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かいぶつのうまれたひ #1

  目次

 ダンボール箱に入っていた。
 ひろってください、などと紙が張ってあった。
 あまつさえ、「みゅう、みゅう」と保護欲を刺激されること甚だしい鳴き声を上げていた。
 ……つまるところ。
 霧沙希藍浬は登校中に二匹の小動物を発見したのである。
 時刻は、早朝。いまだに太陽の熱気が押し寄せる前。大半の人間はまだ眠っているか、目をこすりながら朝食を用意している時間帯。今日は期末試験の日なので、いつもよりさらに早めに教室に入って試験範囲をひととおりおさらいしておこうかと思ったのだが――
 思わぬものに遭遇した。
「……」
 藍浬は無言でしゃがみ込み、二匹を間近で見つめる。
 それらは、同じ種族の二匹ではなかった。
 一匹は子猫。さっきからしきりに鳴いているのはこちらである。白と黒の縞模様が目に鮮やかな、アメリカンショートヘアーであった。タレ目がちな目つきが何とも哀愁を誘う。
 一匹は子兎。真っ白い体毛と、澄んだ紅玉の瞳が、印象的なコントラストを奏でている。「ちぃ」とも「みぃ」とも「ひでぶ」とも鳴かず、じっと藍浬を見据えている。
 二匹は寄り添うようにして体を丸くしていた。早朝とはいえ七月の中ごろだ。寒いということではないだろう。
 心細さゆえか。
 世界という名の茫漠たる荒野を前に、途方に暮れているのか。
 そして何より――
 彼らは愛くるしかった。可愛い盛りであった。おそらく毛が生え揃ったばかりの赤ん坊なのだろう。手足は短くぶっとく、目はつぶらで、毛並みは綿菓子のようだった。
 大抵のことには動じない広大な精神を持つ藍浬だが、この二匹を前にするとさすがに頬がほんのり桜色に染まる。
「うーん、凶悪……」
 二匹を驚かさないよう、ゆっくりと手を伸ばした。
 右手に子猫を。左手に子兎を。お腹の下にそっと手を差し込んで、持ち上げた。
 掌に胴体が収まってしまう小ささを、実感する。
「うわぁ……うわぁ」
 思わず華やいだ声も出てしまう。
「……っと、いけない」
 我にかえって首をふるふるふる。漆黒のセミロングが滑らかに波打つ。
 可愛いからと言って深く考えもせずに拾うのは無責任と言わざるを得ない。
 藍浬は自分の家庭環境を思い出す。
 ――住居。
 山奥の一戸建て。広さは十二分。しかも持家だからペットに関する規制は特にない。
 ――経済状況。
 出所は藍浬にも不明だが資産家。猫と兎ごとき楽勝で養育可能。
 ――家族。
 姉が一人だけ。別段動物嫌いではないしアレルギーも持っていない。
 ――そして、自分。
 わたしは、この子たちのお母さんに、なれるだろうか?
 正直わからないが、とりあえず学校が終わったら本屋に寄って兎と猫の飼い方について調べてみよう。
 藍浬はひとつ頷くと、目の前に二匹の顔を持ってくる。
「……ね、わたしの家族になってくれる?」

 子猫は「たーくん」、子兎は「あっくん」と名づけられた。

 ●

 ある朝、諏訪原篤が異様なる夢より目覚めると、彼は己の頭からウサ耳が生えていることを発見した。
「ふむ……?」
 鏡の前で己の姿をしげしげと眺めながら、彼はしばし黙考する。
 ――これは何だろう?
 頭の上でピョコピョコと可愛らしく動く、白くて細長い耳。
「んんー……」
 寝ぼけた頭で昨日のことを思い出してみるも、特に変わったことはなかったような気がする。
 ――はて、なぜこんなものが?
 おもむろにウサ耳を掴んでみる。驚いたことに、掴まれた感触があった。
 引っ張ってみる。
 けっこう痛い。
 少なくとも髪の毛を引っ張られるのよりは痛い。
 つまり、これは付け耳でもなんでもなく、本当に己の頭から生えているのだ。
「不思議なこともあるものだ」
 ぽつりと呟くと、篤はいつものように歯磨きと洗顔を済ませ、制服に着替えた。
 今日から一学期の期末試験が始まる。
 気を引き締めねばなるまい。一ヶ月の入院生活が得点に響かなければよいが。
 洗面所から出ると、ちょうど霧華が寝ぼけ眼を擦りながら階段を下りてくるところに出くわした。
「ふぁ……おはよ~、兄、き……!?」
 足を止める霧華。
「うむ、おはよう」
 その前を悠々と横切る篤。歩行に合わせてウサ耳がピョコピョコ揺れるので大変かわいらしい。
「えっ、ちょっ……えぇ!?」
 階段を三段飛ばしで下り、篤の背後へ駆けつける霧華。
「あ、兄貴!? ちょっ、それ、何の冗談よ!?」
「うむ、眼が覚めたら生えていた。原因は不明だが、日ごろの行いが良かったためだろう」
「兄貴的にはうれしいことなわけ!?」
「やらんぞ?」
「いらんわ! 何の罰ゲームよ!」
 篤は目を伏せて、ほんのわずかに微笑んだ。
「フ……霧華にはまだちょっとわからない世界かもな」
「いやいや! 何その大人になればわかるよみたいな言い方! わかんないよ! いくつになってもわかんないよ!」
 そこで霧華は何かに気づいたのか、さっと顔色を青くさせる。
「……っていうか、あのー、兄貴? まさかその格好で学校に行くつもりじゃあ……?」
「何を言っている。行くに決まっておろう」
「やめて! お願いだからやめて!」
 なぜか涙目で腰にしがみついてくる霧華をとりあえずスルーしつつ、篤は朝食を作るために台所に向かった。

【続く】

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