「西武が強かった」だけでは終われない。新庄監督の怒りに映った“チームの課題” 5/17 ファイターズ振り返り
日本ハムは3-6で西武に敗れた。西武は7回、岸潤一郎とネビンの2本の2ランで一挙4点を奪い、試合をひっくり返した。ワイナンスも2回裏の無死満塁を無失点で抑え、6回2失点と試合を作り、終盤には追加点も取った。
結果だけを見れば、勢いのある西武が勝負どころを逃さなかった試合だったと言える。
ただ、この敗戦を「西武が強かった」で終わらせていいのか。
ファイターズにも勝ち筋はあった。北山亘基は5回1失点と粘り、3回には上川畑大悟の適時二塁打、レイエスの適時打で2点を先制した。相手先発のワイナンスは簡単な投手ではなかったが、少なくとも序盤から中盤にかけて、ファイターズは試合の主導権を握る入口までは作っていた。
それでも勝ち切れなかった。最大の転換点は、もちろん7回表の4失点である。上原健太は2アウトを取った後、カナリオに二塁打を許し、代打・岸に逆転2ラン。さらに渡部の安打を挟み、ネビンにも2ランを浴びた。上原本人も、構えたところに投げられなかったことを反省している。試合を大きく動かしたのは、間違いなくこの回だった。
だが、新庄監督が試合後に示した怒りは、単に「打たれた」ことだけに向いていたようには見えない。監督は試合後、ミスが多すぎるという趣旨のコメントを残し、囲み取材を避けた。
逆転負けの日本ハム・新庄監督「ミスが多すぎて話す気にならない」試合後の取材は受けず広報通じてコメント 七回に上川畑が痛恨走塁死、反撃ムードしぼむ(デイリースポーツ) - Yahoo!ニュース
ここに、この試合の本質があるのではないか。
北山の一塁ベースカバーのリクエストは、判定の是非がSNS上で大きく語られた場面でもあった。
しかし、チームとして見るべきはそこだけではない。北山自身が、降板後にああいう部分を詰めなければ次の段階には行けないという趣旨で反省している。つまり、判定以前に、自分たちで防げた可能性のあるプレーだった。
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7回裏の上川畑の走塁死も同じだ。2-5と逆転された直後、万波の適時打で1点を返した場面。一走の上川畑は三塁を狙ったがアウトになった。森本稀哲走塁コーチは止めるジェスチャーを出していたものの間に合わず、次打者がレイエスだったことも踏まえて、結論としては止まる場面だったと説明している。上川畑本人も判断ミスだったと振り返った。
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このプレーを、上川畑個人のミスとして切り取るのは簡単だ。しかし、それではない。
上川畑が3塁を目指したことがあの時点でのファイターズというチームの回答だからだ。
問題は、走者、三塁コーチ、ベンチ、そして試合状況の優先順位が、プレーの瞬間に一致しなかったことではないか。あの場面で大事だったのは、三塁を奪う積極性よりも、攻撃を継続し、レイエスに回すことだった可能性が高い。実際に森本コーチの判断はストップだった。ならば、これは個人の暴走ではなく、チームとしての判断が最後の一瞬で揃わなかったプレーと見るべきだ。
この構図は、春季キャンプで新庄監督が口にしていた課題とも重なる。2月11日の《SHINJOの信条》で、新庄監督は中継プレーやバックホームの意識について、コーチの言葉が選手に伝わっていないという趣旨で厳しい言葉を残していた。あの時に問われていたのは、選手の技術だけではない。コーチが何を伝え、選手がその意図をどこまでプレーに落とし込めているかだった。
《SHINJOの信条》コーチがだらしない。コーチの言葉に力がないから、選手に伝わっていない | 道新スポーツ | DOSHIN SPORTS
そう考えると、今日の「ミスが多い」という一言も、単なる怒りではなく、チーム全体への問いに聞こえてくる。
西武は強かった。7回に長打で試合をひっくり返し、終盤に追加点を取り切った。そこは認めなければならない。ただし、ファイターズは力で完全にねじ伏せられたわけではない。
勝つための材料はあった。それでも、勝ち切るには細部が足りなかった。
一歩遅れる。
一瞬迷う。
止まる判断が届かない。
攻撃を継続すべき場面で、リスク判断が揃わない。
それらは記録に残るエラーではないかもしれない。だが、接戦を勝ち切るチームにとっては、勝敗を分けるミスになる。
今日の敗戦は、「西武が強かった」で終われる試合ではない。
強い相手だったからこそ、ファイターズ側の判断、準備、共有の甘さが浮き彫りになった試合だった。
新庄監督の怒りは、ひとつの走塁死やひとつのベースカバーに向けられたものではなかったのかもしれない。春から問われていた「伝わっているか」「共有できているか」「勝つための判断が無意識で出るか」。その課題が、公式戦の勝負所で再び表面化したなのかもしれない。
勝てたかもしれない試合を落とした。
だからこそ、ただ悔しいだけでは終われない。
この敗戦で問われたのは、個人のミスではなく、チームとして勝ち切るための判断基準だったのではないか。
