誰かにとっての「有益」より、自分の「ワクワク」を優先しよう
役割を脱いで「わたし」を生きることにした、久保山瞳です。 今日もこのnoteを読みにきてくれてありがとう!
SNSやブログで発信を始めてみよう!と思った時、ふと手が止まってしまうことはありませんか? 「誰かの役に立つ『有益な情報』を書かなきゃ」 「こんな些細な日常の出来事を書いても、誰にも読まれないんじゃないか」
そんな風に、誰かの正解や世間の需要ばかりを気にして、プレッシャーを感じてしまうこと、ありますよね。
「有益でなければ」という思い込み
発信をするからには、読んでくれた人に何か価値を届けたい。そう思うのは、あなたが周りへの思いやりに溢れた、優しい人だから。
でも、「有益なことを書かなきゃ」という思いが強すぎると、それはいつの間にか居心地の悪い、背伸びをした発信になってしまいます。
そして「この情報は正しいかな?」 「他のすごい人がもう書いていることだしな……」他人の目線ばかりを気にして「有益さ」を追求していると、だんだん何も書けなくなっていきます。
発信すること自体が息苦しくなり、やがて行動そのものがピタッと止まってしまう。過去の私はどちらかというと、この「有益の呪縛」ではなく、「すべてを無料で書いてしまうと売るものがなくなってしまう。という「無料の罠」にすっかり囚われて、何度も画面の前でフリーズしていました。
似たようなものよね~
人が本当に惹きつけられるのは「熱量」
私たちが誰かの発信を見て、「この人素敵だな」「もっと読みたいな」と思う時、それは必ずしも、立派なノウハウや役に立つ情報が書かれている時だけかな?って
実は、人が本当に心を動かされ、惹きつけられるのは「情報そのもの」よりも、その人の「熱量」であることに気付いてほしい。
あなたが心の底から楽しんで何かに夢中になっている姿。
「これ、すっごく面白かったの!」という純粋なワクワク感。
ノウハウなんて一切なくても、その人が自分の「好き」を全開にして楽しそうに笑っている文字や言葉には、不思議と人を惹きつける引力があります。「有益さ」という頭で考えた理屈よりも、心から湧き出る「ワクワク」という感情の方が、ずっと遠くまで、そして深く誰かの心に届くんだよ。
頭で考えて書いた記事より、自分の気持ちを気持ちのまま、上手じゃなくても書いた記事の方が、実はコメントが多くついたりもする。
自分の「ワクワク」を羅針盤にしよう
だからもう、「こんなこと発信しても意味がないかも」という心のブレーキは、思い切って手放してしまおう!
他人の顔色をうかがう「有益でなければならない」を脱ぎ捨てて、あなた自身の「ワクワク」を羅針盤にして行動してみませんか?
今日からできる、発信の視点を切り替える小さなコツをいくつか提案するね
「誰かのため」より「私が楽しいか」を基準にする まずは自分が書いていて楽しいこと、心が弾むことを選ぶこと。自分が楽しいと思えない文章は、読んでいる人にも楽しさが伝わりません。
ちょっとマニアックな「好き」を隠さない 「こんなの誰も興味ないよね」と思うようなことこそ、あなたの等身大の個性!その熱狂ぶりに惹かれて、同じ「好き」を持つ温かい仲間が自然と集まってくるよ。
役立たなくても「今日心が動いたこと」を記録する 散歩中に見つけた綺麗な空、美味しかったコーヒー。ノウハウがなくても、あなたの心が動いた瞬間の記録は、同じように誰かの心をホッと温める力を持っています。
まずは、あなたの心を一番に喜ばせること
発信は、誰かのために自己犠牲を払って行うものじゃない。 他人のためではなく、まずは自分の心を思い切り喜ばせてあげること。あなたが自分の「好き」を一番に満たし、ワクワクのエネルギーでヒタヒタになった時、その溢れ出た温かい波紋が、結果的に誰かの心を優しく動かす「共感」へと繋がって、私たちを繋いでくれる。
「有益でなきゃいけない」なんて、誰も決めてない。有益な情報だけが欲しいならAIに聞けばいい。私たちはAIが経験できない、「ストーリー」がある。
今日も不完全で愛おしい「わたし」のまま、あなたが一番ワクワクすることを、のびのびと世界に放っていこうね!
