キャリアは「特別な人」のものじゃない。子どもを幸せにする“人生の羅針盤”の見つけ方
こんにちは、リアル孟母ベティです。
ディーン千賀子さんと共同主催させていただいている「君が志望校を決める前に、お金と仕事の話をしよう。教育乱世を幸せに生き抜く親子セミナー」
キャリアコンサルタントの宮内利亮さんをお迎えして、
「キャリアとはなんなのか」
「どうすれば子どもが幸せに生きていけるのか」
をお聞きしました。
第11回 7/6(日)20:00-21:00
「5000人の相談に乗ってきたキャリアコンサルタントが教える、これから子どもが幸せに働いていく方法」

つくば親と子のキャリア教育アカデミー
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宮内さん回セミナーのアーカイブ動画はこちら!
この記事は、ここで「キャリア」と聞いて
「自分は関係ないし」
「エリート家庭だけの話でしょ」
と思った親子さんこそ!読んでいただきたい。
私は、香港・日本・オランダと異なる国で、二人の娘を育ててきました。
自分自身の教育は理系から文系へ、建築もマーケティングもというパラレルキャリア。
何度も「キャリアをつくり直す」人生を歩んできました。
「正解」は分からないままでも、「納得解」なら見つけられる。
それが今、私が確信していることです。
キャリアは、特別な人だけが考えるものではありません。
そしてキラキラしたものでもありません。
どんな人にとっても、「幸せに生きるための羅針盤」になるもの。
宮内さんが教えてくださったのは、実は「自分はなにをしているときが幸せなのか」というとっても根源的なお話だったのです。

「キャリア」という言葉に、あなたはどんな印象を持っていますか?
まず!
日本社会の中で「キャリア」という言葉が出てきたときに「キャリアウーマン」という単語として広まってしまったのが、みんなにとっての不幸だった。
私はそう思います。
高学歴高所得の女性=キャリアウーマン=バリバリ働くエリート=ごく一部の人
というイメージで、この言葉は広まってしまった。
で、最近「キャリア教育」「キャリア相談」と聞くと、
「あ、うちそういうの目指してないんで・・・」って引いちゃう親御さんたくさんいますよね。
実はこのセミナーはプロデューサーである私から、宮内さん以外のすべての講師さんに「キャリア」という単語を出来るだけ使わずにお仕事の話をしてください、とお願いしていたんですよね。
理由は「キャリアとかうち関係ないんで」派の親子さんにもちゃんと正しい形で「仕事とは」「キャリアとは」という情報を届けたかったからです。
日本社会で大誤解されている、「キャリア」という言葉に対する抵抗感を少しでも下げたい!誤解を解きたい!と私は考えていました。
キャリアとは、特別な人だけのものではない。
もっと言えば、「仕事の話」だけでもありません。
キャリアは、“自分がどんな人生を生きていきたいか”という方向性のこと
今って国はキャリア教育をしなくてはならない、って学校に指導しているわけです。
学校側もちゃんとそれをやろうとしているんだけど、
かなり間違ったよろしくない形で
小中学校レベルで
『(本来の形ではない)キャリア教育』が進められてしまっている、ということも宮内さんが教えてくださいました。
(まあ現場の先生方はキャリアコンサルタントとしての特別な教育を受けていないのだから、そんな『キャリア教育においては素人』たちにキャリア教育を正しく行えと無茶ぶりしている文科省のほうが無茶ですよねこんなん・・・)
たとえば
「将来どんな職業に就きたいか話し合う」
「2分の1成人式で将来の職業について作文発表」
とかですね・・・
ぜんぶホントはやっちゃダメ!!
なことらしいんですよ!
「職業名から『キャリア』を考え始めるのは、間違った方向に行ってしまう可能性大」
なのです。
本当のキャリアとは、仕事とは
「自分がどう社会に関わっているときに、やりがいを感じられるか」
「自分が何をしているときが幸せなのか」
というのが、
「本当のキャリア」
であり、そのキャリアの上に「(幸せな生き方ができるであろう)お仕事」が見つかる、ということなんですね。
宮内さんを例にします。
宮内さんはバンド活動をしておられた。
じゃあ自分は音楽が好きなんだな!
