夢は既に叶っていたのに受け取り拒否案件!!
役割を脱いで「わたし」を生きることにした、久保山瞳です。 今日もこのnoteを読みにきてくれて、本当にありがとう!
今日は、今月私が衝撃的な大バカをやらかしていたことに気づいたお話をさせてください。
名付けて、「私、すでに夢が叶っているのに、その現実を全力で受け取り拒否してた事件」です!
まじでどういうことwwwって思うよね。 自分がずっと「こうなったらいいな」って願っていた現実が、実はもう目の前に差し出されていたのに、それを受け取らずに、わざわざ自分で悩み苦しむ種に変えていたんです……。
受け取り方一つで、同じ現実が地獄にも天国にもなる。 優しくて、いつも「もっと頑張らなきゃ」って自分に鞭を打ってしまうあなたに、ぜひ届いてほしいお話です。
「私は何のために存在しているんだろう?」保育士としての1年間の葛藤
これまでもちょこちょこnoteに書いてきましたが、私は普段、個人活動の傍ら、「児童発達支援施設」にて保育士としてパート勤務をしています。
そこには、重症心身障害(重心)の子どもたちが通ってきています。医療的ケアが必要な子、手足に麻痺があって思うように動かしにくい子など、いろんな事情を抱えた子どもたちです。彼らが心から安心して楽しく過ごす中で、その発達を職員全体で支えていくのが私たちの仕事です。
でも、私にできることと言えば、歌を歌ったり、踊ったり、絵本を読んだり、ふれあい遊びをしたりすることくらい。
しかも、身体に事情を抱えている子も多いため、大好きなふれあい遊びひとつとっても、命を繋ぐための制限が、ある程度必要になってきます。看護師さんや作業療法士(OT)さんと慎重に相談しながらでなければ、触れることすらできません。
そうなったとき、私の頭の中でグルグルとネガティブな思考が回り始めました。
看護師さんには、命に直結する必要なケアや関わりがある。 作業療法士さんには、身体の発達を促しながらリハビリになる専門的な遊びがある。 ……じゃあ、保育士の私に一体何ができるの? はじまりの会も絵本の読み聞かせも、看護師さんだってやろうと思えばできちゃうじゃん。私、何のためにここに存在しているんだろう??
この「自分の存在意義」への不安と焦りに、私は丸1年間、ずっと一人で悩み続けていたんです。
願っていたはずの「理想の世界」は、もう目の前にあった
一方で、個人としての私の願いは、ずっと思い描いていました。 「自分の存在そのものでお金をいただけたらいいのにな」 「私の生き方や考え方が、そのまま誰かの価値になって収入になったらいいな」 「インスタグラマーみたいに、私自身を発信して色んな人と楽しく交流できたら最高だな」
だからこそ、おうち英語講師として発信してみたり、ビジネスを学んだりしています。
でも、個人で活動をすればするほど、「お金をいただくことの難しさ」を嫌というほど知ってしまったの。だからこそ、パートの職場に対しても、「お金をいただくからには、確実に何か目に見える専門的な価値を提供し続けねば!!!」と必死になって、分厚い「完璧な保育士」の役割を全うしようとしていました。
何度も、上司や仲間の看護師さんに「私、何もできていなくて申し訳ないです」って相談したんです。 でもね、みんな口をそろえて、こう言ってくれていました。
「久保山先生は、そのままで十分価値があるよ。そこにいてくれるだけで、本当に助かっているんだよ」
普通の人間なら、「あぁ、よかった!」って安心するところですよね。 でも、ガチガチの役割を着て、自分に厳しい減点方式で生きていた私は、こう思っちゃったんです。
「ダメだよ!!ただ居るだけだもの!!!もっと何か成果を出さなきゃ!!」
……お分かりでしょうか。 みんなが「存在しているだけで価値があるよ(=私がずっと欲しかった世界)」ってご褒美を目の前に差し出してくれているのに、私はそれを全力で受け取り拒否して、「いいえ、私はまだなんです!まだ頑張らないといけないんです!!!さあ鞭を打ってくださいぃぃぃ苦しいぃぃぃ」って、自ら首を絞めて苦しんでいたんです。
自分をいじめていたのは、自分だった
この大いなる一人相撲のカラクリに気づかせてくれたのが、あーちゃんとのお姫様1dayレッスンでした。
対話の中で客観的に自分の状態を見たとき、はっとしたの。 「え、ほんまやん……願ってること(存在そのもので愛され、豊かになる)と、私の行動、完全に食い違い起きてる!!」って。
気づいた瞬間、涙が止まりませんでした。 ああ、私はこんなに一生懸命頑張ってきたのに。周りは「十分頑張ってるよ、そのままでいいよ」って赦してくれていたのに、世界で一番、私を認めていなかったのは、私自身だったんだ。
周りが「瞳、もう自分を赦してあげて」って言ってくれているのに、私の中の私が「瞳はまだだ!まだいける!もっと頑張らないとダメだよ!!!」って、ずっと自分をいじめて、鞭を打ち続けていたんです。
きっと、これを読んでくれているたくさんのママやパパも、似たような現実を抱えていませんか?
