇れるモノでなければならなくて――
『私なんかが、そこに映っていてはいけなかったんだ……』
いまになって
こんな土壇場になって、ようやくそのあまりにも残酷な意味を、私自身が受け入れる
『グクは……あなたは、もっともっと、もっと輝けるひとなんだから(⌯︎¤̴̶̷̀ω¤̴̶̷́)』
瞳の奥がじんじん熱く焦げ付き、それがずんずんと頭を殴るような激痛となって響き出し、あまりの苦しさに思わず強く目を閉じた
濡れた髪から伝い落ちる冷たい雨粒と、瞼を焼き切るほど熱い涙の雫が、同時に頬を伝って流れ落ちていく
感情の赴くまま飛び出してしまった、私の唯一の居場所であるあの部屋へ――
歩いてきた道をただ、そのまま戻る
大きな交差点に差し掛かると、青信号がチカチカと焦るように点滅を始めた
私は重い足を引きずり、小走りで横断歩道を渡り始める
『うっ…んっ!?』
――キュウニ
尋常ではないほどの鈍い痛みが下腹部を貫き、一瞬で全身の身体が強張った
まるで子宮を内側から雑巾絞りのように固くぎゅぅぅっと引き絞られるような、血の気が引くほどの鋭く激しい激痛に襲われる
『あっ…っ、う…っ!』
身体を丸めるように、私はその場に膝から崩れ落ち、動けなくなった
🚛プーッ!!ププッ――!!!
信号が赤に変わってしまったのだろうか
視界の端から迫る大型トラックの重低音のクラクションが、雨音を切り裂いて全身に激しく響き渡る
内側からの激痛と外からの恐怖が重なり合い、ガタガタと身体の震えが止まらない
迫り来る強力なヘッドライトの白い光が視界を埋め尽くし、世界が眩しいほどの純白に染まっていく
あまりの激痛と恐怖に、意識が途切れ途切れになって薄れていった
”……ぐく…グク…っ、たすけ……て……”
叫ぶこともできない掠れた声が、冷たい雨の夜の中に溶けて消えていった
——
「sumi?sumi…?……sumi!」
『んん……か…いちょ…?』
無機質な真っ白な壁が広がる部屋の中
荒い呼吸を繰り返す私の視界に、涙で顔を濡らしたユン・ウンエ会長の心配そうな表情が揺れて映った
「……sumi」
『わたし…っ、うぐっ…ん……おなか…いたぃっ……』
「うん…あのね、大事なことだから……ちゃんと聞きなさい、いいわね?」
真剣な面持ちで、痛みに耐える私の顔をじっと見つめるユン・ウンエ会長の、その瞳に宿る悲痛な色を見た瞬間、次に口から出される言葉を聴くことが、なぜだか無性に、おそろしいほど怖くなった私は、首を必死で横に振った
「sumi…時間がないの、お願いよ……お願いだからちゃんと聴いてちょうだい」
『嫌っ…!聞きたくない!嫌っ!嫌です…っ!聞きませんっ!!』
両手で強く耳を覆い、首がもげるのではないかというくらい何度も何度も左右に振り続けた
……もしかすると、身体の奥で本当はわかっていたのかもしれない
ユン・ウンエ会長の口から宣告される言葉の残酷さを、私の本能がすべて悟っていたから……
だからなんとしても、それだけは…
その言葉は聴きたくなかったのだと——
いまなら分かる
「嫌でも聞かなきゃだめなの…っ!
この子の…この子のオンマはっ、あなた…
あなただけっ…なんだから……っ」
『助けて…お願い…お願いします、お願いだから…助けて…助けてあげてっ!お願い……お願いします……この子を助け……て』
「sumi…もう……っ」
『そんなはずない!!ねぇ……ユン・ウンエさん、お願いします、 私……私ならどうなってもいいから…っ!だから……お願い…っ…』
痛いなんてもんじゃない
苦しいなんて言葉じゃ到底足りないの
何が?どこが?私いま、いったいどうなってるの?