音楽業界に就職しよう!
こういう風になると、
はい!今間違いました!
という話で。
別に「好きな方向に行くな」というわけではないんです。
ここで、「自分は音楽をやっていてなぜ嬉しいのか」「音楽のどこがそんなに好きでやりがいを感じるのか」を立ち止まって深堀していないのが、アウト!っていうお話なんですね。
いわば「キャリア」はPCにおけるOS。
仕事は「その時々でインストールすればいいアプリ」
の違い。
OSに何を使うか、OSをどんな視点で選ぶのか、を置いておいて、
どのアプリがいい!このアプリさえあれば!
英語だ!留学だ!プログラミングだ!とアプリレベルの話ばかりで
という議論を始めちゃうから、
間違った方向にいくし、結論的に迷子になる、っていうお話だったんですよ(私の理解したところによると)。
「なにが実現したときに嬉しいのか」が羅針盤になる。それがキャリアミッション
宮内さんの場合は、立ち止まって(カンボジアをバックパッカーしながら笑)よくよく考えてみると、
「音楽を聴いているときに楽しそうになってくれる人を見るのが好き」
「人が楽しそうに生きていることを見ると心から嬉しい」
だったのです。
それで人事業界に入られたのですね。
音楽っていうのは、あくまで表面の話だったわけです。
うちの長女だと(15)だと、小学校入学くらいまでは「警察官になりたい」って言ってました。
けれど小学校上がってからはずっと「臨床心理士」になりたい、って言っています。
職業的にパッと見ると、「なんかえらく方向転換してきたなあ」って私も感じている時があったのですが、結局長女は「人を助けたい」っていうところを自分のキャリアのコアとして持っているんですよね。
長女はこのコアが見つけられているんだ、大丈夫だ、と私、個人的にもけっこう安心しましたね。
宮内さんのお話だと、この「コア」のことを「キャリアミッション」と呼ぶらしいのです。
自分は自分の人生を使って、なにをしていきたいか、っていう、文字通り「使命=ミッション」です。
「使命」ってすごい言葉ですよね、命を使うこと、命をかけてやりたいこと。
「職業」はバブルスライムみたいに形を変えていくもの
職業って実は新しく現れたり、無くなっていったり、自分で自分の職業を創り出す人が現れたりする不定形なものなんですよ。
とくにVUCAと言われる社会変化の激しい不透明な時代の今は、職業はそんな感じで、ますます姿が変わっていくんです。
私も、この話すごくわかる!と。
私の自営業は「コンピュータグラフィックス」。
こんなの幼稚園とかで将来何になりたい?って聞かれても、答えられなかったと思います。だってその時社会にはパーソナルコンピュータ自体が存在しなかったのだから、グラフィックスどうこうの話ですらない。
私の母は(国家資格の)「電話交換手」です。
会社の代表電話を取って、各部署につなぐ人ね。
昭和中期くらいまでそういう職があったんですよ。
でも今はダイヤルインや携帯電話があり、「電話交換手」という求人があるわけもない。職業としては「滅んだ」のです。
まあ極端な話、今「飛脚」っていう職業ないじゃないですか。
電灯が出来る前は「町中のガス灯を点火して歩く職」とかもあったらしいですね。
こうやって職業は世の中の流れとともに姿を変えていきます。
今ある職業が10年後ある、そして30年後もある、ということはない。
「ミッション」はファミレスのお品書きの中には無い。
だからですね、小中学生に、ファミレスでメニュー開いて、さあどれがいい?みたいに職業をまず選ばせる、みたいな「(間違った)キャリア教育」をして、キャリア教育をした気になっちゃっている現状は、とってもマズい、と宮内さんはおっしゃってました。
目の前に「〇〇になりたい」みたいなものを先に置いてしまうと、「自分はどう社会に関わりたいか」っていう根源的な問いをし損ねるのです。
「コア」(=ミッション)の話を問うのを忘れてしまうのです。
今宮内さんのキャリアコンサルティングってほんと予約でいっぱいらしいのです。このミッションを創る機会や気づく機会を(両親や社会から)もらうことのできなかった35才、40才以上の方々で、予約が埋まっている、ということらしいんですよね。
「自分の人生、こんなはずじゃなかった」と。
キャリアミッション、そのくらい大事な話なんです。
そしてキャリアミッションは、なにかどこかに既にあるものから選ぶ、という性質のものではない。
自分が自分の世界を拡げて、体験していく中で、徐々に形が見つかっていくもの。
「自分で出した納得できる答え」しか正解ではないのです。
だからその話をすっ飛ばして、「なんの職業になりたいですか?」という問いかけから始めてしまいがちの今の小中学生へのキャリア教育のやり方が、いかに危険か、その後人生で「キャリアミッション」について考える機会を逆に失ってしまうか、が理解できますよね。
そしてそのお品書きは本当にちゃんとした広さがありますか?
