透き通った朝
結局、あのあといつ寝たのか、フィンは記憶していない。
ただ、樹液のステンドグラス越しに漂ってくる朧な日の光が、朝の到来を告げていた。
「ふぁ……」
目をこすり、身を起こす。
この世界に来て貰った、麻のズボンとチュニックを着たままだった。
当たりを見渡すと、階段状に連なっている四つの寝室のうち、一番上の部屋であるようだった。
茶色の掛け布を剥ぎ取り、外気に身を晒す。
思わず、少し身震いした。吐く息がわずかに白い。思わず掛け布を被りなおす。暖かい。この布、薄手なのだがずっしり重く、防寒性抜群である。
外から、鳥の声が遠く聞こえた。空気が澄んでいる。
結晶のように透明なオブスキュアの朝を、フィンは美しいと思った。
でもちょっと寒かった。
少し、さみしくなった。
人の気配がしなかった。
なんだか世界にひとりぼっちな気がして、フィンはやっぱり起きることにした。
寝台の脇に揃えられた軍靴を履き、部屋の出入り口に向かう。ドアではなく、上からカーテンが垂れ下がって部屋と廊下を隔てていた。
廊下を形成する洞を歩き、ひとつ下の寝室の前を通りかかった。物音一つしない。
カーテンを押し分けて中を見てみたい衝動に駆られるが、いやいやプライバシーの侵害だろうと頭を振る。
そこで、昨晩総十郎に言われた「方策」を思い出す。
――なにかをしたい、と思った時、よほど相手の迷惑になりそうなことでもない限りは、自分の思いに素直になってみるのだ。
ちょっと覗くぐらいは、いいのではないか。
そう、これは真に献身の道を歩むためには必要不可欠なプロセスである。自分にそう言い聞かせて、フィンはすこしだけカーテンをめくった。
よほど寝相の悪い人物が使っていたらしく、掛け布が部屋の隅にまで跳ね飛ばされていた。
――これは多分レッカどのの部屋でありますね。
布を蹴り飛ばして腹を掻きながらンゴゴゴゴゴ~といびきを上げている彼の姿が目に浮かぶようだった。そんな状態で朝を迎えても、きっと彼は風邪ひとつひかないのだろう。
しかし、本人の姿はない。
つづいて、もうひとつ下の寝室を覗く。こちらは几帳面に掛け布が折りたたまれて、寝台の隅に小ぢんまりと収まっていた。
――ソーチャンどの。
なんとなくあの人は、寝るときでも凛冽さを失わないような気がした。目を閉ざし静かに寝息を立てている光景は、普段の優しさや温かさを取り去って、思わず背筋を正してしまうような純然たる造形美があるのだろう。
やっぱり、本人の姿はない。
だんだん心細くなってきて、フィンは胸がきゅっと縮こまるのを感じた。
涙ぐむ、というほどではないが、少しだけ涙腺が熱くなった。
烈火の傍若無人な早口と、総十郎の細やかな優しさが、なんだかとても遠くなってしまったように思えた。
廊下を下り、階下に向かう。途中で外に向かって開き、テラス状になっている箇所を通りかかる。
白い靄が、森の底をゆるゆると巡っていた。フィンは知らなかったが、朝霧というものであった。なんだかふわふわしたものが川のように流れているようで、愛らしくもあったが、どこか死後の世界を思わせる幽妖な情景だった。
知らない場所に、たったひとりでいるんだな――と実感して、フィンは俯いた。
「ふたりとも、どこにいっちゃったでありますか……?」
少し足を速めて、居間に至るカーテンを押し開く。
樹液のステンドグラスを透かして漂ってくる朝日の中を、ひとつの影が佇んでいた。
こちらに気づいて、振り返る。
黄金のロングヘアーがさらりとうねり、朝日に煌めいた。ぼんやりと幽かな蒼い光を宿した双眸が、ぱっちりと見開かれている。
「あ……」
思わず感嘆の息を吐く。この人は、本当に、なんと奇跡のように美しいのだろう。
その尊き姿を視界に収めるたびに驚嘆と畏敬の念に打たれ、思わず目を伏せそうになる。
しかしそこで、なにかとても嬉しいことがあったような、にまーっとした笑顔を姫君が浮かべてくれたので、そのちょっとはしたない愛嬌が辛うじてフィンに彼女を直視し続けることを許した。
今日この日に、最初に会ったのがこの人であるということが、フィンはうれしくてたまらなかった。
「……おはようございます、シャーリィ殿下」
すると、にっこり笑ってポテポテとこちらに近寄ってきた。朝はやはり冷えるのか、マントのような上着のようなものを羽織っている。
――あ、来るな、あれが。
フィンは全身に力を入れ、その瞬間に備えた。
爽やかな草葉のような香りを引き連れて、シャーリィは唇を寄せてきた。
――おはよう、フィンくん。
「ひふっ」
我慢しようとしてなんか変な声が出た。
くすくすと彼女は笑う。恥ずかしくなって、フィンは俯いた。
「れ、レッカどのとソーチャンどのがどこにいるか知らないでありますか?」
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