【LAWドキュメント72時間】精神科にできること
「精神科にできること 脳の医学、心の治療」(講談社現代新書)野村総一郎(著)

[ 内容 ]
脳のしくみが徐々に解明され、治療薬の開発が進み、診断機器も発達した。
いま、精神科の力は確実に向上している。
薬は有効か?
カウンセリングは?
第一線の医師が解説する。
[ 目次 ]
第1章 精神障害とは何なのか(精神障害イメージの矛盾 人類は精神障害をどう考えてきたか-神話の中の精神障害 ほか)
第2章 精神科の診断を巡って(異常と正常 精神科診断の問題点 ほか)
第3章 精神科の病気(統合失調症 うつ病(気分障害) ほか)
第4章 精神科にどうかかる(日本の精神科はどんなレベルか 民間の精神病院が多い理由 ほか)
[ 問題提起 ]
細かいことを言うと、本書で述べていることは、
「精神科にできること」
と言うよりも、
「精神科が現にやっていること」
です。
そういう情報がなぜ必要かというと、このテーマについて、おおざっぱにとらえることは、ほとんど不可能だからです。
おおざっぱにとらえると、
「精神科」
の議論は、次のどちらかになってしまいがちです。
・精神科絶対主義
「心の病」
については、
「精神科の専門家」
に任せるべきだ。
素人に対応できることなど、何もない。
・精神科不要論
「精神科医」
だって、実は、
「精神」
のことなど何も分かっていないのだ。
「精神病院」
に行っても、お金と時間の無駄をするだけだ。
しかし、現実の私たちは、このどちらの態度もとっていません。
たとえば私たちは、
「心の病」
にならないよう、日頃から、それなりに気をつけているものです。
働きすぎて、睡眠不足に陥らないように気をつけていますし。
対人関係からストレスを得れば、
・友達に電話したり
・書店で役立ちそうな本を探したり
・お酒を飲んで憂さを晴らしたり
とにかく、何か手を打ちます。
それはとりもなおさず、自分の精神について、
「精神科医」
の手を借りる前に、できることはやっておくという、
「心の自衛行為」
に他なりません。
一方で、こういった
「自衛行為」
ではどうにもならなくなれば、やはり
「精神科医」
に相談したり、通ったりすることを、実際、検討するなり、家族の人から勧められるでしょう。
これは、私たちよりも
「医者」
の方が、
「精神」
のことが詳しく分かっていると、暗黙のうちにせよ、認めている態度からくるのです。
「心の病」
は、たしかに、取り扱いが難しい問題です。
が、そんなことを言えば、
「身体の病」
にしても、決して取り扱いが容易な問題ではありません。
それでも
「身体の病」
についてであれば、私たちは、
「医者」
にかかる前に、常識的な手立てを講じています。
例えば、
「花粉症」
の季節がやってくると、これに対して、うがい、マスク、ゴーグル、書籍からの情報などを、多くの人が活用しています。
そんなことをしても無駄だから、専門家に任せっきりにした方が良いという人はあまりいませんし、医者に行っても
「花粉症」
を治せるわけではないのだから、医者は不要だと言う人も少ない。
「治す」
ことはできずとも、適切な知識とケアがあれば、症状を軽減したり、苦しみを少なくすることはできる。
そういうスタンスをとるのがよいことは、身体の症状であれ、心の症状であれ、違いはないのです。
では、
「医者」
にかかる前に、私たちができることとは何なのか?
つまり、
「身体の病気」
を予防する意味での、
「うがい」
に相当するものとしては、どんなことがあげられるのか?
その一例として、私は、今回紹介する本書のような本を読むと良いと思うのです。
[ 結論 ]
