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【旅記】山梨県北杜市~甲州街道「台ケ原宿」を訪ねて~(1)

2026年3月1日日曜日、時間があったので山梨県北杜市に出かけてきた。

私が居住している長野市からは、上信越自動車道と中部横断自動車道を経由して2時間10分ほどで到着する。

途中の佐久平からは高速道路が発達しておらず、小海線と千曲川と並行する国道を走ることになり、ちょうど2年前の小海線探訪を思い出した。


ちなみに、小海駅から小淵沢方面に進むにつれて、標高が高くなるのはもちろんなのだが、途中で「海尻」「佐久海ノ口」といった地名が出てくる。

山の中に突如として「海」という地名が出てくるのは不思議で、実際に海がここまで続いていたのか?と想起させるほどであるが、史実の一つとしては太平洋のような海洋が迫っていたのではなく、近隣の八ヶ岳が噴火した際にここら辺一帯が湖(堰止湖)となり、その湖の入り口として「海ノ口」、湖の出口として「海尻」という名前が付けられたそうである。つまり湖を海と読んだのだろう。

その噴火が今から1000年程度前、つまり単純計算で、平安時代から鎌倉時代に当たるので、このような面白い地名をつけるのも納得である(諸説あるらしい)。

さらに余計な情報であるが、長野県北端を走る大糸線にも「海ノ口」という駅があり、地名的にはこことダブってしまう。従って、こちらの地名の駅には「佐久」という冠名が施されているというわけだ。

余談はさておき、「佐久海ノ口駅」を過ぎると国道は小海線と別れを告げ、道路は蛇行し一気に山を駆け上る。そこで見えてくるのが、八ヶ岳連峰だ。

写真の画角はもちろん、人間の視野にすら入りきらないほどの雄大な裾野を持つその山々は目の前に広がる。

さらに行くと、賑わっている店が出てくる。これが「ヤツレン」という乳製品メーカーである。長野県のアチコチで販売されている『ポッポ牛乳』というのが主力商品になろうかと思う。

そんな大手乳製品工場の直営店で、店内には牧場の肉で作られたハム・ソーセージ、牛乳はもちろんチーズケーキや乳を使った菓子、チーズなどがズラリと並べられている。

そんな中で、新鮮な乳を使ったソフトクリームがひときわ人気であるが、私はあまりソフトクリームが得意ではないため、コーヒーフロートを注文し、コーヒーにソフトを浮かべてもらった(写真なし)

何回か訪問歴があり、食べたこともあるが、ここのソフトは私でも食べられるほどサッパリとしているので、逸品である。それに加えて本日初めてようやくコーヒーを飲めることになり、ソフトをコーヒーに浮かべたのは、正解であった。

ヤツレンから八ヶ岳を望む

この先、ほどなくして、この国道の頂点と思われる地点に到達し、続いては下っていくばかりである。やがて山梨県に入り、ようやく北杜市に至るわけである。

北杜市に入り、釜無川と山々を望む

写真に映るのは「釜無川」という河川であるが、この川がこの地域いったにとってどれほど重要なのかは、後述する。

さて、国道から小道に入っていくと、続いて出てくるのは「道の駅はくしゅう」である。

「はくしゅう」と聞いて思い浮かぶのは、一つしかない。そう、サントリーの高級ウイスキー「白州」である。
白州、あるいはそれにちなんだ製品があるに違いない!と思い、立ち寄ってみる。

さすがにここへ来ると、県外ナンバーとりわけ世田谷ナンバーが目立つようになり、道の駅内も地元民と都会民の差がハッキリとしていた。

とにもかくにも酒コーナーに向かい、白州があるかと思ったのだが‥‥。残念、なんとここには売られていなかった。ほかの来客者も「白州あるかしら?」「白州ないのか」と、ウイスキーを目的に来店している人が多く、皆がっかりしているようであった。

