なにかを誓ったことは覚えている
このアパートに引っ越してきて今年で7年になる。
ここの前に住んでいたのは半地下の部屋だった。夏はひんやり冬はほんのりあたたかいところは気に入っていたけれど、うっかり寝落ちしてハッと目覚めた時に今が昼なのか夜なのかもわからない、普通に起きたところで時計を見るまで一体何時なのかわからない、そんな薄暗い部屋に閉塞感を覚えて、私を地上に戻してくれと日当たりの良い今の部屋に引っ越してきた。
それでもはじめはここに長く住むつもりはなかった。
必要最低限の家具しか揃えなかったのは数年したら日本に帰国するのだという気持ちの表れで、極力物を増やさないように努めていた部屋は良く言えばシンプル、悪く言えば殺風景で、なぜかそこに夫の好きなスターウォーズの黒いマスクをつけたキャラクター(全長80cm)がテレビの横に立ちはだかっている…というチグハグ具合だった。折をみてシレッと彼を隣の部屋にしまってみても次の日にはまた夫の愛情を受けて定位置に戻され仁王立ちしてこちらを見ている。数回そんな攻防戦を繰り広げた後、私は彼を部屋から追い出すことを諦めて「他人と住む」ということを少しだけ学んだ。
***
この部屋に住み始めて数ヶ月経った頃、結婚することになった。
私たちの住んでいる所では小さくても”結婚式”を挙げないと結婚できない。しかし時はコロナ禍。両親を日本から呼ぶこともできないそんな状況で大きな式をしようとは思えず、私たちはこの部屋で小さな結婚式を挙げることにした。
そう。”結婚式”さえすればその場所はどこでも良いらしい。
大きな会場をおさえて立派な式をしても良いし、山の中で森林浴をしながらの結婚式もOK、ビーチでコスプレ結婚式の写真も見たことがある。花嫁がレイヤ姫で花婿がハン・ソロ、参列者もみんなスターウォーズのコスプレをしていてドレスコードのハードルが普通の結婚式の10倍高かった。さすがハロウィンガチ勢の国である。反対にパジャマで結婚したなんて話も聞いたことがあるし振り幅が大きい。
小さな式にすると決めていた私たちは夫:スーツ、私:きれい目ワンピースという ザ・無難 な出立ちでの結婚式となった。
部屋には法的手続きをしてくれるコミッショナーと証人2人に夫と私の5人だけ。それから以前攻防戦を繰り広げたスターウォーズの彼(全長80cm)にも仲直りのしるしとして参列してもらった。
式の終盤。誓いの言葉が私を疑心暗鬼にさせた。
式の前日に観た恋愛リアリティショーで花婿は花嫁を妻とすることを誓わなかった。それならもっと早く言ってあげてよ!と花嫁に感情移入した私はまさか夫も同じことをするのではないかとあろうことか式の最中(!)に想像してしまい、握り合っていた夫の手の中で私の手がじわりと湿っていく。
コミッショナーの復唱をする形でまずは私が誓いを立てる。緊張と慣れない英単語から自分が一体なにを誓ったのか覚えていないけれど、なにかを誓ったことは覚えている。
次は夫の番。たった今なにかを誓った妻から己の覚悟を疑われているとは露ほども思っていない夫は、コミッショナーからの問いに「I do(誓います)」と言ってはにかんだ。
***
あんなに殺風景だった部屋も今では小物が増え、植物が増え、色が増えてスターウォーズの彼(全長80cm)も馴染んでいる。
あの日「I do」と なにか を誓ったこの部屋を出て行く予定は今のところ、ない。

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