そんなのどうでもいい!
この身が引き裂かれたって構わない
……この命だって、どうなったっていい
だから……だから――
”神様、お願い……この子を助けて…っ!”
痛みも苦しみも……
そんなのなんだって耐えてみせるから
こみ上げてくる言葉にならない祈りと叫びが心臓をえぐり、引きちぎれそうな喉を振り絞って声を張り上げる
『いやよ!いやっ!そんなの絶対いやだから…っ!』
「sumi…ごめんなさい……ごめんねっ……何も…何もしてあげられなくて……ごめんなさい……っ」
肺が苦しくて息継ぎすらできなくなり、言葉にならない悲鳴が激しい嗚咽となって虚しい部屋に響き渡る
私を強く抱き締めるユン・ウンエ会長の肩が微かに揺れ、背中を優しく撫でる温かな手のひらが、痛々しく震えていた
『ぐく…っ、グクにっ…言わ…言わないで……!……ぜっ…絶対……言わないで…っ!』
「……彼には、ちゃんと言わなきゃ」
『だっ……だめっ!!絶対…っ!……お願い…おね…がいしま…す……』
「……このままじゃ感染症を起こす恐れがあるって……だから、今すぐ手術をしなきゃいけないのっ…すぐに彼に連絡を……っ」
『しないで!!だめ…っ!絶対……ユン・ウンエさん…おね、お願いしますっ……』
両手のひらを固く擦り合わせ、私は涙で霞む視界の中で必死に懇願した
彼を……
悲しませたくなかった
ううん、そんなキレイな言葉なんかじゃない
彼を煩わせたくなかったの
これ以上——
彼の重荷や足枷になりたくなかったの
何より――
守ってあげられなかった罪悪感
私がちゃんと自分の変化に気づいていれば
こうなってしまう前に、何かできることがあったんじゃないか……
彼のそばを離れると心に決めた私へ
神様と彼が残してくれた、最後の——
世界で一番、大切な…ものだったから
🚪ガラガラ…
🐱『すみません…っ、ジョングガと連絡がつかなくて……』
荒い息とともにドアが開き、肩を上下させながら病室へ駆け込んできたのはユンギさんだった
濡れた髪の先から滴が落ちるたび、彼の顔にかすかな乱れが浮かんだ
『ユンギさん……?!ど、どうして……』
「あなたが救急車で運ばれた時……たまたま彼のスマートフォンから着信があったのよ
私があなたの代わりに電話に出て事情を話したら、彼、すぐに駆けつけてくれたの」
ユン・ウンエ会長の言葉に、私は言葉を失い息を呑んだ
🐱『……大丈夫か?……あっ、いや、大丈夫なわけねぇよな……すまん』
『だい、じょうぶ…っ、ごめんなさい…迷惑かけて』
🐱『いちいち謝んな!……っつーか、ジョングガ、あいつ!こんな時に一体なにやってっ…!』
連絡がつかない彼への苛立ちを隠せないユンギさんが、悔しそうに胸を突く
その言葉の先を察した瞬間、私は千切れそうな声を振り絞った
『言わないでっ…!!ユンギさん、お願い!グクには……グクには絶対言わないでっ…!』
🐱『……言わないでって……お前……こんな大事なこと
あいつに黙ってられるわけ……ねぇだろ……』
静かに落とされたその声は、怒りではなく、胸の奥で何かが軋むような、痛みに耐えるような響きをしていた
