覚悟決まってる系女子
ちちうえを思い出す。その最期の言葉を。功利主義を憎みながら、功利主義に縋らなければならなかった男の哀しみを。
シャーリィは、しかし首を振った。
――だからこそ、立派じゃなくなる時間が、母上には必要なの。母上はね、政務が終わるとすぐダメになっちゃうの。ごろごろしながら、わたしや姉上やリーネに構ってーって視線を向けてくるの。
「な、なんという……」
色々と衝撃的な母親像だった。逆じゃないのか。親が子に甘えるなんてことがあっていいのか。
――姉上は、あんまり甘やかすなって言うんだけど、でも結局いちばん甘やかしているのは姉上かな。あ、これ、本人には内緒ね。
くすくすと剥き出しの肩をゆする。
――わたしもそう。なるべく母上にひっついてあげることにしてるの。そしたら目に見えて機嫌がよくなるんだもん。こっちまでうれしくなっちゃう。
少々変わっているが、これも親子の絆の、ひとつの在り方だろうか。
――だからね、フィンくんのおかあさんも、寂しかったんじゃないかなって、ちょっと思ったの。
「え……」
ははうえが、寂しがっていた?
――そしてそれは、フィンくんもそう。
「そんな、ことは……」
言いかけたフィンの脇腹を、繊細な指が這い回った。
――こちょこちょこちょ~。
「あ、やっ、ふふふ、あははははっ! い、いきなりにゃにするでありますか~!」
やられっぱなしはなんだかくやしいので、フィンもシャーリィの脇腹をくすぐり返した。
姫君は体をうねらせて逃れようとするが、狭い寝袋の中では逃げ場などない。しばらく二人でくすぐり合いの根競べが続いた。
やがて息の上がったシャーリィが、ごめんごめんもうむり、と囁きかけてきたので、フィンはそれ以上の攻勢には出なかった。負けを認めた相手に追い打ちをかけるなど、戦士にあるまじき行いだ。
勝利の余韻に、むふー、と小鼻を膨らませていると、少し上気したシャーリィの顔が近づいてきた。ほんのりと色づいた彼女の貌は、畏怖を覚えるほど美しい。達成感は一瞬にして吹き飛び、なんだかとても不敬なことをしてしまったような気がした。
――ね、楽しかった?
いたずらっぽく聞いてくる。囁き声に、少し湿り気があった。
フィンは、まごまごとした。
頬が少し熱くなるのを感じながら、頷いた。
――わたしもっ。
ぎゅーっと抱きしめられた。柔らかで滑らかな感触が、フィンを優しく包み込んだ。
――ね、フィンくん。こういうのがこの先ずっと、ずぅーーーーっとつづいても、わたしはいいかなって思ってる。
「え……」
――もちろん、フィンくんの考えもあるから、無理強いはしないけど、これがわたしの気持ち。それだけは、心にとどめておいてね?
フィンは、答えられなかった。
あまりにも慮外な言葉だったから。
自分たちがいるせいで、子を成すチャンスを失うかもしれないということを、彼女は理解しているはずなのに。
フィンは、ゆっくりと首を振った。
「お気持ちはとても嬉しいであります。小官もシャーリィ殿下とずっと一緒にいられたら、すっごく楽しいと思うであります。でも、でも……小官には責務があるであります。それを投げ出すことは、軍規上許されていないであります」
じっとそれを聞いていたシャーリィは、目尻を下げた。長い耳もしょんぼりと垂れ下がる。
しかし、すぐに柔らかく微笑んだ。
――うん、わかった。でも、気が変わったらいつでも言ってね……
フィンを抱き寄せ、額同士をこつんと触れ合わせる。
――わたしの気持ちは、変わらないからね……ずっと、ずっと……
その穏やかな無声音に包まれて、フィンはゆっくりと眠りに落ちていった。
●
目が覚めた時、シャーリィは忽然と姿を消していた。
「え……?」
最初は、先に起き出しているだけかと思った。
そうではないのに。
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