さよならの約束
――つまり、シャーリィ殿下は、もう……
魔力がない者に、出産の許しなど出ようはずもない。
「夢、なのです。オブスキュアに生きるすべての女は、自らの子を抱き上げる瞬間を待ち焦がれている。この気持ちを、どう説明したものか。……そうですね、エルフの死因の最上位を占めるのは、病気でも怪我でもありません。自殺です」
「……なに。」
「一人のエルフが何らかの原因で命を落としたとします。すると、その者の母や、そのまた母、さらに上の母すべてが、自らの嗣子を喪った悲しみに耐えることができず、次々と後を追ってしまうのです。女たちにとって、我が子との繋がりはそれほどに深く強い。わたしはいまだ子を成す許可のおりない若輩者ですが、それでもシャーリィ殿下を見ていると、たまに愛おしくてしょうがなくなるときがあります。きっとこの気持ちに似ているのでしょう。その、遠い未来にかける望みが――あの方からは喪われてしまったのかもしれない……」
フィンと、総十郎は、何も言うことができなかった。
●
微かな虫の音と、夜風に揺れる枝葉の遠いざわめきが、静かに一行を包み込んでいた。
フィンは寝袋の中で、まんじりともせずに目を開いていた。
烈火のいびきに紛れて、他の三人の寝息がかすかに漂ってくる。
眠れなかった。
昼間に意識を失ったせいもあるだろうが、リーネの話を聞いた後ではどうしても眠ることができなかった。
自分たちがこの世界に来たせいで、シャーリィ殿下は未来の希望を奪われた。
それが、エルフの女性にとってどれほど重いことなのか、フィンには想像することもできない。
寝袋から抜け出して、夜気に身をさらした。
ひんやりとしているが、不思議と寒いとは感じない。
そばで揃えてあった軍靴をはき、フィンはシャーリィの寝袋へと向かった。
姫君は、目を閉ざしている。黄金の睫毛に煙る目元には透明な雫が溜まっていて、今にも零れ落ちそうだ。
哀しいほどに、美しい寝顔だった。
その枕元に膝を下ろす。
「……シャーリィ殿下」
起こさないよう、フィンは囁きかけた。
「王国の危機をどうにかしたら、小官はすぐに元の世界へ帰るであります」
言って、自分の言葉に慄然とした。
肺腑が震える。呻きをこらえる。
そうして、ようやく自らの浅ましい怯懦を自覚した。
「……っ、だ、だから、どうか、泣かないでください……殿下が泣いていると、小官は悲しいであります」
帰りたくない。
ずっと、この暖かい人たちと、優しい世界に包まれていたい。
「……きっと大丈夫であります。小官たちが帰れば、魔力は元に戻るであります……っ」
怖い。カイン人が怖い。
きっと勝てない。また大切な人たちが殺されてしまう。
嫌だ。嫌だいやだいやだ。
「だから……何も……心配いらないであります……いつか、かわいい赤ちゃんを抱き上げられる、そんな日は、きっと来るであります……」
叫びだしたい心を、戦士の規律で踏みにじった。
そうだ。許されないことだ。自分はここにいるべきではない。わかりきったことである。
「遠い、異邦の地で……小官はそれを祈っているであります……っ」
泣くな。戦士に涙は許されない。牙なき人の明日のため、我欲はすべて滅殺せよ。
上を向く。震える唇をかみしめる。
そして立ち上がり、自らの寝袋へと戻っていった。
●
……フィンが立ち去った後、シャーリィはゆっくりと目を開いた。
涙が一粒、零れ落ちていった。
再び、目を閉じる。
ひとりでに、その頭に光の粒子が集まっていった。やがて神統器〈哀しみよりも藍きもの〉が出現する。
その夜、シャーリィは奇妙な夢を見た。
自分が、別の誰かになった夢。
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