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【敬意の書棚】📊noteランキングを作った人は、誰よりも数字を信じていなかった。──シロイブックス「シロイ」

『毎週更新されているnoteランキングがある…』

「note人気ランキング」というものがあるらしい、ということ自体は、以前から名前だけ耳にしていました。
noteという場所には、そもそも公式のランキング機能はありません。だから、名前を聞いた時点でも、それがどういうものなのか、正直あまりピンとは来ていませんでした。実際にちゃんと中身を見たことも、一度もありませんでした。

今回、あるフォロワーさんに勧められたのをきっかけに、初めてじっくり覗いてみることにしました。

覗いてみたそのページには、思っていた以上の世界が広がっていました。
上位1500位まで、スキ平均や伸び、熱量、安定感といった独自の指標がずらりと並び、毎週更新され続けている。しかも、これは法人の仕事ではなく、たった一人の個人が、趣味の延長として作り上げたものだというのです。

そして、ランキングのページ自体に、その設計思想が書かれていました。
フォロワー数の多さというのは、中身のある記事が公開されているか、本当に読者にしっかり読まれているかとは、あまり関係がない。だからこのランキングでは、直近の記事へのスキ数やフォロワーの増加ペースなど、性質の異なるいくつかの指標を組み合わせて、独自のスコアを算出しているのだそうです。露出だけを目的に機械的運営されている中身のないアカウントに、なるべく高い点数がつかないようにする。そういう意図も明記されていました。フォロワー数という、いちばん分かりやすい物差しをあえて使わない。この最初の選択の時点で、もう普通のランキングではありませんでした。

何者なんだろう、この人は。

そんな素朴な好奇心から、私はシロイさんという人物を追いかけてみることにしました。

数字の裏側にいる人

まず気になったのは、単純に「誰が、何のためにこれを作ったのか」ということでした。
運営者の情報を辿っていくと、シロイさんという方が、岩田佳孝という名前で出版の仕事もされていることがわかってきました。
元はソフトウェアエンジニアで、2024年から著述業に転じ、シロイブックスという個人出版レーベルを立ち上げた。法人ではなく、執筆から装幀、出版作業まで、すべて一人でこなしています。

もう一つ、気づいたことがあります。
シロイという名前でnoteを始める少し前、それまで10年以上使っていた別の名前を、ネット上から手放していたそうです。スキルと経験だけを残して、それ以外はいったん全部リセットする。これも、すこし興味深く感じました。

サイトをもう少し見て回ると、関連ツールがランキング一つにとどまらないことに気づきました。
人気記事ランキング隠れ人気ランキング読者分析サービスお互いに熱心な読者になっているアカウントを見つけるツール、さらにはBluesky版の人気ランキングまで……。数えるだけでかなりのサービスが、すべて一人の手によって動いているらしいのです。しかもこれらは最初から計画されていたものではなく、ランキングを作る過程で集めたデータを使いながら、思いつくままに派生的に生まれていったといいます。

このあたりで、単なる「便利なツールの作者」という以上の興味が湧いてきて、過去の記事を少しずつ遡って読むようになりました。すると、原点は10代の頃にまで辿れることがわかります。
当時、シロイさんは個人でゲームを開発し、フリーソフトとしてネットに公開していました。スマートフォンもアプリストアもなかった時代、雑誌やCD-ROM付録に載った経験もあるそうです。
プログラミングは、シロイさんにとって最初の表現の分野だったのだろうと、読みながら腑に落ちました。

サービスの中には、実用的なものだけでなく、少し変わったものもあります。Blueskyで動いている「プルスカちゃん」という自動会話ボットです。

フォロワーの発言を学習しながら、話しかけると返事を返してくれるのだそうです。ランキングのような役に立つ道具だけでなく、こういう遊び心のある制作物まで作ってしまうあたり、根っからのモノづくりの人なんだろうなと思わされます。

しかも、この手が止まる気配はまったくありません。今回この記事を書いている間にも、スキ数やフォロワー数の水増しといった不正の兆候を検出する新しいチェッカーが公開されていました。

何年もこの調子で走り続けているのだとしたら、それはもう、作ることが呼吸のようになっている人なのかもしれません。

物書きという仕事のかたわら、こうしたツール開発を「気分転換」と呼ぶ人はそう多くないはずです。
それでもご本人は、あくまで趣味の延長だと言い切ります。趣味と呼ぶには、ちょっと本気が過ぎるんじゃないだろうか。そんな軽い引っかかりを抱えたまま、私は次の記事に手を伸ばしていました。

もう一つの顔

エンジニアでもあり、著述家でもあるシロイさんには、もう一つ、音楽家という顔がありました。2015年からコンサーティーナというアイルランドの伝統楽器を弾き始め、人前で演奏することもあるといいます。
ご本人いわく、この音楽は自分の人間関係を大きく広げ、人生に意味の感覚を与えてくれたものであり、単なる趣味という括りでは考えていないそうです。
この経験は、最初の著書である『社会人のための楽器の継続と上達の手引き』として結実しました。

