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三つの時間が、ひとつの舞台に集まる ──《DEEP FAKE: Ghost in the Machine》5/22 公演を終えて


先日、《DEEP FAKE: Ghost in the Machine》の特別講義とパフォーマンスが、川崎の昭和音楽大学ユリホールで無事に幕を閉じました。会場まで足を運んでくださった皆さま、共同制作者の Rosie Kay と K2CO Ltd、3 人のダンサー──中川 賢、下地 優子、高岡 沙綾、司会の田口 真弓、通訳の松岡 詩美さん、そして昭和音楽大学の由雄先生、作曲部会、助成元の Arts Council England および The Great Britain Sasakawa Foundation の皆さまに、あらためて心からお礼を申し上げます。


事前の note 記事の結びで、私は次のように書きました。


「ダンサーの動き、ピアノの音、AI が返す音と光。それぞれは別々のリズムで時間を刻んでいます。舞台の上では、その三つの時間が同じ場所に集まる。私たちはそれを「対話」と呼ぶか、「共生」と呼ぶか、まだ決めかねています。」


公演を終えたいま、この「三つの時間」「対話か共生か」という問いを、もう一度ほどき直すかたちで、5/22 に何が起きていたのか、そして 2026 年 10 月の英国 Birmingham REP 初演に向けて何を引き継ぐのかを整理しておきたいと思います。


三つの時間が舞台に集まる


Distant Echo》のとき、私は「身体の時間」「テクノロジーの時間」「聴覚の時間」という三つの時間軸が、同じ空間でズレたまま同居する作品をつくっていました。DEEP FAKE はその次の場所として、人間の身体(ダンサー)、ピアノ(私)、AI(もう一人) という三つの時間を、ひとつの舞台に集めようとする試みです。


ダンサーは身体の時間を生きています。床を踏む重みと、その重みが次の動きを呼び寄せていく一回性の時間。私はピアノの時間を生きています。一音を置いてから次の一音までのあいだに開いていく、息のような時間。AI は、過去の膨大な学習データを瞬時に参照しながら、私たちのどちらとも違うスケールで応答してくる、統計的で非人間的な時間を持っています。


この三つの時間が「対話」になるのか「共生」になるのかは、いまも答えを決めかねています。けれど少なくとも、舞台の上でそれらが同じ場所に居合わせるということ自体が、現在のテクノロジーと私たちのあいだに必要な実践なのではないか──そんなふうに考えています。


ご覧くださった作曲家の高山先生が、丁寧な批評の中で「中村の繊細なタッチと即興技法は、ピアノとヒトとの緊張をはらんだ構図を"あらかじめ"胚胎している」と書いてくださいました。自分自身がうまく言葉にできていなかった核の部分を、外側から言語化していただいた感覚があり、本作の中間報告を締めくくる軸として大切に受け取りたいと思っています。




第一部 ── 友好的だった頃の AI を、もう一度


第一部で私が舞台の上に立てたかったのは、AI を「敵」とも「便利な道具」とも違う、**「友好的だった頃の関係」**として一度きちんと描き直すことでした。


インターネットの黎明期、誰かの手書きの HTML ページに迷い込んで、その向こうにいる人の声に静かに触れていく、あの距離感。Set 1 のグランドピアノの最初の一音から AI が応答していくとき、私は観客とその記憶のような距離感を共有したかった。基層に置いたのはブライアン・イーノが提唱した「アンビエント」、つまり日常の中で「環境」として聴かれる音楽です。AI は敵対者でも従属者でもなく、その環境の中にもう一人いる存在として、ダンサーや私と並びます。


実装の側を、少しだけ開いておきます。私が弾くピアノはリアルタイムで PC の AI に取り込まれ、ピアノの内部奏法をふんだんに含む、来月リリース予定の新しいアルバムを学習した Somax2 が、私の演奏に呼応するように音を返してきます。同じくそのアルバムを学習した RAVE が、響きにかかるエフェクトをその場で生成する。さらに演目が進むにつれて、ダンサーの体の動きが取り込まれ、体の部位ごとに、私のリアルタイムのピアノを学習した AI の音が返されていく構造でした。


