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アドベンチャートラベルの勘違いが観光を停滞させる。ATの本質とは。


想定読者層(ターゲット)と具体的な悩み
想定読者:
地域の観光協会、DMO、自治体の観光担当者、あるいはガイド団体のリーダーや企画者。
具体的な悩み: アドベンチャーツーリズム(AT)の波に乗り、地域の「自然」「アクティビティ」「文化」を組み合わせた高単価なツアーを企画した。しかし、実際に行われているのはただの「レジャー案内」であり、参加者は笑顔で帰っていくものの、「自己変容」や自然に対する「行動変容」が起きている実感がまったくない。どうすれば表面的な要素の掛け合わせから脱却し、参加者の価値観を揺さぶるような真の体験設計ができるのか分からず、立ち止まっている。




アラスカの凍てつく夜

何日もまともに眠っていない身体。
氷にまみれた靴は重く、気温はマイナス30度に近づいています。

圧倒的な静寂と暗闇のなかで、私は完全に足が止まっていました。

吐く息が瞬時に凍りつく小さな音が、耳の奥で響きます。
手先の感覚はとうに消え、疲労と寒さで頭のなかが真っ白になっていました。

なぜ、わざわざこんな苦しいところに来てしまったんだろう。

何度もそう思いながら、ふと顔を上げたとき、漆黒の空に、ゆらゆらと緑色の光が揺れていました。

オーロラの信じられないほどの美しさと、この世界に自分一人だけが取り残されたような孤独感。

極限の自然のなかで、自分のちっぽけさや無力さを知る。

これまでの自分の常識や価値観が、圧倒的な自然の前ではまったく通用しないと悟るこの瞬間は、今まで海外のアドベンチャーレースに幾度と参戦し、そしてレースに出るたびに感じていた共通の感情です。

自然と真剣に「対峙」し、これまでの自分という存在や価値観を「再解釈」すること。それこそが、アドベンチャーの本質なのかもしれません。

そして、この「自然との対峙による価値観の再解釈」を、旅のなかで体験してもらうこと。これこそが、「アドベンチャーツーリズム(AT)」の本来の姿です。

ATTA(アドベンチャートラベル・トレード・アソシエーション)や観光庁などの公式文書を読むと、そこには明確に「自己変容を促す旅」と定義されています。

ただのレジャーではなく、人が変わるための旅。

しかし、ここ10年くらいでATという言葉が広まるにつれ、日本の現場で起きている現象に、なにか違和感を感じています。

地域の会議室で感じる違和感

「森でカヌーに乗って、地元のジビエを食べて、近くの神社を巡りましょう」

「自然、アクティビティ、文化体験。3つの要素のうち2つが入っているから、立派なアドベンチャーツーリズムです」

地域の会議室で、こんな会話が交わされています。

ホワイトボードの上で、パズルを組み合わせるように作られるツアー。

本当にこれでいいのだろうか、と現場の人間として思います。

要素を足し算するだけで、人は自然と「対峙」できるのでしょうか。
美味しいジビエを食べてカヌーに乗るだけで、価値観の「再解釈」は起きるのでしょうか。

多くの地域が、目的と手段をすり替えています。

要素を2つ以上組み合わせただけで完成したと勘違いしています。
自然や文化の要素があるだけで、勝手に自己変容が生まれるわけではありません。

ただ「自然のなかで楽しんでください」と偶然に任せてしまっては、それは日常の延長にある消費行動で終わってしまいます。

人が変化するためには、意図的な「体験のデザイン」が絶対に必要です。

ただの「レジャーの案内人」になっていないか

どこでスマートフォンを圏外にし、日常を完全に断ち切るか。
どのタイミングで、思い通りにならない自然の理不尽さを身体に突きつけるか。そして、その不安や感情の揺れ動きを、どうやって内面的な気づきへと転換させるか。

参加者の感情のプロセスを時間軸に沿って緻密に組み込むこと。

これが、ガイドや企画者に求められる「体験のデザイン」です。

本来、自然と真剣に対峙してきたはずのアウトドアガイドたちも、今はただお客さんを楽しませるだけの「レジャーの案内人」になっていることが多い。

これも、ATの本質が伝わらない大きな要因です。

アドベンチャーの本質は「自然との対峙」と「価値観の再解釈」です。
この本質さえ捉えていれば、アラスカのような過酷なサバイバルへ行く必要はありません。日本の身近な自然のなかでも、十分に体験できます。

少しだけ日常を降りてみる

もし今週末、近くの自然へ行く機会があれば、車から降りた瞬間に、スマホの電源を完全に切ってみてください。

そして、森のなかや川辺で、少しの間だけ立ち止まります。

足の裏に伝わる地面の硬さ、頬をなでる風の冷たさ、腐葉土の匂い。

何も考えず、ただそこにある情報を身体だけで受け取ります。

日常の役割を、少しの間だけ忘れる。
ただ、自然のなかに存在する一人の生き物として、自然と対峙する。

この静かな時間が、あなたの内側に小さな「再解釈」を起こすはずです。

旅から帰ったあと、いつもの夕焼けが少しだけ違って見えたら。
それこそが、自己変容が起きた証拠です。そしてアドベンチャーとは何かを考えるきっかけになるのではないでしょうか?


著者情報・監修者プロフィール

栃木アウトドア事業振興会BERGTOAD
ラブ(山﨑和幸)

  • WEA(Wilderness Education Association)国際認定野外指導者

  • 国際環境倫理LeaveNoTrace L2インストラクター

  • 国際野外救急WFR ウィルダネスファーストレスポンダー

  • EFR国際小児救急インストラクター

  • 日本教育学習評価機構認定IDexpert

  • 日本インタープリテーション協会 公認トレーナー

  • 日本キャンプ協会D1キャンプディレクター

  • 日本スポーツ協会ジュニアスポーツ指導員

  • 日光国立公園認定ガイド

アウトドアガイド養成インストラクターとして15年以上のキャリアを持ち、理論に基づく人材育成、コンテンツ造成を多数監修。自然という予測不可能なフィールドで培った「人間の心理と行動変容のメカニズム」を、インストラクショナルデザイン(ID)の科学的アプローチと掛け合わせ、持続可能な観光コンテンツ造成やガイド育成、アウトドアガイドのスキルをビジネスの現場に応用した企業の人材育成を支援する専門家。

https://bergtoad.net

栃木アウトドア事業振興会BERGTOADとは

私たち「栃木アウトドア事業振興会BERGTOAD」が提供するプログラムの根幹にあるのは、命を預かるガイドが予測不可能な自然環境のなかで積み上げてきた、実践の知恵です。

マイナス30度の夜に足が止まった経験も、嵐のなかで判断を迫られた経験も、すべて「人が自然と対峙するとき、何が起きるか」を知るための現場でした。その経験を、インタープリテーションやインストラクショナルデザイン(ID)といった教育設計の理論と掛け合わせることで、「感動を偶然から必然へ変える」体験設計の手法を体系化しています。

ただ楽しいツアーを作るのではなく、参加者が日常に戻ったあとも変化し続けるような「人生の資産」を届けること。この思想は、観光コンテンツの高付加価値化にとどまらず、ガイド育成や企業の人材開発の現場でも、同じ力で機能します。


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