一方で、シロイさんは最近『人間関係が苦手でもなんとかやっていくための本』という新刊を書かれています。

音楽で人とのつながりを広げてきた人が、人間関係の苦手さについても一冊書いている。書き手というのは、自分の中の得意も苦手も、両方まとめて言葉にしたくなる生き物なのかもしれません。

投資家という顔もあります。株式投資の入門書も出していて、そこでは「ラクして儲かる話などあるわけがない」という身も蓋もない前提から始まり、真面目な資産形成の本質は、買ったまま数十年間、何もせずに待てるかどうかという地道さにあるのだと説いています。派手な必勝法ではなく、退屈な我慢の話を、投資の入門書のはずなのに真正面から書いてしまう。ここにも、地味なことを地味なまま書く、同じ姿勢が見えます。

音楽家としての顔に、もう一度戻ります。
楽器の本の終盤の章では、楽器を続ける理由について書かれています。
他人からの評価がどうかということではなく、自分自身が何に価値を感じているのか、それだけが問題なのだと。
地味でお金にもならない道のりを、それでも続けたくなるのはなぜか。そこにあるのは、突き詰めれば主観としか言いようのない何かだ――そんなことが綴られていました。楽器の本のはずなのに、もっと大きな話をしているように読めます。

文章の背景にある考え方も気になって、もう少し過去の記事を遡ってみました。影響を受けた人物として、哲学者バートランド・ラッセル、仏教学者の鈴木大拙、宗教思想家クリシュナムルティといった名前が挙げられていました。正直に言うと、三人とも名前も知りませんでした。気になって少し調べてみると、それぞれ立場は違うものの、外から与えられた正解や権威を鵜呑みにせず、自分自身の内側にある経験や直観を頼りにすることを説いた人たちらしいとわかってきます。シロイブックスの理念にも「主観」という項目があり、これは楽器の本の一節と、まったく同じ声です。

執筆そのものについての考え方を書いた記事もありました。
文章に書かれるだけの意味があるとしたら、それは、まだ言葉になっていなかった感覚に、初めて表現が与えられたときなのだ、という趣旨が書かれていました。
書き手自身がまず何かを理解し、それを読んだ人が「これは自分の話でもある」と気づく。そういう順番でしか、意味のある言葉は生まれないのだと。この書き方の芯が、次の章の話に繋がっていきます。

神聖性という一本の芯

複数の顔を追いかけているうちに、ふと一本の記事に行き当たりました。そこには、これまで見てきた顔をつなぐ芯のようなものが、はっきりと言葉にされていました。
noteの書き手に対して、シロイさんが求めていることは突き詰めれば二つだけだ、と書かれた記事です。
思っていることを書いてほしい。思っていないことは書かないでほしい。それだけです。単純な二点ですが、読みながら、自分の書き方を確認したくなりました。

固定記事によると、この記事はシロイさんのnoteの中で過去反響が大きかったものだそうです。ご本人も、自分が本やnoteを通じて伝えたいことは、突き詰めればこの一点に尽きるのかもしれない、ということを書いていました。あなたがあなたであるように生きてほしい。それだけです。

そしてシロイさんは、生成AIそのものを否定しているわけではないようです。ただ、AIが出力した文章を、注釈もなく、あたかも自分自身の言葉であるかのように発表することについては、あまり良い顔をしていません。それも、先ほどの二点のうち後者――思っていないことを、思っているかのように書くこと――に触れるからなのでしょう。自分自身の内面も、見知らぬ誰かの内面も、その人がその人自身の言葉で語るという行為も、すべて等しく大切に扱われるべきものだという考え方が、そこにはあるようです。「神聖性」という、少し大きな言葉を使って。

似た感覚は、動物に対しても向けられているようです。犬や猫、小鳥に幼い子どものような可愛らしいセリフを当てるAI動画についても、あまり好みではないという書き方をしていました。誰もが同意する感覚ではないでしょうが、私には、その文章から「動物にも、その存在なりの尊厳がある」という考え方が流れているように思えました。実際、シロイさんは白文鳥のふみ子さんという相棒と暮らしており、note内の画像にもたびたびその姿が登場します。この一節は、大げさな主張というより、身近な存在への実感から出てきた言葉なのかもしれません。

曖昧なことを曖昧なまま済ませない。そういう感覚は、本の分量にも表れているようです。三冊目の著書は20万字を超え、四冊目もコンパクトにまとめるつもりが結局17万字を超えてしまったと、年末の振り返り記事に書かれていました。「たぶん私は短い話が書けないんです」という自嘲まじりの一文もありました。誰かの言葉を軽々しく扱いたくない人は、自分の言葉もそう簡単には切り詰められないのでしょう。

他人を数値化するランキングを作っている人が、実は誰よりも「その人がその人自身であること」の神聖さを信じている。読みながら、妙な感じがしました。

数字が示した、数字を超えるもの

その妙な感じは、私の思い込みかもしれません。ですが、さらに記事を読み進めていくと、それを裏付けるような調査記事に出会います。シロイさんは、自身のフォロワーのうち直近三か月に投稿のあった約2500アカウントを対象に、「直近10記事すべてにスキをつけてくれる熱心なファンが、少なくとも一人はいるか」を集計していました。

