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DAY27 誰かに言われた大切な言葉

「仕事においては、A型人間であれ」
私が高校生のとき、アルバイト先のリーダーから教わった言葉だ。
普段はどうでもいいが、仕事中においてはA型(血液型・真面目で几帳面という意味合い)にならないといけない。
これが私の社会人としてのルーツになっており、今もなお、その教えを大切にしている。

私には師匠がいる。
その当時、お世話になったアルバイト先のリーダー(以下、師匠)だった方だ。
師匠は、私より8歳年上のフリーターだった。

始めは、師匠のことが大嫌いだった。
とにかく細かいのだ。
アルバイトなんて、適当にこなしてナンボのものだろう。
フリーターで生活がかかっているから、店長に気に入られたいんだろう。
こんな大人になりたくないわ。
大変失礼ながら、私は師匠のことをだいぶ下に見ていた。
きっと師匠も、私のことを嫌いだっただろう。
そんな感情はお互いにわかるものだ。

私は、ファミレスのキッチンでバイトをしていた。
決まったマニュアル通りに作り、決められた時間内に料理を出す。
それがバイトの内容だから、その通りにやった。
だが、師匠に怒られた。
料理の見た目が汚い、ということだ。
どうぜファミレスなんて、こんなもんだろうと思いながらも、渋々直すことが多々あった。

一方、師匠の作る料理は、見た目がとても整っていた。
同じマニュアルで作っているのに、雲泥の差だ。
しかもよく見ていると、仕事が丁寧で、手作業も早い。
そして、ムダな作業がなく、流れるような動作になっていることに気がついた。
私は、興味を持ち出していた。
そしてバイトの後、思い切って師匠に質問してみた。
私:「何故、料理を綺麗に作らないといけないのですか?」
クソガキ感満載の、アホな高校生のしょーもない質問だった。
だが、意外なことに、丁寧に答えてくれた。

師匠:「料理を作るのはこっちの仕事だが、そのあとはホールの人がお客さんへ持っていく。料理が汚かったりすると、怒られるのはホールの人だ。自分が怒られるのであれば仕方ないが、自分のやったことで、他の人が怒られるのは納得がいかないからだ。」
予期せぬ回答に驚いた。
そのとき、私の心の奥深くにあった、好奇心のスイッチが入ったのがわかった。

師匠:「あと、せっかく料理を食べに来たのに、こんな料理が出てきたら、自分だったらイヤだろう。」
私:「自分だったら、ファミレスなんてそんなもんかな~と思うのですが」
師匠:「そうか。じゃあ、もし将来自分に子供ができて、子供と一緒に食事をしに来たとき、子供にそんなクオリティの料理が出されたらどうする?納得できる?」
私:「、、、それは、できません。」
師匠:「だろ。ファミレスにはいろんな人が来るんだ。だから、料理は丁寧に作る必要があるんだよ。納得した?」
私:「、、、はい。」
私は完全に論破された。
師匠は、他方面で起こり得る、いろいろな影響を考えて、広い視野で行動していたのだ。
己の軽率な行動が恥ずかしくなった。
そして、一番私の心に刺さったのは、「納得した?」という言葉だった。

私の父は教師だったが、自分の考えを上から押し付けるタイプだ。
そこに私の気持ちや理解度は関係なく、いかに自分の言ったようにできるかが、己の評価基準だ。
私は、それが納得できなかった。
私には私の考えがあるし、別のやり方や、もっと良いやり方だってある。
そもそも、私は世間に迷惑をかけるようなことは、していないはずだ。
しかし、議論してもムダだった。
単なる子供の口答えにしか、見えてなかっただろう。
いつからか、議論すること自体を、諦めるようになっていたのだ。
どうせ、言ってもしょうがない、と。

ここにきて、ずっと自分が心に抱えていた部分が光を浴びた。
そうだ、小さいころから私は、「納得したかった」のだ。
それがいつからか、言ってもムダだという諦めが、先にきてしまっていた。
水を得た魚のように、次から次へと、師匠へ疑問点を投げかけるようになった。
初めて、本気で議論をした瞬間だった。

それから、私と師匠の師弟関係は、バイト先の名物になった。
バイトが終わった後、ファミレスの駐車場に場所を移し、夜空の下で議論を繰り返した。
何故、料理は13分で提供しないといけないのか?
何故、米を置く場所は、ここでないといけないのか?
何故、オムライスはこの形になるのか?
数えだしたらキリがないほど、細かいものから根本的なものまで、お互いに納得できるまで、議論しあった。
私のシフトが入っていない日でも、考えたことを実践したくて、無償で働かせてもらったこともある。
バイトはお金を稼ぐためにやっているのだから、無償で働くなんて、端から見たら、だいぶイカれた高校生だったかもしれない。
だが私にとっては、バイト代よりも、もっと価値のあるものを得ることができたのだ。

最後に、私は師匠に「投資」という概念を教わった。
高校生でも、投資とはお金を使う、という程度の知識はあった。
だが、お金以外にも投資できるものはある。
それは、「時間」だ。
師匠は私に言った。
師匠:「投資した時間が、返ってくるかはわからない。でも、もし将来、それが成長した姿で返ってきてくれたら、オレは最高に嬉しいね。」

あのとき、師匠の貴重な時間を投資していただいたおかげで、今の私が出来上がったと断言できる。
若かりし頃に、師匠と呼べる方に出会えた、人生の巡り合わせに感謝したい。

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