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ベルメールの風 〜23年前の5月23日〜

海沿いにある小さな町の高校を卒業した私は、迎えるはずの高揚感が迎えに来ず動揺していた。

高校卒業は自由への1歩。
長い人生のマイルストーンにしていた私のアテは外れ、卒業と同時に脱力感と不安が押し寄せた。

1週間で髪を3回染めパーマを2回あてた私の髪は、リカちゃん人形のように毛先が溶けて真っ白になっていた。
何をやっても高揚感が訪れない。

自由とは、する自由・しない自由を内包し、高揚感と不安を併せ持っていることを初めって知った3月。

初心者マークをつけた日産・パオでドライブをするのが唯一の楽しみだった。
その日もレンタル屋さんでジャケ借りしようとCDを選んでいた。

◇ ◇ ◇


A、B、C、、、
アルファベット順にジャケットの雰囲気だけで判断して借りる。
すると、Dの段にあったモノクロのジャケットに目が止まる。
手にとって収録曲を流し読みしていると、一つの曲名に釘付けになった。

- 遠くまで -

なんて自由で高揚感のあるワンフレーズ!
探していた自由の扉はTSYTAYAにあった。
(以後、私の人生には Do As Infinity が流れている。)

目的地・遠くまでの場所選定には迷いがなかった。
数日前に、パオで遊びに行ったアジアン雑貨のお姉さんとの会話がヒントになる。

高校生の頃から通っていたそのお店は、どこかエキゾチックで木の温もりを感じるディスプレイだった。扉を開けるとチャンダン(白檀)の香りが迎えてくれた。

「そのピアス気になる?タイ北部に住むカレン族が作ったものよ」
そう言いながら流木に飾られたカレン族(首長族)の写真を指差した。
買い付けに行った際に撮られた写真たちの1枚だった。

本当にここはこの瞬間存在するのか?
確かめたい。
会いに行ってみたい。

雑貨屋のお姉さんは世界の広さを教えてくれた最初の大人だった。



TSUTAYAの駐車場でジャケ借りしたCDから - 遠くまで - が流れてきた。
『so faraway , just faraway どこまででも 、、、』
シルバーのピアスと一緒に連れてきたチャンダン香が目的地を指した。

- タイへカレン族に会いに行く -

自分自身で卒業式をやるんだって思った。
ワクワクが止まらなかった。
早速チケットの手配について調べた。

当時はインターネットも普及しておらず、格安航空券などは知る人ぞ知る裏ルートで買うチケットって認識だった。
どこで売っているのかわからない。

ヒントはヒントをつなぐ。

鹿児島大学の図書館前に掲げられた、「海外研修クラブ」の看板。
ここしかない。

次の日、
3XLのリカちゃん人形な髪の男は部室を訪ね、裏ルートな格安航空券を売っているお店を教えてもらった。(とても感じのいい優しい先輩たちだった)
出国は5月23日で決まった。

語学力はゼロ。
だが、問題ではなかった。
呼ばれていると感じたし、出国までは2ヶ月あった。
辞書などは持っていきたくない。
だって、これは自分で設けた卒業式なのだから。
バイトの合間に図書館へ通い、当時600と呼ばれていた英語のフレーズ集と地球の歩き方を読み漁った。

時間はどんどん溶けていく。

あっという間に出国前日になった。
その日の夜、母は溢れんばかりの唐揚げを作ってくれた。

◇ ◇ ◇


5月23日 出発の朝。
親に伝えていた出発時刻の2時間前に家を出る。
見送りや心配されるのが苦手だったから。
音を立てずにそっと玄関の扉を閉めて、いってきますと呟いた。

帰国後に母から聞いた話だが、その後ろ姿を見送ったらしい。
眠れなかったのだ。
この後ろ姿が最後の別れになるとさえ覚悟したと後に聞いた。

糸の切れた凧
まさにそんな状況だった。
冒険には危険がつきものだ。

始発で鹿児島市内まで行き、高速バスに乗って福岡へ。
初めての地下鉄から目的地の福岡空港・国際線ロビーへ。
裏ルートで買った格安航空券をカウンターで出して飛行機に搭乗する。


ソウルを経由してバンコクへ着いたのは21時だった。

空港に降り立つと、湿気やスパイス、免税店特有の甘い香りが出迎える。

ついに来てしまった。

駄菓子菓子 、安心するのはまだ早い。
宿の確保ができていない。
ツーリストインフォメーションで「A2」というバスを連呼する。
このバスは、カオサン通りという安宿が集まるバックパッカーの聖地として知られていた。

訳のわからないまま60バーツ払って、2時間ほどバスに揺られる。
高架下ではテントのような集落が密集し、ロウソクの灯りがオレンジに染めていた。
急に孤独感が押し寄せる。

バス停に止まると運転手さんが「ここがカオサン通りだ」と叫んだ。
言われるがまま降りる。
すると、目の前に「タイゾーゲストハウス」とカタカナ表記の看板が見えた。
日本の映画「地雷を踏んだらサヨウナラ」に出演していたオーナーが開いたゲストハウスだった。

1泊100バーツでドミトリー(雑魚寝スタイル)のベッドを確保した。
最大の不安を克服した。

荷物を下ろし、カオサン通りに出た。
プラスチックの椅子と机が路上に並び、欧米人に混ざって一杯飲んだ。
チャンダンの香りが肌をなでる。

長い長い最初の一歩。
今まで抱えていた不安・期待・焦燥感が夜空に溶けていくのを感じた。

- 遠くまで -
自由への旅はここから始まる。


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