結果は、64.3パーセント。有名なnoterに限らず、ごく普通に投稿を続けている人たちの中にも、これほど多くの割合で固定ファンがついているというのです。

ちなみに、シロイさん自身のnoteも、この二年ほどで大きく伸びたようです。最初の一年を終えた時点でのフォロワー数は494人だったのが、二年目の終わりには4200人台になっていたと、年末の振り返り記事に書かれていました。桁がまるごと一つ増えた計算です。

ただ、この伸びの手前には、まったく違う一年があったことも、別の記事でわかりました。開設から丸一年のあいだ、スキ数はほとんど横ばいのまま、伸びる気配すら見えなかったのだそうです。その状態がいつ変わるのか、当時のシロイさんに知る術はありませんでした。今のグラフを見れば「頑張った分が報われた」と言えますが、渦中にいた本人が見ていたのは、ただ平らな線が続くだけの記録だったはずです。それでも書くのをやめなかった一年があって、その先に、今の数字があります。

この数字を見て、最初は「なるほど、note読者は義理堅いんだな」くらいに思っていました。でも、それだけじゃない気がしてきます。集計された一つひとつのアカウントは、商品として磨き上げられた文章ではなく、ただの日記や雑記であることのほうが多いはずです。それでも読み手がつく。優劣を競わせるための集計から、優劣とは関係のない誰かの好意が漏れ出てくる。数字を作ったご本人が、いちばん数字の外側を見ていたということなのかもしれません。

この調査の結びで、シロイさんはこう述べていました。あなたのnoteがなぜ素敵なのかという問いは、数字や統計で証明すべき類のものではない。友人や好きな作品の魅力を、いちいち客観的に証明する必要がないのと同じことだ、と。

数字の話をしているはずなのに、いつの間にか数字の外側の話になっている。この人を追いかけていると、何度もそういうことが起こります。

休符

こうして記事をひとつずつ辿っていった先に、シロイブックスという屋号の由来にたどり着きました。「休符」というシンボルがあるそうです。音楽において、最も強い印象を残すのは最大音量の音ではなく、無音の部分だという考え方に由来しています。世間で大きな声で語られているものをいったん脇に置いて、目立たないけれど本質的な価値を持つものに目を向けよう、という提案が込められているといいます。

体力がなく、体調の悪い日のほうが多いとも書いていました。それでも本を書き続けることを、苦しくて大変な現実の一部にできたこと自体を、良いことだと捉えている。夢を空の上の夢のままにせず、現実の土壌に植え替えたいという思いが、その言葉の端々から伝わってきます。

年末の振り返り記事には「頑張り or Die」という、少し物騒な言葉も出てきました。体力もなく、正直なところ採算も合わないとわかっていながら、それでも書き続けることを選んでいる。キラキラした夢の言葉ではなく、もっと生々しい、地に足のついた言葉でした。SNSでも、似たようなことを短く書いていたのを見つけました。
夢を実現できるか不安だという相談に対して、成功するとは約束できないが、それでもやってくれ――そんな言葉です。
優しい励ましというより、突き放すような響きがありますが、それだけに実感のこもった言葉だと思います。

もう一つ、印象に残った話があります。2年半のあいだに寄せられた挨拶コメントが154件あったのに、noteの仕様変更で表示できなくなってしまったことがあったそうです。それでも「手元には大切にとっておいてある」と書いていました。ランキングという、大量の他人のデータを扱う仕事をしている人が、表に出なくなった154件のコメントを、それでも捨てずに持っている。この二つは、同じ人の中に普通に同居しているのだと思います。

おそらく、シロイさんについては、すでに多くの方が言葉を残しているでしょう。これだけ知られたサイトを作っている方ですから、なおさらだと思います。
それでも、これは自分がこの人を感じ、勝手に興味を持ち、勝手に書きたくなった――その衝動と敬意の記録として、ここに残しておくことにしました。読めた記事はまだそのごく一部にすぎないので、見当違いな点があれば、どうかご指摘ください。

もしかしたら、少しだけ勝手に重ねている部分もあるかもしれません。肩書きも文脈も外した状態で、自分の言葉だけがどこまで誰かに届くのか。それを静かに試している人の姿は、他人事とは思えないところがありました。

音が鳴っていない場所にも、耳を澄ませてみる。シロイさんの仕事を追いかけながら、私はそんな姿勢の大切さを、あらためて教えられた気がしています。

シロイさん、こんにちは。
シロイさんが運営されているnote人気ランキングを、あるフォロワーさんに教えていただいたのがきっかけで、シロイブックスのこと、そしてシロイさんご自身が書かれてきた記事の数々を知ることができました。すべてを読めたわけではありませんが、ここしばらく感慨深く読ませていただいておりました。
「敬意の書棚」という、note上で出会ったクリエイターさんについて私なりの視点で書かせていただいているシリーズで、今回シロイさんについて
勝手ながら興味を持って書いた記事です。何卒ご容赦ください。

もし失礼な点や事実誤認がありましたら、何卒ご指摘いただけますと幸いです。よろしければ、お目通しいただけると嬉しいです。


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