あと私は、「親や学校の先生が知ってる職業数」って割とめちゃ狭い世界で話しているんじゃないかなーとも思いました。
自分自身がデザイン業界に10年以上いて、35才くらいのときに
「VMD」(Visual merchandising)
っていう仕事のプロがいらっしゃるということに気づきまして、ものすごくビックリしたんですよ。
VMDってなにかというと、「お店の商品を並べるプロ」なんです。
もちろんインテリアデザイナーは、また別にいるんですよ。
お店が出来上がってから、その棚に何をどのように、何と何を組みあわせて並べていくか、ということをするプロなんです。
イ〇ンとかは、もうお店の設計段階のころから、インテリアデザイナーと
このVMDのプロ、両方の意見を入れつつ、
お客さんが入口から入ってきたらまず何が見えて~
視線が自然にこっちに誘導されて~
お客さんがここで立ち止まって商品を手に取って~
みたいにして店舗を創っていくんですけどね。
実際VMDのプロが入ると入らないでは売り上げとか全く変わってくるらしく。
私は「商品を並べる」プロがこの世にいるんだ!と衝撃を受けました。
世の中にはいろーいろなお仕事があります!
親や学校の先生が広げて見せるその「職業メニュー」、どのくらいの広さがありますか?
ちゃんと広いですか?
30種類くらいしかないようなメニューから、無理矢理選ばなくてもいいんだよ?
とお伝えしたい。
そして働いている間にも職業は無くなり、また新しく現れる
そして今の子って、「社会に出たら40年以上働く予定」という社会になっている。なんなら75才まで働けとか(ムリだろ)
その40年間、ずーっと同じ職業が、「同じ形で」存在するわけがない、ということなんですよ。
今から40年前の代表的な職業でいうとこんなんですよ(以下GPT)
以下は、40~50年前(1970〜1980年代頃)には存在していたが、現在では無くなった、または大きく形を変えた職業を10個リストアップしたものです。
✅ 今では無くなった/大きく変化した職業リスト(10選)
電話交換手
かつては手動で電話線を接続していたが、今では完全にデジタル化・自動化。ガソリンスタンドの窓拭き・フルサービス要員
日本や欧米で一般的だったが、セルフスタンドが主流になり激減。タイピスト(ワープロ専任オペレーター)
タイプライターやワープロ専用機で文書を打つ職種。パソコンの普及で消滅。フィルム現像所スタッフ(スピード写真屋)
スマホとデジカメの普及で急減。街の「写真屋さん」も激減。エレベーターガール
百貨店やビルのエレベーターで案内係をしていたが、自動化でほぼ消滅。レコード店の試聴案内係・レコード仕分け係
音楽のデジタル化・ストリーミング化により、専門職としては姿を消した。映写技師(映画館のフィルム操作担当)
フィルム上映からデジタルシネマへ移行し、職域が大きく変化。新聞のチラシ折り込み職人
手作業での折り込み作業は自動化されたり、広告のデジタル移行に伴い需要減。灯油配達の呼び込み係・拡声器付き巡回車の運転手
都市ガス・電気暖房の普及で縮小。かつては冬の風物詩だった。切符切り(改札係)
鉄道駅で乗車券を手で切っていたが、ICカード普及で自動改札に完全移行。
以上GPT。
宮内さん自身も「キャリアコンサルタント」という職業が出てきたのはごく最近。自分がなんになりたいか、なにをやっていきたいかは45才くらいで見えてくる。
とおっしゃってまして。
目の前の職業の栄枯盛衰に、振り回されない
つまり、キャリアとは「生き方の地図」であり、「幸せに生きるための羅針盤」。
「人が喜んでいる姿を見ることが好きだ」と自分の根本がわかっていれば、Aという職業が衰退してきたときに、自分でちゃんと自分に適した次の職を考えられますよね?