もしかしたら他のどこか違うコーナーに売っていたかもしれないが、見つけることはできず、意気消沈して道の駅を後にする。

道の駅の前には小川が流れる。また、湧水汲み場もあり、大型ポリタンクを持ち込む人も散見された。ワサビが生えそうな、良い小川である。

そんな立ち寄りを済ませ、ようやくタイトルにもある「台ケ原」を目指す。といっても、この道の駅から車でものの5分程度であった。

しかし、甲州街道は現在、旧道の扱いで、新道や鉄道網発達の影響により完全に廃れている。その中でも台ケ原宿という宿場町一体は旧家や老舗店舗がいまだに存在し、周囲に比べれば一応の活気を残している地域である。

到着したのは12時近くであったので、喫茶店に入り一息ついた。

自家製フルーツコーラというのを飲んだのだが、とてもおいしく、おそらくベリー系のフルーツとスパイスが組み合わさっているドリンクだった。本当に素敵な店であった(なお、飲食店についてのボキャブラリーが乏しく「おいしい」「まずい」「素敵な店」「ダメな店」という4単語しか持っていないため、この後の飲食店立ち寄りについては省略する)

さて、一服した後には近隣をフラフラとしてみるが、まず目につくのは、立派な杉玉を構えた酒店である。

300年の歴史があるらしく、内装もなかなかなものであったが、如何せん日本酒に興味がないので、とりあえず中だけ一通り見て出てきてしまった。

そのほとんど反対側に今度は「金精軒」という和菓子屋が出てきた。

こちらも立派な店構えである

信玄餅を売りにしているらしく、実際に「信玄餅」という菓子の登録商標はここが保有しているらしい。

しかし、もう1社超大手な信玄餅を売り出しているらしく、どうやらこの店とそのもう1社で信玄餅をめぐる紛争が起きているらしい。

また別な解釈では、起源をたどると安土桃山時代に筑紫(現・福岡県)で作られた餅をパクったなどという一説もあるようで、信玄餅の小競り合いは終結をみないのだが、消費者にとってはどうでもよく、美味い信玄餅を出してくれればそれで良いといった感じである。

そこで、美味しそうな「生信玄餅」(しかも土日限定販売)というのを買って、家で食べるのを非常に楽しみにしていた。
‥‥のだが、ある事実が発覚した。

というのも、この生信玄餅は本店限定品かと思いきや、帰りに立ち寄った道の駅でもズラリと売られていたのである。

私は本店でしか買えないものにこだわっていたので、ショックであったと同時に、あるドラマを思い出した。

テレビ朝日系列「科捜研の女」というドラマである。確か11シーズンだったと思うのだが、和菓子屋の4代目が頑固に手作りにこだわる一方で、その専務は百貨店展開しようと和菓子を工場で作ることにしてしまう。

4代目は手作りで和菓子1個1個の味の違い、顧客への信頼を積み重ねていたのだが、専務は売上に目がくらみそれを見落としてしまい、両者はすれ違い、結局、専務は社長を殺すのだが、その後に4代目のお得意がやってきて、いかに4代目の手作りが素晴らしいかを説き、専務は後悔する‥‥といういかにもテレビドラマ的なストーリーである

が、そもそもこの店は本店も工場製に委任しているらしく、このドラマの前提にも立てておらず非常にガッカリした。

話がとてつもなく脱線してしまったので元に戻すが、字数も厳しくなってきてしまったので、ざっくりと「台ケ原」について書くと、問屋場跡など一応の史跡として掲げられているものの、現在人が住んでいるようだった。

この「台ケ原」は古くは織田信長の手紙に記載があるそうで、ざっと計算するだけでも500年近くの歴史を持つ町であるらしい。

しかし、明治以来の鉄道網発達や新道開拓によって大きく衰弱し、現在は上記2店舗が主力となって人を呼び込んでいるようだ。

多少商業臭くても、その町が生き延びるには仕方のないことなのかもしれない。歴史ある地域が道路1本や電車1本の開拓で衰退してしまう。もちろん、それは町の宿命でもあるが、せっかく歴史がここまで続いている以上、密やかに衰退していくというのも、なんだかもったいない気がしてならない。

……と言いつつも、いつの時代にも「昔は良かった」という思いはあるようで、例えば明治時代の本を読んでも「昔の街は良かった」「あの街は廃れてしまった」などと古臭い昔話が書かれている。まあでも、歴史のない街は無いんだし、仕方ないっちゃ、仕方ないのかもしれない(続く)






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