彼らの真(マコト) #3
「つまり、どの樹齢層も関係なく、同じものを見て、同じ精霊力の流れを呼吸してゐるということだ。ところが、我々が年齢によって物事の感じ方が異なってくるように、森の木々も樹齢によって霊的な感受性は異なってくる。このズレが重要である。三つの樹齢層それぞれに独自の精霊力網を構築させ、それぞれに情報を処理させる。無論、それぞれの集団の処理能力は以前の三分の一ということになり、一見するとまったく意味がないのであるが――」
「――樹齢間の感受性のズレから生じる判断の相違が、偶然を浮かび上がらせる」
「さよう。感受性のズレという不協和音を与えられてなお、三集団に共通して成された判断は、「無意味な偶然」ではない可能性が極めて高い。これのみを重要な事物として学習してゆけば、森の意志はいずれ素早く柔軟な判断が下せるようになってゆくであろう。」
「偶然として切り捨てられたもののなかにも真実は含まれているはずだ。そんなことで適切な学習ができるものか」
「そこは今後の課題であるが、対処法はすでに思いついておる。集団をさらに細分化するのだ。今は時間が全くなかったので、判断主体を三つに分けるだけで精いっぱいであったが、十でも百でも、いくらでも多数の樹齢層に分けることはできよう。百の集団それぞれに処理をさせれば、非常に正確な偶然の識別が可能になる。皮肉にも、これは御身らが王都を制圧して精霊力網から切り離したことではじめて可能となった方策である。無数の木々が得たすべての情報を、王都の幽骨構造が一元的に処理していた以前の仕組みでは不可能であった。ゆく/\は、我々常命の者よりもはるかに高い知性と判断力を獲得してゆくことであろう。」
「貴様、それはつまり、文字通りの意味で神を造ったと言いたいのか……!?」
「そこまで大袈裟なものではない。が、ヱルフの護り手として、ずいぶん頼もしくなったとは思わぬかね? 見たまえ、森の意志は自らの歪律領域の圧を高め、煉獄滅理に抵抗しようとしてゐる。素早く、的確な対応だ。以前までは考えられなかった判断の速さである。」
「圧倒的な知性を得た森の意志が、これまで通りエルフを守り続ける保証がどこにある……!?」
「さよう。未来はわからぬ。だが、このままの状況を維持し続けては破滅は免れぬ。さりとて善良さを捨てさせるのは忍びない。ならば「わからぬ未来」に賭けてみるのは至極妥当な判断である。とはいえ、小生としてはさほど分の悪い駆けではないと考えておるよ。我々とは異なり、森の意志は動物的な欲求を持つことなどない。動物ではないのだから当然であるな。ゆえに我々と同じレベルで利害の不一致など起こすはずもなく、どれだけ悲観的に見積もっても森とヱルフが敵対関係になる心配だけはないであろう。」
「善良さがそこまで大切か!? それはぬるま湯の環境で甘やかされた結果の、単なる弱さではないのか!? 甘やかすことが愛なのか!? 貴様も人族の端くれならばわかるであろう! 生きるとは戦いだ。ままならぬ状況の中で苦しみながら足掻くことによって、人族は絶えず前進している! 同じ強さを得てほしいと願うのがそんなに外れたことか!?」
「……否、そうは思わぬよ。御身の主張もまたひとつの答えではあるのだろう。小生自身、自らの行いの正しさを確信してゐるわけではないのだ。だがな、ギデオン・ダーバーヴィルズどの。社会に「あるべき姿」など存在しないと、小生は考えてゐる。どのような形であれ、長く存続することと、構成員が幸福を感じてゐること。この二点だけが社会を評価する基準なのだと思うのである。自らの苦闘の結果として勝ち取った幸福と、慈悲深き神に与えられた幸福。この二つに貴賤はない。幸福であるかどうかが重要なのであって、苦しんだかどうかを重視するのは手段の目的化にほかならぬ。」
「――駄目だ!」
ギデオンは、苦悶の面持ちで頭を押さえながらも、総十郎を睨みつけた。
「貴様は正しい! だが承服できぬ!」
美貌の書生は、厳かにうなずいた。
「……そうだな。小生が述べてゐるのは単なる理屈に過ぎぬ。御身の反発も、ある程度は理解できてゐるつもりだ。ところで、ギデオンどの。突飛な話であるが、小生はこゝ以外にも、三つの異世界を渡り歩いた過去を持つ。そしてさまざまな社会と触れ合ったものであるが――どこの世界の、どのような国家、どのような共同体、どのような経済圏も、オブスキュア王国ほど安定し、完成されたものはなかった。この森は、本当に、まったく、奇跡のように完璧な理想郷なのである。手折るには希少すぎ、美しすぎる花である。エルフの人々の温かさと朗らかさが小生は好きだ。悠然と流れる時間と、それに根差した文化と宇宙観に、小生は敬服の念を惜しまぬ。ゆえに、守りたいと願ったのだ。」
「女たちの涙を前提とする理想郷など受け入れられぬ。貴様とは相容れぬな」
「で、あるか。是非もなし。その上で、小生も真を謳おう。ここまで長々と述べてきたのは単なる主義主張に過ぎぬ。小生が赫々たる意志をもってこの場に立ってゐる理由は、もうひとつある。」
ゆっくりと、神韻軍刀の鯉口を切った。
そして一段低い声で言う。
「御身――フィンくんの心を壊したな? あの、生きる道と救いの乖離に苦しむ無垢なる魂を、何の慈悲もなく踏みにじり、殺したな? 彼に何を言ったのかは、おおかた察しがついておる。――到底許すわけにはいかぬな。友をここまで惨たらしく傷つけられて、なお相手を許すなど、大和男児としての誇りを喪うに等しい。後悔してもらうぞ、怨霊が。」
「たかだか出会って一ヶ月やそこらの縁風情が、私の数百年の妄執に牙剥こうとはな。ずいぶん大きく出たものだ、若造。いいぞ、そちらの理由の方が私好みだ。来るがいい。付け焼刃の怨念がどの程度のものか、この剣で確かめてくれよう。我が名はギデオン・ダーバーヴィルズ! 貴様の怨讐を飲み下す厄災なり!」
「――〈神韻探偵〉鵺火総十郎。この異邦の地で出会った小さき友を救えなかった我が身の不甲斐なさを、今こゝで清算しよう!」
二者は得物を構えた。
交渉は、決裂した。
●
フィン・インペトゥスは、王都シュペールヴァルクを囲む湖の岸辺にて、ひとつの影と相対していた。
思わず、頬が緊張で引き締まった。お姫様抱っこしていたシャーリィを丁寧に降ろし、背後に庇った。
銀髪の少年が、穏やかな目でこちらを見ていた。白いローブはもはや身に付けていない。非常に近代的な服を着ている。
どこか透徹した眼差し。
その端正な口元が、ふわりと微笑んだ
「……ありがとう、シャーリィ殿下」
背後で、姫君が息を呑むのを感じた。
「フィンくんを、救ってくれたね。ありがとう。本当に感謝している」
見抜かれている。彼のこの異常な眼力は、いったい何なのだろう。
「そしてフィンくん。いい顔をするようになったね。君が笑いたい時に笑えて、泣きたい時に泣ける。そんな風になってくれたことが、僕はとてもうれしい」
「あ……その……ぼく……」
「うん?」
「ぼく、あなたとは戦いたくないであります……」
「ふふ、僕もまったく同じ気持ちだよ。君が僕をそんな風に思ってくれることが、うれしいけど、哀しいな」
こちらもオススメ!
いいなと思ったら応援しよう!
小説が面白ければフォロー頂けるとウレシイです。