周りからは「いつも頑張っててすごいね」「大丈夫だよ」って言われているのに、自分が自分を許せなくて、自分で勝手に鞭を打って心の余裕を削りにいっていませんか? そして、ヘトヘトになって動けなくなった自分に対して、「おい、何休んでんだよ!ちゃんとしろ!」って責めていませんか?
ガソリンがマイナスなのに、子どもたちに健康的な夕飯を作らなきゃって無理をして、子どもが食べてくれなくて悲しくなって怒鳴っちゃう。お風呂をイヤイヤ言われて発狂しそうになり、寝かしつけの布団でジャンプする子どもに雷を落とす。 そして夜、寝顔を見ながら「今日も怒り散らかしてごめんね」って自分を責める。
そんな苦しいループ、もうおしまいにしましょう。
自分にはなまるを付けたら、世界が優しく回り出す
この「受け取り拒否事件」に気づいてから、私はパート中のスタンスをガラリと変えました。 「私の存在意義って何だろう?」って考えるのを、一切やめたんです。
ただ、その場にいること。子どもたちと目の前の一瞬を、一緒に楽しく笑って過ごすこと。それだけを考えて過ごすようにしました。
するとね、「ああ、私、本当に幸せだな。私のこの存在そのもので、みんなに感謝されているんだな」って、差し出されていた温かい現実を、そのまま素直に認められるようになったんです。
自分が満たされて、自分にはなまるを付けてあげられたら、今度は周りへの見え方も変わっていきました。 目の前にいる息子にも、夫にも、「何かをしてくれるからじゃなく、ただ存在してくれているだけでありがとう!」っていう気持ちが、胸の奥から溢れて止まらなくなったんです。
そうしたら、面白いことに家族がもっと仲良くなっちゃいました!
先日、どうしても寝不足でつらかったとき、いつもなら無理して頑張っちゃうところを、素直に夫に甘えてみたの。 「今日寝不足すぎてつらいから、パパ、カレー作ってほしいな。お願いできる?」って。
そしたら、快くカレーを作ってくれたし、ちょっと甘えに近寄っていったら、いつもならおちゃらけ半分で跳ね返してくるいたずらっ子みたいな夫が、なんと優しく受け入れてくれたの(笑。
自分の頑張りを認めて、自分を許してあげると、人にも優しくなれる。そして、周りの人からもびっくりするくらい優しくしてもらえる。 そんな「優しい世界」は、新しく作り出すものじゃなくて、あなたが自分にかけた呪いを解いた瞬間に、すでに目の前に待っているものなんです。
まずは今日、一生懸命頑張ってきた自分に、特大のはなまるを付けてあげてくださいね。 そして、1つずつ、無理していることを手放していこうね。
こんな優しい世界に気付かせてくれたあーちゃんこと、竹内あずさちゃん、
私の記事や考え方が好きな人はもしかしたら彼女とも波長が合うかもしれない。
ノート術を通して、自分と対話して、優しい世界を創るあーちゃんのnoteもここで紹介しておくね!!
是非覗いてみて!!新たな気付きがあるかもよ!!!
あーちゃんから見た私との対話の記録記事を貼っておくね!!