「……わかったわ、彼には言わない」
引き裂かれそうな沈黙を破ったのは、ユンギさんの言葉を穏やかに遮るユン・ウンエ会長の優しい声だった
「私がヤクソする、ね?sumiちゃん……
あなたと私のヤクソよ😊」
🐱『でもっ…!それじゃあ、あいつがあまりにも…っ!』
「ごめんなさい、ユンギさん
少し彼女と二人きりにしてもらえるかしら?」
🐱『…………はい』
納得がいかないという苦汁を噛み潰したような表情で、ユンギさんは天を仰ぎ、重い足取りでドアへと向かう
🚪ガラガラ……
静かにドアが閉まる最後の瞬間まで、帽子を深くかぶり直したユンギさんの目は私を捉えていた
その瞳はどこまでも優しく、そして痛むように揺れていた
「私がね、手術の同意書にサインをします、いいわね?」
『…どうやっても…もう……無理なの…?』
小さな、震える声で尋ねる私に、ユン・ウンエ会長は胸を痛めるように視線を落とし、言葉を絞り出した
「……ここに運ばれた時にはすでに酷く出血していて……胎嚢が排出されて、もう心拍も確認できなかったって……」
『そう……ですか…』
「……身体の中にまだ残ってしまっているの、だから……このままだと、あなたが危ないのよ」
『…………わかりました』
「……sumiちゃん」
ぽつりと答えた私の声には、もう何の感情も残っていなかった
腹部の激痛の代わりに、ポッカリと空洞ができたような、凍りつくような冷たさが体中を巡っていく
『……もう、私のお腹に赤ちゃんいない?』
自分の冷たくなったお腹にそっと手を当てた
ここにいてくれた命の温もりに、私は気づけなかった
こんな私を……
お母さんにしてくれようとしていたのに
『…ここに、いてくれたのに、気づいてあげられなくて……私には何一つ残ってなくて……この子が、ここにいてくれた証が、なにも……』
込み上げる涙で喉が詰まり、息がうまく吸えなくなった
『……もし、まだ…まだ少しでも、ここに…ここにいてくれた痕跡が残っているなら……エコー写真っ…
妊婦さんが、大切に、嬉しそうに眺めるあの写真が……欲しいです…』
「……もしかしたら、もう…綺麗に何も写らない…かもしれないわよ?」
『それでも…そうだとしてもっ……
そんなものを欲しいなんて求めるのは……
私のワガママ…ですか…?』
声にならない私の絞り出すような問いかけに、ユン・ウンエ会長は溢れ出そうになる涙を必死に堪えながら、優しく首を横に振った
「……ううん、ううん、そんなことないわ……わかったわ😊お医者さまに聞いてくるから……手続きしてくるわね」
『ありがとうございます…それから…
たくさん、ご迷惑をおかけして…すみません……』
「……なに言ってるの?」
立ち上がりかけたユン・ウンエ会長が足を止め、柔らかい眼差しで私を見つめ直す
「私が好きでお節介をやいているだけよ……そうそう😊彼、ミン・ユンギさんも私と同じね😊あなたのことを、本当にとても大切に思っているって……言葉を交わしてすぐにわかったわ😊あなたの周りには、こんなにも素敵な方がたくさんいらっしゃるのね
……それはね、sumiちゃん?あなた自身が、とっても素敵な人だからよ?
