和解
だからギデオンは、負けを認めた。胸の底に燻る憎しみと絶望が、溶けてゆくのを感じたから。
シャロンとのお別れを、今ようやく済ませることができたから。
ギデオンは、目を閉じた。数百年ぶりの涙が、頬を伝った。
「フィン。許してほしい。これまで君にした仕打ちを。そして、森を焼き滅ぼそうなどと考えた愚かしさを」
「それを言う相手はぼくじゃないでありますよ」
「かもしれないが、それでもだ。すまなかった。これからは、存在し続ける限り、愛する者たちのそばに居よう。そしてシャラウがこの世を去る時が来たら、私も幽骨に触れ、後を追うことにしよう」
「はい……それがいいと思うであります」
ぱん、と景気よく手を打ち鳴らす音がした。
「はい一件落着~! 終わり終わり! 勝訴! 解散! 総選挙!」
「思いついた単語を考えなしに並べるでない。さておき、ギデオンどの。小生とも和解していたゞけると考えてよろしいか?」
「あ、あぁ……そうだな。森を守ってくれて、感謝せねばなるまい」
「こちらとしては、御身に遺恨がまったくないとは言えぬが……フィンくん自身が水に流してゐるのであれば、もはや喧しいことは言うまい。」
「いや、すまなかった。君の友人を侮辱し、傷つけたことは謝らせてほしい」
「……あいわかった。謝罪を受け入れよう。」
「感謝する。それから、君もだ」
「は? 俺?」
「世紀末空間、と言ったか。煉獄滅理の拡大を未然に防いでくれて、何と礼を言ったらよいか」
「いやそういうのいいからマジで誠意は金額で示せ? な? とりあえずてめー年収いくらよ? おん? 言うてみ?」
「なにを流れるように強請ろうとしとるかっ! ギ、ギデオンどの、その、おかえりなさい、と言えばいいのか……」
「リーネ。君にも感謝を。ずっとシャーリィを支え続けてくれていたのだな」
「は、はいっ! 父より譲り受けた御側居役としての務め、頑張ってきましたっ!」
「そういえば、アーブラスはどうしたのだ? 君が神統器を受け継いでいるということは、もしや……」
「あぁ、いえ! 死んでなんかいませんよ。ただ、その、わたしに〈異薔薇の姫君〉を押し付けて、王国を出奔してしまいました。今頃どこでどうしているのやら……」
「何を考えとるんだ、あの男は……」
頭痛がしてきた。大雑把でいい加減な男ではあったが、まさか自分から神統器を放棄するなど……破天荒も大概にしろと言いたい。
とはいえ、きちんと娘に引き継がせていた点は評価しよう。
それはさておき。
ギデオンは、悠然と歩み寄ってきた銀髪の少年と相対した。
「おめでとう、と言わせてほしい」
トウマ・クジミヤは、わずかに寂寥を滲ませる面持ちで、こちらを見ていた。
「お前にも、世話になった」
「うん」
「多くのことを教えてもらった」
「うん」
「お前の言葉に気分を害することも多々あったが、今となってはすべて意味があったのだろうという気がしている」
「それはどうかな。あなたのような真面目に生きている人をからかうのが僕の趣味みたいなところあるからね」
ギデオンは、鼻で笑った。
冷笑以外の笑みを、本当に久々に浮かべることができた。
ゆえに、続く事態への反応が遅れた。
胸から何かが生えてきた。
それは、ギデオンの背中を貫通して胸板から飛び出していた。
「かッ……」
●
トウマ・クジミヤは、何が起こったのか瞬時に把握できなかった。
ただ、ギデオンを背後から貫くものを、あっけに取られて見ていた。
それは、紅く、黒く、禍々しく、刺々しく、歪曲した、脈打つ陰惨な光を放つ、巨大な刃であった。
刃と直角に柄が伸び、端から黒い鎖が伸びていた。鎖を構成する環のひとつひとつに、血のような色彩の宝玉がはまっている。
見覚えのある代物であった。
赤黒き大戦鎌。その神統器の名を、トウマは知っていた。
『〈終末の咆哮〉ッッ!!』
轟き渡ったその爆音を、トウマは意味ある言葉として捉えられなかった。それは空気ではなく、精霊力を震わせる音だったから。
鎖がのたうち、ギデオンを引きずり回す。
「ギデオンどの! 非物質領域はもう安全だ! 霊体化されよ!」
咄嗟の言葉に従い、ギデオンの姿が消えた。
直後、実体化した幽鬼王は胸を押さえて膝をつく。
「大丈夫でありますか!?」
「……問題ない。この程度ではな」
不浄の瘴気が立ち上り、傷口が見る見る塞がってゆく。
その間にも、〈終末の咆哮〉は荒れ狂った。鎖の紅玉が妖しい光を曳き、空中に複雑怪奇な縞模様を灼き付ける。
破砕された木片が乱舞し、鎌の刃が大気を引き裂いて奇怪な絶叫を上げた。
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