見出し画像

渇望、思慮深い人。

うすのろ日記 2026.7.30(木) prudent


最近、思慮深い人が好きになった。
それは、私に思慮深さがなくなってきたからだと思う。
先日、ものすごい思慮深い人に出会った。
出会ったというより以前から知ってはいたが、初めてお話をした。
ちょっとしたことにも考えを及ばせるのが容易な方だった。
例えば、目の前にお饅頭がひとつあったとして、「どうぞお召し上がりください」と言われたら、私なら「いただきます」と、ぱくりと食べてしまって「あぁ美味しい」で終わってしまうのだろうが、その人は四方八方から眺めて、これは誰が作ったのか、どういうところに気を遣って作り上げたのか….などと考えてから食べる人だった。
お互いに「美味しかった」で終わったとしても、私に残るものとその人に残るものの感情は違う。
そういうことを努力してやっている人はいる。
でもその人は努力とかではなく、それが普通なのだと言う。
最初は努力であったと白状されている。それが習慣となり、今では考えなくてもそれができるらしい。
その人を見ていると、私なんて何も考えていないに等しい。
そう思い知らされて3日目の今日。相変わらず何も考えていない私がいる。
安易に、あの人になりたい、あの人の脳みそが欲しいと思う。
それは役者としてか、演出家としてか、脚本家としてか、一般人としてか、何のためかは自分でもわからない。
ただただ今は、思慮深い人間に憧れる。

そうこうしているうちに、劇団では次回公演の稽古が始まった。
脚本担当助手として今回は入る。
台本を目で追いながら役者の動きを見ていると、どうもイライラしてくる。
演出家の指導も気に掛かる。
すぐに自分ならこうするのにとか思ってしまうからだ。
思慮深さが試される時でもある。
役者を360度方向から見てあげないといけない。
演出家の考えも360度見ないといけない。
イライラしている場合ではない。
今、「思慮深く、思慮深く...」と、お経のように唱えながら稽古場の片隅に座っている。

いいなと思ったら応援しよう!

イトカズ 読んでいただきありがとうございます。 書くこと、読むこと、考えること... これからも精進します。