ここが分かっていないと、もう目の前で職業が栄枯盛衰していくことに、ホンロウされちゃうわけですよ。
そしてこの羅針盤は、誰にとっても必要なもの。大人にも、子どもにも、学生にも、主婦にも、転職中の人にも、定年後の人にも。
誰もが「幸せに生きる」ためには、この羅針盤を持っていた方がいい。
だから「キャリア」はエリートだけのもの、みたいな誤解はみんなここで捨てましょうね!
海外でも日本でも、多くの親が進路の話を「点」として捉えてしまっていることに気づきます。
「この学校に入れるかどうか」
「どの習い事が得か」
「どの大学が就職に強いか」
もちろんそれも大事な情報ですが、それだけでは見えない「全体像」があります。
それが、人生という旅の「航路」=キャリアです。
その航路を自分で考えられる人は、どんな変化があっても、しなやかに、たくましく、生きていけます。
まさにこの考え方ですね!
「キャリアは正解探しじゃなく、“納得解”を育てること」
「やりたいことがなくても、体験を重ねることで“納得”できる生き方に近づける」
まさにその通りだと思います。
いま、多くの中高生が「やりたいことがない」と言います。
でも、それは当たり前なんです。
なぜなら、「やりたいこと」なんて、勝手に頭の中には浮かばないから。
やりたいことは、“体験を通して”育っていくものです。
失敗して、悩んで、うまくいかなくて、でも楽しかったり、出会ったり、感動したり。
その中で「好き」や「得意」や「価値観」が、少しずつ輪郭を持ってくる。
それがキャリアの原点です。私たち親世代も、実はキャリアについてあまり学んでこなかった世代です。
就職氷河期を生き抜いた親も多く、働くこと=我慢すること、という認識が染みついている人もいます。就職時も圧迫面接とかいろいろされてさ、もうひどい目に遭ってる親も多いですよね。
でも今は時代が変わりました。
「幸せに働く」「自分らしく生きる」ことが、ちゃんと選べる時代になってきた。
だからこそ、親も学び直す必要があります。
「自分はどんな価値を社会に提供したいのか?」
「どんな働き方・生き方をしたいのか?」
子どもに問う前に、まずは自分にも問いかけてみてほしい。
キャリアとは、そうやって何度でも自分に問い直し、修正し、育てていくものなのです。
セミナーで寄せられた質問の中に、こんなものがありました。
「中3の娘がいます。進路決定の真っ最中です。親がすぐにできる子どもの“選択肢を広げる言葉がけ”とは?」
私の答えはシンプルです。
「それ、楽しそう!」とまず言ってあげてください。
評価せず、アドバイスせず、否定せず。
ただ、「楽しそう」「面白そう」「それ、いいね」と言う。
それだけで、子どもは「やってみようかな」という一歩を踏み出せます。子どもにキャリアを考えさせたいなら、まずは小さな体験の扉を開ける勇気を与えること。
それが親にできる最高の「キャリア教育」だと思います。
キャリアは、特別な人のための話ではない。それは、自分で自分を幸せにするために、誰もが使える「羅針盤」です。
その羅針盤を持っているかどうかで、人生の航路は大きく変わります。
まずは、親である自分が楽しそうに働いていますか?
そして、その姿を、子どもに見せてあげてください。
2025.7.26
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