【つながるメタフィクション】note大陸漂流記 序章──非日常に閉じ込められて
こんにちは、Bell noteです。
ある日、夢を見ました。
夢の中で、いつものように書斎でnoteを書いていたんです。

書き終えて、さて一息つこうとドアに手をかけたら──開かない。 ドアノブをまわしても、鍵がかかっているらしくて全然出られない。 額にじんわり汗をかきはじめて、軽くパニックになったところで目が覚めました。
妙にリアルな夢で、起きた後も頭に残ってしまったんですね。
「なんであんな夢を見たんだろう?」
ただの疲れかもしれないけれど、ふと考えました。 いつもnoteを書いている自分。
もし、創作という非日常の側に閉じ込められて、戻れなくなったらどうなるんだろう?
今時の異世界ものばりのぶっ飛んだ非凡な発想力は、残念ながら持ち合わせていませんので、単なるいつもの遊びごころの延長で想像して見ました。
そんな風に考えてみたとき、昔読んだある物語が、ふと思い出されました。
それは——誰しも一度は読んだことのある物語です。
あなたは、スウィフトの『ガリバー旅行記』を読んだことがありますか。
もちろん、子どものころに抄訳で触れた、という方がほとんどでしょうけれど、あの本は決して単なる「不思議な国巡り」の童話ではありません。スウィフトは、旅行記の衣をまとわせていますが、当時の政治・宗教・学問、そして何より人間そのものを徹底して風刺するために、あの物語を書きました。
👇小人国では、権力者たちが卵をどちらの端から割るかで争います。些末な違いに命を賭す、党派や宗派の滑稽さ。
👇巨人国では、健全な常識の巨人たちから見たヨーロッパの歴史が、虫を見るような嫌悪をもって照らし返されます。
👇空飛ぶ島ラピュータの学者たちは、空理空論の実験に熱狂し、現実の生活を見失う。
👇馬の国では、理性を体現する馬たちに対し、野蛮な人間(ヤフー)が鏡のように突きつけられる。
——四つの航海は、つまるところ「遠くへ行くほど現実がよく見える」という逆説の構図です。旅は逃避ではない。旅は、現実を異国という角度から“相対化”するための装置なのだ、と。
では、私の夢——書斎の扉に鍵がかかって出られない、というあまりにも単純な寓意は、何を示しているのか。
私は日常と非日常の間にミシン目を引き、「非日常のキリトリ線」と名づけてきました。
旅や人物観察、創作は、私にとってその線に沿って紙を切り分ける行為です。
いつでも、指先で手ざわりを確かめ、必要なときに“日常”へ戻ることができるはずでした。ところが夢の中で、そのミシン目が消えている。ノブは回るのに、扉は開かない。noteという非日常の甘美さに、私自身が少し長く酔ってしまってでられない。
気づけば、noteの海はやさしく、そして執拗に私を引きとめる。依存——とまで言えば大げさですが、創作に身を預ける心地よさは、時に帰還の術を曇らせていることを示唆しているのかもと想像してみました。
そして考えました。
スウィフトが旅という形式に社会風刺という刃を隠したように、私はnoteの形式に自戒としての問いの刃を忍ばせたらどうか?
なぜ私は創作へ向かうのか。なぜ画面の向こう側に、あんなにも救いを求めてしまうのか。遠くへ行けば行くほど、こちら側の現実が輪郭を濃くする——その逆説を、物語として、現実をnoteという角度から私を“相対化”してみる試みはどうだろう?
『ガリバー旅行記』が当時の世相を風刺したのなら、私は、云わば「note大陸の旅行記」として、いまのnoteに依る、私自身を風刺するあたらしい物語をつくってみてもいいかもしれないと。
そして…🤭
📖物語の設定
この物語のはじまりは、とある島に、Bell noteと寅子が漂着するところから始まります。

彼らの手には、不思議な羊皮紙の地図が握られていました。その大陸の輪郭は、どこか「note」の文字をかたどっているかのように見えるのです。

漂着した二人は、この大陸を歩きながら、実際のnoteで日々目にする出来事や記事、そして実在するクリエイターたちを「国」に準えて旅をします。国ごとに異なる文化や風土は、現実の出来事や人々の作風を映す鏡のようなものです。そこを巡るあいだ、Bell noteが探し続けるのは「日常へ戻る方法」。
その手がかりは、ある国のnoteに書き残された暗号かもしれないし、コメント欄にふと紛れ込んだ言い伝えのような一言かもしれません。——それが本当に存在するのかどうかは誰にも分からない。それでも「あるかもしれない」と信じられるうちは、旅は物語のかたちをとって続いてゆくのです。
非日常は生きるうえで必要な潤い。けれど日常もまた、Bell noteを支える大切な居場所。その二つを往来する感覚を、もう一度確かめるために、Bell noteは寅子と並び、海風にあおられる古びた地図を広げます。地図の縁がめくれ、浮かび上がるのは「note」の文字をなぞるような大陸の姿。
最初の手がかりは、きっとすぐそこにある。いや、そう思えるうちは、この物語は正しい方向へ進んでいるのだと信じてすすむ。
——さあ、はじめよう。ここからが、Bell noteの漂流記録である。
そもそも、こんな発想をしている時点で、日常を取り戻すのがますます遠のいている気もします。
企画そのものが、すでに漂流の証なのかもしれませんね。
……まあ、それも含めて物語ということで。
本当の旅は、次回から始まります。
それでは次回の講釈で…。
🔔Bell
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