ジャンル違いどもの狂宴 #2
生物なのか? 人工物なのか? 装甲の表面には、邪悪にのたうつ何らかの文字か紋様が刻み込まれており、恐らく人の手は入っているのだろうと思われが――少なくとも総十郎の知るいかなる技術体系とも異なる叡智の産物であることは疑いようがなかった。
その足元には、小さな人形が三体、おもちゃのような剣を振り回している。
いや――違う。人形ではない。おもちゃではない。エルフの騎士が、必死に〈虫〉の注意を引き付けようとしているのだ。
あまりにもサイズが違いすぎて、牧歌的な錯覚をしてしまった。
――だが、どうする?
あのサイズの機甲兵器を撃破した経験は総十郎にもある。だがそれは、事前に内部構造を調査済みであったがゆえの勝利だ。制御系の位置も動力源の位置も不明では、いかに物質透過の太刀を振るえど仕留めるのは難しかろう。大火力で一気に消し飛ばす術式も使えはするが、かなりの大儀式になる。すぐには発動できない。結局のところ総十郎の戦技は対人戦に特化しているのだ。
三人のエルフ騎士は、〈虫〉を取り囲むようにして、それぞれ剣を構えている。しかし、高速で振り回される巨大な鉤爪に阻まれ、思うように動けていない。
というか、図体のわりに〈虫〉の動きが速すぎる。
矢継ぎ早に繰り出される斬撃刺突を、転がるようにしてやりすごすのがやっとのようだった。
だが――騎士のひとりが節足の戻りを掴んだ。
「おぉ――!」
引っ張られるように〈虫〉の胴体へ飛ぶ。
勢いを剣の切っ先に乗せ、黒い装甲に覆われていない部分へ流星めいた刺突を解き放った。
硬質の悲鳴。砕け散った剣が、きらきらと光を乱反射する。
「な……!」
騎士の顔が強張った。
直後に節足で薙ぎ払われた。
「しまっ――!」
「はいはい、ちょっと邪魔すんぞ」
騎士の胴を両断せんと振るわれた節足が、なんかぞんざいに掴まれて止まった。
逆の手で耳の穴かっぽじりながら、黒神烈火がそこに立っていた。
「レッカどの!? 危険です! お下がりを! 客人を矢面に立たせるわけには――」
「おめーらもモヒカンどもと一字一句同じこと言ってんじゃねーよ! ちょっと見てろこの超天才の超天才ぶりを!!!!」
「いや、あの存在にはいかなる攻撃も効かぬのです! 勇気と無謀をはき違えては――」
「はいはいわろすわろす」
ずいと歩みを進める烈火。
〈虫〉と対峙する。
――これは……どうなる!?
総十郎は烈火の力量を疑ってはいない。だが、相手があまりに得体が知れなさすぎる。
ヴォルダガッダとはまったく異なる気配。視界に入れているだけで脳髄を害されそうな、悪寒とも嫌悪ともつかぬ存在感。
存在の、質の、断絶。
たとえばエルフとオークであれば、それらがひとつの光景の中に居合わせたとしても、「あぁ、戦っているのだな」とすんなり納得することができる。だが、あれはそういう理の外にある存在だ。
あれを中心に、世界を律する法が、捻じれ、歪んでいる。
巨大な節足がワキワキと動き、烈火に向き直る。巨体に似合わぬ俊敏な動作だ。
そして、
〈特異点存在を確認――〉
「あー?」
――喋った!?
老人と、子供と、男と女が同時に喋っているような声だった。
だが、空恐ろしいまでに感情の欠落した口調であった。
頭部から生えた触手が振り向けられ、先端についた脂肪の塊が蠢く。
烈火を、探査しているのか。
〈測定罪業値:知的生命に対する看過しえぬ大量虐殺により522オーバー。罪障滅除プロトコルに基づき封印術式を三號まで解除〉
装甲が割れ、内部からサブアームが展開した。その先端には花の蕾めいた構造物が現れる。多肉植物のような質感の蕾が、粘液を引きながら花開き、黒い薔薇のような大輪の花を咲かせた。
瞬間、薔薇がヴン、と唸りを発し、濃い紫色の光の剣が伸びた。
その数、八振り。固体と見紛うような密度で、馬上槍のような形状を形作っている。黒い人魂のようなものが無数に刀身の周囲を巡り、唸りとも苦悶ともつかない禍々しい絶叫を放っていた。
二つの関節を備えたサブアームが、揺らめきながらも光剣の切っ先を一斉に烈火に向ける。
世界を律する法の歪みが、圧力を伴って周囲に吹き付ける。故郷の世界で体感したリュングヴィ・ガリギュラヰザアの神域と同じであったが、変化の方向は真逆であった。エルフたちがひとつ大きく痙攣し、次々とその場に崩れ落ちてゆく。異界の法はなおも広がる。それは虚無であった。それは穢れであった。それは罪業であった。それは血涙であった。それは縫い留められた黒き揚羽蝶の絶望であった。それは死をもってしても償いきれぬ罪業を背負いし幼き魂の物語であった。
欠片も意味の分からぬ言葉が、滾々と胸の裡より湧きだしてくる。だが――総十郎は不思議と確信した。この言葉こそが、あれの本質を正しく示すものなのだ、と。
あれはよくないものだ。とてもとてもよくないものだ。
――なるほど、実に興味深いな。
総十郎の頬に、艶やかな笑みが浮かぶ。神韻軍刀の鯉口を切る。
物足りぬ、と思っていたところだ。オークの中でも最強と思われるヴォルダガッダですら、総十郎にかすり傷ひとつつけることはできなかった。あれが今回の召喚の最大の脅威なのだとしたら、実にやりがいがない。
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