「本を読むことがそんなに大した違いを生むか?」
と言われれば、私は生むと信じます。
たしか、バートランド・ラッセルの言葉だったと思うのですが、
「私たちの知っている知識ときたら、本当にちっぽけなものでしかないが、そんな程度の知識が、これほどの力をもたらしてくれることが驚きだ」
という言葉があります。
「精神科」
の問題については、まさに、これがぴったりくるのです。
たしかに、どうひいき目に見ても、
「人間精神」
について分かっていることよりも、分かっていないことの方が、ずっと多いのはまちがいありません。
それでも、たしかに分かっていて、しかも、知っておいて損のない知識というものは、あります。
たとえば、
「統合失調症」
という、以前は、
「精神分裂病」
とも呼ばれていた、かなりメジャーな精神障害がありますが、これは決して
「珍しい病気」
ではありません。
世界中で地域差があまりなく、1%弱の人口が、この病気で苦しんでいるのです。
あなたは、この病気と一生涯縁がないとしても、あなたの家族や恋人や親友まで含めると、一生涯縁がないとは、とても言い切れない病気です。
もしも、あなたが会社の経営者で、社員が10人以上いるなら、
「精神障害」
と関わる可能性は、非常に高くなります。
ちなみに、親しい人、特に、家族が精神病になり、それがきっかけで精神科医を志したり、心理学を勉強したという人は、かなりいます。
それらの人の多くが口にするのが、
「精神症なんて、自分には最も縁がないと思っていた」
というものなのです。
「統合失調症」
と並んで、最近とみに注目されるようになってきたのが
「うつ病」
です。
この二つの病気を発症する、小さくない要因として、慢性的なストレスや、不安を指摘する学者は多くいます。
これだけでも、私たちが、もっと
「ストレス」
を問題にする価値があると思うのです。
その意味で、■参考記事『ストレスとはなんだろう』のような本も貴重ですが、
ストレスを一般的に理解したい立場からすると、『ストレスとはなんだろう』の方は、少々学術的すぎるきらいはあります。
以上の他に、
「精神医療」
について一定の知識を持っておく、最大のメリットは、自分や自分に近い人の症状を、早めに知れることです。
会社に部下がいればもちろんのこと、会社の上司が精神障害にかかるということも、あり得ることです。
状況や症状によっては、これはかなり難しい問題と格闘することになります。
早期発見、早期治療が大事であることは、肉体の病気とまったく同じです。
そうでなくても、ストレス反応やうつ病は、放置して、悪化しているケースが、とても多く見られます。
38度の発熱がずっと続いているのに、病院にも行かず、薬も飲まず、何の手当もせずにいれば、病気はひどくなるのが自然です。
強度のストレス反応や、軽症うつを放置しておくとは、そういうことです。
そうしておいて、結局、どうにもならなくなった時点で、急に、お寺に行ってみたり、家の方角について占い師に尋ねる人が、実際とても多いそうです。
「精神科医などあてにならない」
と思われているかも知れませんが、このような段階では、少なくとも、占い師や宗教に救いを求める前に、あるいは、せめて、同時に、精神科を頼るべきです。
[ コメント ]
私は、べつに宗教に偏見はありません。
私自信、宗教の精神に与える効果については、ごく一般の方よりは、実地に体験してきています。
本書には、そもそも、人々がなぜ、精神科に頼るよりも、家の方角を気にしてしまうのか、分かるように書いてあります。
うさんくさく見られる理由、分かりにくいと思われる理由から、
「診断」
「内科診断学 第3版」福井次矢(著)

