あの日母になった私へ
母になったのは、まぎれもなく、あの日、
娘がお腹に来てくれたとき。
ほんの数ミリだった「たまご」が、少しずつ人のかたちになって、
こうして、隣にいる――
それは奇跡なんだと、しみじみしている夜。
妊娠したとき、成田空港でグランドスタッフとして働いていた。
シフトは不規則。
早朝4時からの勤務では、夜中2時には家を出る。
12時間労働、立ちっぱなし。
それでも、すべてはお客様のため、笑顔、笑顔。
夜会巻き、スカーフ きりり、今日もターミナルを駆け抜ける。
一方、キラキラの裏側。
ゆらりゆらり、悪阻。
MAAS pax…WCHR pax…
アテンドして欲しいのはこっち、me。
わたし、Special Assistance pax。
そんなとき、お腹をそっと撫でると 不思議と力が湧いてきた。
そう、わたしは今 ひとりじゃない。
「妊娠中は歩いた方が良い」
この言葉を鵜呑みにした結果だろうか。
いや、にしても空港中 歩きすぎたかな。
妊娠8か月、「切迫早産」。
「里帰り希望」、と伝えたら
子宮頚管が短く、いつ生まれてもおかしくない、
「その足で新幹線に乗りなさい」と。
不安な中、ひとり(+ひとり)で新幹線にて帰省。
次の日、近所の病院で診てもらうと、
総合病院に緊急入院。
あれよあれよと入院生活がはじまった。

はじめての入院生活。
点滴、絶対安静、トイレ以外動いちゃだめ。
トイレで力むのも気を遣う。
薬漬け。
あーあ、健康的な食事に気をつけていたのにな…。
楽しみは一日3度の食事+おやつ。
21時消灯。
これの繰り返し。
身体が疲れていないので、結果、不眠となる。

【本の虫‥】
絶対安静を言い渡されもっぱら読書に勤しんでいます。
今読んでいるのは左岸と右岸。どちらも好きな作家で、発売後すぐに購入・読破しましたが、時間があるのでもう一度読み直しています。
読んだのは4年ぶりほどで、当時は何も思わず読んでいたものの、成田空港やら恋愛模様やら、、関東に行ってからの自分に重なる部分が多くあり、なんとなく当時の自分にその後を予言されていたようで読んでいて少し怖くなりました、、。
人生におけるいくつかの死や別れを1つの軸に「変化に恐れずに前に進む」というのがこの本のひとつのテーマであり、不器用ながらも生きる主人公たちがありありと描写されています。
退院までにあと何冊読めるかな‥w
そして運命の日。
う、う、生まれたー❣

2884グラムの女の子です🐰
病院に着いてから2時間のスピード出産😱✨
切迫早産でどうなるかと思いましたが、なんとか39週までお腹にいてくれて、本日無事に出産となりました🐱
この後すぐに朝食を食べた私、タフ。
会陰切開も、言わばシラフの状態でないので、わりと平気だった。
「縫いますよ~」「はーい!」てなノリだ。
可愛さにかまける間もなく、お世話が始まった。
出産も痛かったが、
麻酔が切れた後の、トイレ、尋常じゃない。
眠い、休みたいのに泣く赤子。
出産したはずなのになぜか減らない体重。
妊娠中ももちろん、いつも娘を気にかけていたが、
生まれてからというもの、さらに拍車がかかった。
寝ているときも、ちゃんと息をしているかどうか、
栄養は足りているかどうか、寒くないか、暑くないか、おむつは濡れていないか…
なんだか、神経質になった。
結果、産後鬱、多量の抜け毛。
離乳食も大変だった。
時間をかけて作っても、手づかみ、ぐしゃぐしゃ。
食べているかと思えば、投げているだけ。
食事準備→一瞬で投げられる→片付け・雑巾がけ。
これが1日3回。
ずっと付きっ切り。
好き嫌いも半端ない。
麺、パン、ごはん…なんだ、白いものしか食べないのかい。
ある日、そんな娘は貧血となり倒れたのであった…

今は好き嫌いなし、
「ママちゃんの料理大好き」なんて言ってくれる可愛い娘だが、
いろいろ食べるようになったのは、わたしの力ではない。
保育園のお陰だ。
それなら早く保育園に入れればよかった、と今では思うが、
それも当時は不安で不安で仕方なかった。
保育園で何か事故や事件があったらどうしよう、
こんなに小さい子を預けるなんて、
わたしはダメな母親かしら…
3歳神話は本当かな…
不安、とにかく、不安。
🌸 当時のわたしへ
そんなに不安にならなくても大丈夫、
あなたがやってきたことは、間違いもあるけれど、
全体的には間違っていないよ。
この前、小学校の面談で先生に言われた。
「今までの子育ては、成功だと思います。
どうかこれからも、愛情いっぱい、育ててあげてください。」
まさかそんなことを言われるとは思っていなかったので、
思わず涙腺がゆるんだ。
習い事はもちろん、
これまで娘には、
目先の知識だけではなく、
逞しく、
生きる力を身につけた子どもに育って欲しい、
色々なことを体験して欲しい、
たくさんの幅広い年代、
老若男女問わず、
そして色々な国籍の方々とも関りを持って欲しい、
と思い過ごしてきた。
娘と2人。
殻に閉じこもるのではなく、社会に出ようと思った。
わたしだけの力では、到底育てられない、と早期に思ったからだ。
今でも広報などで地域のイベントも片っ端から調べ、
積極的に参加している。
子ども食堂にもずいぶんとお世話になった。
ママ友、居場所がたくさんできた。
これから成長していく中で、
未知のことや新しい課題がたくさんあるだろう。
でも、この子と一緒ならきっと大丈夫。
あなたは、この子の母親になって、良かったね。
また何かで不安になったら、
どうかそのときは
母になった日のことを思い出してね。
mana✿