だから、どうか自分を責めないで……ゆっくり休むのよ?」
そう言葉を残し、私を安心させるように小さく微笑むと、ユン・ウンエ会長は静かに部屋を後にした
一人残された無機質な部屋で、私は冷たいお腹をそっと撫でた
🚪ガラガラ…
🐱『入って、いいか……?』
『ユンギさん』
🐱『……さっきは、怒鳴ったりして悪かったな』
『ううん💦忙しいのに…こんな夜中に迷惑かけちゃって、ごめんなさい』
🐱『俺のことは気にしなくていいんだよ、それより…お前……』
『私ね……私、グクと別れるの😊』
ポツリと告げた私の言葉に、目の前のユンギさんの呼吸が一瞬止まったように見えた
『顔を見たら、声を聞いたら……きっと離れられなくなっちゃうから
だからもう会わない、これ以上、グクの足を引っ張りたくないから😊』
🐱『ちょ、ちょ、ちょっと待てよ……お前、なに言っ…!』
『ユンギさん……歌😊せっかく私のために作ってくれたのに……ヤクソ、守れなくてごめんなさい』
何の取り柄もない平凡な私が、この遠い韓国の地で“歌を歌う”なんて眩しい夢を見られたのは、紛れもなくユンギさん、あなたのおかげだった
あなたがこんな私を信じてくれて、描いてくれた愛おしい曲たちは、もう私のものにはならなくなってしまったけれど……
それでもあなたが紡いだ素敵な曲は、いま、たくさんの人たちに愛されている
🐱『それは…お前のせいじゃねぇだろうが…あんなの、事務所の大人たちが身勝手に……』
『ううん、私が断ったの😊私にはあまりにも荷が重すぎたから……』
🐱『……んな、しょうもねぇ嘘、ついてんじゃねぇよ…』
低く掠れた声で、ユンギさんが私の言葉を遮った
『嘘じゃないよ?あんなに素敵な歌、私なんかに歌えるわけないもん
それに私…なんか勘違いしちゃってて💦
ついつい”もしかして、私って特別かも~?”
なんてね自惚れてたりなんかして……
ふふっ🤭ばかみたいでしょ?』
必死で作った笑顔で、おどけるように笑ってみせた私を、ユンギさんは苦しそうに、今にも泣き出しそうな瞳で見つめてる
🐱『……ばかじゃねぇよ、お前は……特別だろ?』
絞り出すような声が、静かな病室に落ちる
🐱『ジョングガにとってお前は……誰よりも、何よりも大事なんだよ』
強がる私のことなんてお見通しなのか、ユンギさんは拳を固く握り肩を震わせていた
その沈黙の奥に、言葉にならない想いが静かに揺れていて、俯いた横顔に滲む痛みが、胸の奥にそっと広がった
『ユンギさん』
🐱『んー?』
『グクのこと…よろしくお願いします』
🐱『…よろしくお願いされても困んだけど😒
俺にはお前の穴埋めなんてできねぇよ
あいつのことが心配なら、とっとと戻ってこい!』
『……』
🐱『だけど…もし、どうしても時間が必要なら
あいつのそばには俺らがいるから……心配すんな』
素直じゃないけれど、不器用で、どこまでも優しくて温かいユンギさんの言葉
『ふふっ🤭わかってる……心配なんてしてないよ?
みんながついていてくれる…
だから、きっとグクは大丈夫(⌯︎¤̴̶̷̀ω¤̴̶̷́)』
喉の奥がツンと痛むのを堪えながら、必死に笑顔を保つ
『それに、グクも…みんなも…今よりもっともっとBIGになって、眩しいくらい輝く人たちだってことも、ちゃんと分かってるから( ⁼̴̶̤̀ ᵕ ⁼̴̶̤́ )』
🐱『お前…もしかして、誰かになんか言われたか?
……あいつと別れるって、本気で言ってんのか?』
探るような鋭い瞳で私を見つめるユンギさんのその問いに、上手く答えられずに思わず黙り込んだ
🚪ガラガラ……
手続きを終えたユン・ウンエ会長が、静かに部屋へと戻ってきてくれた気配に、私は胸の奥で固まっていた息を、ゆっくりほどいた
『ユンギさん、もう大丈夫だから😊
本当にありがとうございました』
「朝一で手術の予定です、後は私が付いていますので……」
🐱『はい、よろしくお願いします……
朝、事務所に行く前に顔出します』
『ユンギさん、来なくていいから💦平気だって😊
それに、いますごく忙しい時だって分かってるから……』
🐱『ああ、忙しいから顔見たらすぐ帰る』
私の制止をあっさりと聞き流すユンギさんに、私はすがるような思いで視線を向けた
『本当にいいのに……ユンギさん、あの…グクには……』
🐱『言わねぇよ、心配すんな』
私の不安な想いを全て見透かしたように、ユンギさんは低く短い言葉で遮った
『うん…ありがとう……』
🐱『じゃあ…帰ります、こいつのこと…よろしくお願いします』
「はい、……キュウニごめんなさいね?
