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神薙のロリコン

  目次

 総十郎は、目の前の異様な光景に眉をひそめる。
 見るのはこれが初めてというわけではないが、いやはや、なんとも現実感のない眺めである。
 森が、唐突に終わっていた。
 ふつう、植生の変化というものはもっと緩やかに移り変わってゆくはずだが、この場に限っては違うらしい。
 苔に覆われた翠色の理想郷が、ある線を境に赤錆びた荒野に切り替わっている。
 第三都市ヘリテージからまっすぐ南下した先にある、王国の南端。
 砦としての機能を有する巨樹のバルコニーから、総十郎は〈化外の地〉を眺めていた。

 ――あの線を境に、世界ののりが変わっておる。

 野蛮、渾沌、破壊、殺戮。そうしたものを助長する瘴気。
 オブスキュア王国を包む慈悲と豊穣の法とは真っ向から矛盾する凶気の領域。
 そのせめぎ合いが、この唐突な環境変化を生んでいるのだ。
 右肩に座っている戦術妖精〈エンヴィー〉が、微かに恐れの混じった目で総十郎と同じものを見ている。

「ソーチャンさま、準備が整ったわ。祭祀たちは準備万端。攻性しめ縄もすべて設置完了よ」

 後ろから、第二王女シャイファがやってきた。

「かたじけない。王国の方々の全面協力のおかげで、どうにか間に合いそうである。」
「そ、そんなの当り前じゃない。その、お礼を言うのはこっちのほうっていうか……」
「それでも、ありがとう。こゝまで小生を全面的に信頼してくれるとは考えておらなんだ。やはり、ありがとうと言わせてほしい。」

 総十郎が朗らかに微笑むと、シャイファは尖った耳の先まで赤くなった。

「もうっ、ばかっ」

 ぷい、とそっぽを向く。

 ――ふぅむ。また加減を誤ったな。

 婦女を不用意に動揺させるのは本意ではないのだが、どうにも感謝を伝えようとすると微笑みながら優しく声をかける以外の方法が思い浮かばず、結果としてまたしても相手の心臓に余計な負担をかけてしまうのであった。人と接すると言うのはかくも難しいものである。
 さておき。
 〈鉄仮面〉の撤退以降、総十郎はオブスキュア王国の霊的要塞化のために三つの備えを行ってきた。
 そのうち、最も規模が大きく、エルフたちの協力が必要不可欠であったまじないがこれである。
 森の外周をことごとく結界で囲み、内部を障魔の存在できない仏法修法の世界と成す大儀式。発動すれば、幽鬼王レイスロードの不死眷属に対して絶大な威力を発揮する。言うまでもないことだが、森すべてを結界化するなど前代未聞の規模である。通常は祓う領域をしめ縄で囲む手法がとられるが、さすがに神州大和に匹敵する面積の王国を囲む長さのしめ縄など用意できるはずもない。
 しかし、そもそもしめ縄とは「こちら」と「あちら」にわかりやすく区切りを入れるために用いられる呪具である。今回の場合、森と〈化外の地〉の間にある異なる法のせめぎ合いによって、境界はこの上なくはっきりとしている。術式に多少のアレンジを施すことで、国土の結界化は可能であると総十郎は見ていた。

「――ではこれより、禁厭法を執り行う。〈エンヴィー〉くん、中継を頼むよ。」

 手のひらサイズの女の子はこくりと頷くと、翅を震わせて空中に静止した。

「あー、あー、祭祀の皆様方、聞こえるであろうか。」
〈うわ、すごい! ほんとに聞こえる~!〉
〈きゃっ! もう、この子いつの間にか服の中に入り込んでいますわ……〉
〈はぁい♪ 聞こえますよソーチャンさま〉
〈こらも問題ない。風などの余計な音は伝達されないことに脱帽〉
〈この子かわいいっ! もって帰っていいですかぁ?〉

 即座に〈エンヴィー〉の翅を通じて、遥か遠くの砦樹に待機していた五人のエルフ祭祀から喧しい反応があった。
 王国を囲むように配された砦樹すべてにしめ縄を巻き、結界の要としていた。
 フィンより戦術妖精七名を借り受け、七人の術者が同時に神言を唱和、もって霊威灼たかなる異界を誕生させるのだ。

「うむ、持って帰ってよいかは彼らの指揮官たるフィン・インペトゥス准尉に伺いを立てるのがよろしかろう。さて陛下、シャーリィ殿下の準備も完了されたであろうか。」
〈この子も問題ないと言っているわ、ソーチャンさま〉

 女王シャラウの声も聞こえてきた。
 第三王女シャーリィは王城に座し、今回の大儀式の要となる。
 彼女に宿れる神統器レガリア、〈哀しみよりも藍きものセルリアン・エフェメラル〉は花冠を模した優雅で可憐な装具である。
 通常の魔法行使では時間がかかる魔力と精霊力の変換工程を、一瞬で終わらせる権能を有する。

「うむ、大変結構。さて、各々方、本日はご協力に感謝する。森の精霊力と常日頃交感している御身らならば、小生必ずや成功すると確信しておる。それでは準備はよろしいか。」

 六人がそれぞれ肯定の言を返してきた。

「よろしい。では浄心のまゝ目を閉ざし、小生につゞいて神言を詠唱していたゞきたい。」

 ひとつ咳払い。
 そして二拝二拍手。音が世界に染み入ってゆく。
 総十郎は、目を閉ざした。

「――布瑠部ふるべ由良由良ゆらゆら布瑠部ふるべ。」

 その声が大気に溶け、世界のありようが、どこか厳かなものへと変わっていった。

【続く】

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