私は今でも日本を引きずっている
どこの方ですか?
たまたま道ですれ違った友だちの知り合いであるというその人は、偶然ー!と友だちとキャッキャしてから私に向き直り、初めましての挨拶の後そう聞いた。
異国の地で日本人同士、縁あって言葉を交わすだけでもすごい確率なのだから、その上もし日本の出身地まで同じならもう前世は姉妹だったのかもしれませんねー!のノリかなと思いながら私の出身地を告げると、いや違くて!と笑われた。友人も笑っている。分かっていないのは私だけらしい。
そんな馬鹿な、この状況でこの質問。出身地以外に何の答えがあるというのか、分からない。今までの三十数年の人生経験を基に頭をフル回転させてみても、やっぱり、分からない。
気まずい沈黙が数秒流れたところで友人が、この街に住んでるやんな!と助け舟を出してくれた。
ああそうか、この街に住んで10年ほど経つのに私は今でも日本を引きずっている。引きずるって言い方はおかしいか。私のアイデンティティはどうしようもなく日本人だから、いつまで経っても私はこの街に所属している感が薄いらしい。私がこの街に住んでいるかどうかに関心のある人なんて免許センターと税務署の人以外にいないだろうと心のどこかで思っていた。
あ、はい、この街に住んでいます。
そう答えながら、やっぱりしっくりこないなあと思う。いや、実際住んでいるから事実なんだけど彼女の聞きたかったことは本当にこれなのだろうか。
その答えを聞いた彼女は笑顔ではあったけれど、それ以上話を広げなかった。私もそれ以上掘り下げなかった。
家で夫にその日の出来事を聞かせて意見を聞いてみる。私の考えすぎなのだろうか。
気になったならその場でちゃんと聞けば良かったのに、”高飛び”が海外へ逃げることを指す日本語だと知らず、言っている意味がわかりませんと上司に言い放ち場を凍らせた昔の記憶がよみがえって怯んでしまった。英語の意味を聞くより日本語の意味を聞く方がハードルが高い。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥だと思って聞いたのにその記憶は今でもこうして心をえぐってダメージを与えてくる。
出身地じゃない?
ね?やっぱりそう思うよね?!夫のその答えにとりあえずこの世に少なくとも1人は同じ物のとらえ方をする人がいたと安心して笑顔になる私。ひとりじゃないって心強いね。にっこり。
そんなことを考えながら、私は友人の知り合いであるその彼女の名前すら聞かなかったと気がついた。
…そこは聞きなさいよ、私。

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