だけど、あなたが駆けつけてくださって
私も本当に心強かったわ😊
ありがとうございました、お気をつけて」
🐱『失礼します』
🚪ガラガラ……
深く帽子をかぶり直し、最後に一度だけ私を振り返ったユンギさんは、静かに部屋を後にした
ユンギさんが去ったあとの病室は、機械の微かな音だけが響く静寂に包まれる
ユン・ウンエ会長は何も言うでもなく、何を追求するでもなく、ただベッドの脇のパイプ椅子に腰かけ、私の冷え切った小さな手を両手でそっと包み込んでくれた
ユン・ウンエ会長が握ってくれたその手は、一人で抱えていた痛みをゆっくり溶かすように、あまりにもあたたかかった
また、目頭がじんわりと熱くなったから、私は静かに目をとじた――
——
しばらく経って、病室の外がわずかに慌ただしくなった
ガラガラと車輪を引く音とともに、看護師さんと女性のお医者さまが機械を携えて部屋へ入ってきて、明日の朝の手術に向けた処置の説明を始める
向けられる温かな笑顔と、私の恐怖を和らげるようにゆっくりと丁寧に話してくれている言葉
頭ではそれを理解し、ちゃんと聞こうとしていたはずなのに――
頭の中はまるで空っぽで、喉が固まって返事すらろくにできない
そんな私の代わりに、ユン・ウンエ会長が私の手を握ったまま、一つひとつ丁寧に頷き、返事をしてくれていた
処置がすべて終わり、部屋に再び静けさが戻りかけた時——
先生がとても大切そうに一枚の紙を私に手渡してくれた
モノクロの、一枚のエコー写真
そこには、黒い背景の中にぽつんと浮かぶ、まわりに白い縁取りのある小さな小さな石ころのような、歪な楕円形の影が写っていた
中にはまだ何も写っていないように見える、小さな小さな影……
だけど、間違いなく――
彼と私の間で芽生えた、愛おしい命の証
『ふふっ…かわいいね』
震える指先で、写真の中の小さな影を撫でる
胸の奥から押し寄せる激しい愛おしさと切なさに、視界が途端に歪んでいく
その小さくて冷たい写真を、壊れないように大切に、大切に両手で胸へと押し当てた
”ごめんね…気づいてあげられなくて、守ってあげられなくて……ごめんね”
大きく息を吸い込み、こみ上げる嗚咽を必死に抑え込む
私の胸の鼓動をこの子に伝えるように……
伝わるように、ゆっくりと、静かに、息を吐き出した
「少しでも眠りなさい…私がここにいるからね……」
ユン・ウンエ会長のささやくような優しい声が、静かな部屋に溶けていく
言われるまま閉じた瞼が微かに震え、目尻からゆっくりと筋を引いて熱い涙がこぼれ落ちた
情けない私
お腹の中の命を守ることも、彼のそばにいることもできないなんて
なんて無力なんだろうと、心が激しく叫ぶ
”……私を選んでくれて、ありがとう”
——
あの日から、2年と7ヶ月――
『……ふぅ』
頭の上で、小さな吐息が聴こえた
そっと私の頬にかかる髪を払う、ゴツゴツと骨張った指先
おでこに触れる、優しくて柔らかで、温かい唇の感触
きっともう、私が眠っていると思っているのだろう
キュウニ身体に回された腕の力を強める彼の温もりを愛しく感じ
私は心の中で静かに、彼への想いを重ねる
”私はもう、世界で一番幸せだよ?”
遠回りをしたけれど、こうしてまた帰ってきたこの腕の中でなら
私はもう一度、あなたと一緒に生きていけるから
