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過去の辺野古コースについて

同志社国際高校の沖縄研修旅行には、3日目のコース別学習の中に「辺野古コース」が設けられてきた。
このコースは、2010年から現在に至るまで、どのような形で組まれてきたのか。過去の研修旅行のレポートを入手し、調べてみた。

沖縄研修旅行の基本フォーマット

同志社国際高校の沖縄研修旅行は、少なくとも10年以上、以下の基本構成で実施されている。

1日目 那覇到着後、開会礼拝。佐間下公園、嘉数高台、大謝名などを見学し、ホテルへ。
2日目 ひめゆり平和祈念資料館、沖縄平和祈念公園、轟壕・識名壕などを見学。
3日目 コース別学習。
4日目 国際通散策後、帰路へ。

1日目・2日目は、開会礼拝を除けば、沖縄研修旅行としていわゆる定番のコースと言える。過去に実際に起こった沖縄戦の悲惨な歴史、普天間の危険性や現状を、現地で知ることができる内容となっている。
道中には、学校が直接依頼した講師や、「沖縄平和ネットワーク」等の団体から派遣された「平和ガイド」と呼ばれる方が解説を加える仕組みになっている。

3日目のコース別学習 では、AコースとBコースは読谷村での民泊コースで固定されており、60名から100名弱が参加している。その他のコースは毎年少しずつ内容が変わり、マングローブのある川でのカヌー体験、さとうきび畑の見学、美術館など様々で、そのひとつに「辺野古コース」がある。

辺野古コースの変遷(2010〜2026年)

辺野古を訪れるコースに限ってまとめると、以下のようになる。

2010〜2012年:基地反対側からの解説

2010年から2012年の3年間、辺野古テント村への訪問がコースに含まれている。テント村で活動している方々から直接話を聞くという内容だった。
コース内にキャンプハンセンやキャンプシュワブも含まれているが、これは基地のビジターセンターに立ち入ったり、基地で働く人の話を聞くものではなく、外側からガイドの解説のもとに見学するものだ。

当時の生徒の感想を見ると、"金網の奥から米軍に実弾入りの本物の銃の銃口を向けられたという話を聞かされた" という記述などがある一方で、基地の内側からの視点で話を聞いたり、移設の必要性・安全保障上の意義といった内容は、このコースに参加しての感想としては見当たらない。

辺野古コースはもっと以前から(約20年前から)あったようだが、2010年の頃には、基地移設反対側からの説明のみが提供されるコースとして設計されていたことがわかる。

2013〜2014年:廃止

2013年、辺野古コースは一度姿を消している。廃止された理由はわからない。

2015年:3年ぶりの復活と、大幅な規模拡大

2015年、辺野古コースが3年ぶりに復活している。2コースに分かれ、合計136名が参加する大規模な内容に変わっている。
それ以前の3年間、参加者は各コース12〜13名だった。復活した年に以前の10倍以上の規模になっている。

なぜ2015年に復活したのか。誰が主導してコース設定をしたのか。現時点でその経緯はわからない。この点は第三者委員会の調査で明らかにされることを期待している。

資料から読み取れることとして記述すると、2015年度の高2学年主任は西田現校長である。

また、2015年度の辺野古コース(Dコース)の引率者として、旅程表に西田現校長の名前が記載されている。実際に現地で引率に当たったか、今年ボートに乗らなかった教員のように引率を放棄していたかまでは確認できていないが、少なくとも日程表上は引率の立場にあった。

さらに、2015年の辺野古コースに参加した生徒の感想の中には、「ヘリ基地反対協議会の共同代表をされている安次富さん」と具体的に名前を挙げた上で、その方から基地に反対する理由を聞いたと記述がある。

ここで言及されている「安次富さん」とは、今回の事故後に協議会が会見を開いた際にも出席していたあの安次富浩氏のことと思われる。

2018年〜:金井創氏との関係

2017年まで開会礼拝の講演を担当していた金城重明氏(渡嘉敷島の集団自決(強制集団死)の生還者)に代わり、2018年から故・金井創氏(抗議船「不屈」の船長)が開会礼拝で講演を行うようになった。2018年時点で金城重明氏は90歳手前だったが金井氏との交代が年齢によるものか、別の理由かは不明。

戦争体験者としての金城重明氏に代わり、どのような理由で誰が金井氏に依頼をしたのか。開会礼拝という場での講演を委ねた経緯について学校側に質問を投げているが、回答は得られていない。

金井氏による開会礼拝の講演は、2018年から2026年まで、コロナによる中止の3年を除き、今年まで毎年行われてきた。

また、開会礼拝に初めて招かれた2018年には、辺野古テント村を訪れるコースの講師としても名前が記載されている。

2023年以降は、辺野古テント村からボートに乗る形式に変更されているが、これは金井氏の提案を学校が受け入れたものだと、西田校長が記者会見にて説明している。2023年、2024年、2025年(雨天でボートは中止)、2026年と、同じ形式で継続されてきた。

辺野古コースの偏り

辺野古コースは、過去の実績を見てみても、一貫して基地反対派の意見のみを聞くコース設定となっている。

3月17日の記者会見でもすでに明らかになっていたが、「多角的な視点」を掲げつつ、実態は教育の中立性から乖離している。

続きは後日

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