そして舞台上では、これらのシステムの帰結としてもう一つの存在──**ゴースト(デーモン)**が動き始めます。ゴーストはまずダンサーたちの動きを真似るところから始まり、徐々にその姿を妖怪のような──西洋の概念で言えば異界的な──ものへと変容させていき、最後には Rosie 自身のダンスを踊り始めます。AI を「もう一人」として立てたいという第一部の意図は、このゴーストの所作そのものに、もしかしたら最も直接的に現れていたかもしれません。


ただ正直に書くと、当日は時間の都合もあり、このシステムが何をしているかを観客の方に言葉でお伝えする場を設けることができず、演目自体にも、仕組みが直感的に「見える」場面を組み込みきれませんでした。技術が裏で複雑に動いている状態と、それが観客の身体にどう手触りとして届くかのあいだには、まだ橋を架けるべき場所があると感じています。



第二部 ── 翻弄され、そして音に主体を取り戻す

第二部のテーマは、新しい技術が現れたあとに人間がどう振る舞うかでした。新しい技術が現れても、人間そのものはなかなか成長することができず、私たちは古典的なものを何度でも捉え直し続ける──ルネッサンス以降、ずっとそうしてきたのと同じように、ということです。


前半に置いたデコンストラクテッド・クラブ、ノイズ、グリッチは、その「翻弄されている時間」を音にしたものです。AI が出力する予測不可能なリズムに、人間の身体がついていけないままに巻き込まれていく状態。後半のフリージャズは、その翻弄を経たあとで、人間が自らの学習──ピアノを弾くという行為──を通じて、ばらばらだった音にもう一度「作品として聞ける状態」を回復していく時間です。古典への回帰ではなく、技術と並んで歩くときの歩幅の問題として、フリージャズの呼吸感を選びました。


ここでも、設計と現場のあいだで起きたことを率直に書いておきたいと思います。本来 Set 2 で組み込んでいたのは、音楽のリズム自体がダンサーの動きを取り込んで生成されていく仕組みで、最初はリズムには聞こえない音の流れが、徐々にリズムへと変換されていく構造でした。けれども振付の側の必要から、結果としては単一のリズムに落ち着くかたちになりました。「生成されていくリズム」と「踊られるためのリズム」のあいだで、今回は後者にやや重心が寄った、ということです。



第三部 ── 百鬼夜行と、もう一つの世界の住人


第三部はこの公演で最後に組み上げた部分で、新たに音楽を立ち上げるなかで、私のピアノアルバムに収録されているタムトムの音を中心に構成を組みました。短い準備期間の中で「いま手元にある素材を信頼する」という選択でもありました。


ここでも、舞台の下のシステムについて少し開いておきます。Set 3 はもともと、Rosie のダンスを AI に学ばせ、そこから生まれた新しいダンスをゴーストが踊り、その動きを今度はダンサーが新しい振付として受け取って身体に通し、それを AI がもう一度学習する──そういう再帰的な学習ループとして設計されていました。今回の中間報告では、ダンサーたちが 4 日間で踊ったものを AI が学習し、新しいダンスを組み込んでいくという形で、そのループの一部を舞台上に立ち上げています。「もう一つの世界の住人」というテーマは、観念だけでなく、システムそのものの組み方として埋め込まれている部分でもあります。


「百鬼夜行」というテーマは、Rosie が東京国立博物館で百鬼夜行図に深く影響を受けたところから生まれました。Rosie と話していて気づいたのは、百鬼夜行図に描かれた異形のものたちは、決して人間を否定する存在ではなく、人間が見落としていたものを別の形で見せてくれる、もう一つの世界の住人として描かれていることでした。


AI が観測し続ける私たちの世界から、もし何か異形のものが生まれてきたとしても、それを悲観も否定もしないという態度を、私たちは選びました。これは「判断を保留している」ようにも見えるかもしれませんが、私自身は、異形を肯定することが、これからのテクノロジーと暮らしていくための具体的な姿勢のひとつだと思っています。


