探し物を見つけたくなくて。
うすのろ日記 2026.5.6(水) looking for something
ゴールデンウィークというものに飽きてきた。
これはなにも昨日今日飽きてきたというのではなく、もう数年前から飽きている。
私自身、毎年変わることないゴールデンウィークを過ごしているが、私以外の世間の方々もその人なりに変わらない過ごし方をしているようで、テレビ画面に映し出される行楽地の様子は、昨年も一昨年も5年前も同じである。
ひょっとしたら、5年前の映像を流していても気が付かないのではないかと思うくらいだ。
もちろん中には生活形態や事情が変わった方々もいらっしゃると思うが、いろんなメディアからの情報として入ってくるものは同じなのである。
みんな飽きないのだろうか。
*
今日が誕生日の友人がいる。
友人といってももう80歳を過ぎた方で、私との年齢差を考えると「友人」と呼ぶのはとても失礼なのかもしれないが、先輩と後輩、上司と部下、先生と生徒…他のどの関係性を模索しても、やはり『友人』がピッタリなのでそう思わせてもらっている。
毎年、バースデーカードを事前に送っている。
以前なら、届いたらすぐにLINEで「カードありがとう」と返信が来ていたのだが、2年前くらいからその返信が遅くなるようになった。昨年は誕生日から5日ほど過ぎた頃だったように思う。
さて、今年はいつ頃返信か来るのだろうか。
私は「ありがとう」の言葉が欲しいわけでも、返信が欲しいわけでもない。もうおわかりだろう…
彼女の身に何も起こっていないことを願っているのだ。元気だったら返信が来る。少し病を持っていたとしても遅れてでもLINEくらいは来る。
でも、いつまで経っても何も来なかったら…と、私は毎年気に病んでいる。
ご主人はもう亡くなられて、一人息子は離れて生活している。
ひとりっきりで東京に住んでらっしゃる。
どうか、返事を下さい。遅れてもいいから返事を下さいとしばらくは願うことになる。
*
大切な腕時計(母の形見)がなくなって2ヶ月ほどが経っていた。
最初は家の中を探してみたが見つからなくて、『もう母に執着するのはやめなさい。もう切り離してもいいんじゃないの』という、どこからか(誰からか)のお告げのように思って、それから探すのをやめていたのだが、さっきソファの隙間を掃除していたら、あった。
背もたれと座面の間の奥の方に挟まっていた。
「あれっ、あった」という感じで、探し物が見つかった時の喜びは不思議となかった。
『これからもこれを見て生きて行きなさい』というお告げかと思ったが、本当は私自身が『もういいんじゃない』と思っているのだと気がついた。


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これからも精進します。