Birmingham REP に向けて、この第三部はおそらく最も大きく変容していく部分になるでしょう。Rosie の振付がさらに練り上げられ、私の音楽がそれにどう応えるか、まだ自分でも分からない時間が続いています。



距離を測り直すための、音

Sound as a way of re-measuring distance

《Distant Echo》のとき、私は「立体音響を、自分で距離を選びにいくもの」として体験してほしいと書きました。観客がスピーカーや演奏者からの距離を自分で選びながら、時間を相対的に感じ直していく──そういう設計でした。


DEEP FAKE で目指したものも、根のところでは同じだと思います。AI に観測され、マッピングされ続ける私たちの身体の中で、それでも自分の足で距離を選び直すことができる、そんな瞬間を一度きちんと舞台に立ち上げたかった。マッピングされた身体の中で、それでも快楽や面白さを感じる瞬間がある──その瞬間こそが、技術と共生していくための足場になるのではないか。まだ仮の答えですが、いまそのように思っています。



4 日間の制約と、Birmingham に向けて


ここまで読んでくださった方には、できるだけ正直なところもお伝えしておきたいと思います。


今回の中間報告は、現地で組み上げる時間が 4 日間 しかありませんでした。映像側のエラーも含めて、限られた時間の中で実装可能なところに収めなければならず、最終的には「完全にリアルタイムに生成する音」と「あらかじめ用意しておいた音響」とを、ある程度切り分けて運用するかたちに落ち着きました。設計段階で目指していた「すべてが場の中で生まれていく」という理想と、当日の安定動作のあいだで、後者に少しだけ重心を移したというのが正直なところです。


率直に書けば、悔しさが残っています。


ただ、その悔しさを次に向けて持っておけるということは、作品がまだ「終わっていない」ということでもあると思います。Birmingham REP では、Set 1 のゴーストとシステムの提示、Set 2 のリズム生成、Set 3 の再帰的な学習ループ、そして映像との連動を、もう一度丁寧に組み直していきたい。技術が裏で動いているだけでなく、観客の身体にきちんと届く形まで運んでいくことを、次の半年間の宿題にしたいと思います。



次の展開へ

What's next

《DEEP FAKE: Ghost in the Machine》は、2026 年 10 月に英国 Birmingham REP での初演を予定しています。その後、日本・英国・ドイツの劇場での公開へと、段階的に作品を成長させていきます。


5/22 にお見せした内容は、まだ完成版ではありません。三つの時間がほんとうに「対話」になるのか「共生」になるのか、その答えを少しでも前に進めるために、Rosie、ダンサーたち、そしてこの作品に時間を投じてくださっているすべての方々と、もう少し先まで歩いていこうと思います。


ご来場くださった皆さま、視聴くださった皆さま、本当にありがとうございました。



中村浩之 / NAKAMURA Hiroyuki
https://nakamurahiroyuki.info/

all photo by Takahiro Kosaka
https://www.instagram.com/solinity?igsh=a25lYjNtam82YWVt

クレジット / Credits

  • 共同制作 / Co-production: Beyond Boundary Music (BBM) × K2CO Ltd (UK)

  • 振付 / Choreography: Rosie Kay

  • 作曲・音響・AI 映像 / Composition, sound, AI visuals: NAKAMURA Hiroyuki

  • ダンサー / Dancers: Ken Nakagawa, Yuko Shimoji, Saaya Takaoka

  • 司会 / MC: Mayumi Taguchi (BBM)

  • 通訳 / Interpreter: Shibimi Matsuoka

  • 主催 / Hosted by: Showa University of Music, Composition Department

  • 助成 / Supported by: Arts Council England / The Great Britain Sasakawa Foundation

  • 写真 / Photos: Takahiro Kosaka (@solinity)

  • 詳細 / More: https://nakamurahiroyuki.info/


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