することの意味、
「治る」
「手の治癒力」(草思社文庫)山口創(著)

ということの意味、
「正常と異常」
「正常と異常が一目でわかる 総合診療のための病理診断ケーススタディ」砂川恵伸(著)青木眞(監修)

「病態がみえる 検査値の本当の読み方〜ルーチン検査の見かたが変わる、病態把握と診断・治療に活かす7つの視点」本田孝行(監修)松本剛(編)

の境界線、
「薬」
が嫌われるわけ、
「薬」
を途中でやめてはいけないわけ、そして、
「薬」
が効かないこともある理由まで、ひととおり分かります。
「心のケアにたずさわる人が知っておきたい精神系のくすり」(こころJOB Books)加藤隆弘(編著)

それも筆者の筆力のおかげで、けっこう
「楽しく分かる」
のです。
とりあえず、一読をお薦めしたい一冊です。
■参考記事:「ストレスとはなんだろう 医学を革新した「ストレス学説」はいかにして誕生したか」(ブルーバックス)杉晴夫(著)

[ 内容 ]
私たちは当たり前のように「ストレス」という言葉を使うが、実は、この言葉が誕生してから、約80年しか経っていない。
すべての病気の原因が病原体にあると信じられていた1930年代、若き天才科学者ハンス・セリエは、心や肉体へのストレスが体の変調をもたらすという画期的な「ストレス学説」を提唱した。
医学を革新した天才的な閃きはいかにして生まれたのか?
科学者たちが織りなす人間ドラマを通じて、「ストレス学説」誕生の秘密に迫る力作。
[ 目次 ]
第1章 若き日のハンス・セリエの抱いた疑問
第2章 ホルモンの発見―高峰譲吉のアドレナリン発見物語
第3章 ストレス学説誕生前夜―インシュリン発見物語
第4章 セリエの研究の行き詰まりとストレス学説の着想
第5章 ストレス学説の成立―ストレス反応の三つの時期
第6章 視床下部ホルモンの発見戦争
第7章 精神的ストレス疾患はなぜ起きるのか?
第8章 ストレス解消による健康長寿への道
[ 問題提起 ]
人として生きていくためには避けて通れないのがストレスとの関係であるように思います。
本書は、
「そもそもストレスという概念はどうやって生まれたのか?」
「ストレスに対する人体の反応は科学的に説明するとどうなるのか?」
という問いに対して、分かりやすく説明してくれています。
ストレス学説の発展に関連して、アドレナリンやインスリンの開発の歴史、それに関わったノーベル賞受賞者たちの人間模様なども、とても興味深く読め、この部分も本書の読みどころになっていると思います。
[ 結論 ]
「病は気から」
とはよく言ったものです。
心の状態が、身体に及ぼすということは、既に、よく知られていることで、心身症という病名もあったくらいです。
偽薬を投与して、実際に、病状が改善するプラセボ効果が存在することも
「病は気から」
を証明する事実でしょう。
実際の臨床でも、ある症状に対する原因について、ストレスが原因でしょう、という説明は、しばしばされています。
病因を解明するのが臨床医学ですが、話はそう簡単ではなく、症状と病因が、一対一で対応しないことがよくあるのです。
例えば、インフルエンザの特異的な症状と言えば、激しい高熱と関節痛、筋肉痛などがありますが、非特異的な症状には、通常の風邪症状と変わらないような微熱、鼻汁、咽頭痛などがあります。
簡単に言うと、診断に直結するような症状が、特異的な症状ということです。
非特異的症状に着目し、ストレス学説を築いたのが、本書の主人公であるハンス・セリエさんです。
<参考図書>
「現代社会とストレス 原書改訂版」(叢書・ウニベルシタス)ハンス セリエ(著)杉靖三郎/藤井尚治/田多井吉之介/竹宮隆(訳)

「生命とストレス―超分子生物学のための事例」ハンス セリエ(著)細谷東一郎(訳)

「からだの知恵 この不思議なはたらき」(講談社学術文庫)B・ウォルター・キャノン(著)舘隣/舘澄江(訳)

人体に、なんらかの機械的刺激や精神的刺激が加わると、身体が反応して、非特異的な症状を起こします。
ストレスのせいで、胃潰瘍ができたり、免疫機能が低下したりします。
また、緊張して、手に汗をかいたり、心臓がドキドキするのも、ストレスに対する自律神経を介した身体の反応です。
精神的なストレスに対する反応は、脳に入力されたストレスが、神経分泌ニューロンを介して自律神経系や、ホルモン分泌の中枢である視床下部に電気信号として入力されることから始まります。
自律神経系には、交感神経と副交感神経がありますが、これらは、対の働きをしていて、たとえば、交感神経は、心臓をドキドキさせますが、副交感神経は、心臓をゆっくり動かします。
イメージとしては、ピンチにの時に活発になるのが、交感神経で、リラックスしている時に働いているのが、副交感神経です。
ストレスに暴露され続けていると、身体に対して、慢性的な変化を起こします。
高血圧などは好例です。
三大疾病の中に、心筋梗塞や脳卒中がありますが、これらの原因に、高血圧が少なからずあります。
私たちの心の状態と大いに関係がある
「ストレス」
ですが、これに、どう対処していくかというのが、永遠のテーマになります。
ストレスへの対処法というのは、ストレスをストレスとして認識しないようにする、ということしかないのだと思います。
ある人には精神的なストレスでも、他の人にとってみれば、精神的ストレスとして感じないこともあるわけですから。
本書では、そのためには、
「意思の力を利用する」
ということ以外は書かれていませんが、他にも、工夫の余地は、あるようにも思います。
行き着くところは、外的ストレスに対する自分の感情にどう対処するかということになるのだと思いますが、一つの解決策として、以下の記事が役に立つでしょう。
[ コメント ]
本書では、本当に優れた科学者は、課題解明者ではなく、課題発見者であるということが主張されています。
たしかに、本書のテーマである
「ストレス」
のように、何となく皆が感じていることを課題として設定できる力が、大切なんだと思います。
そういう意味で、ハンス・セリエさんは、科学におけるイノベーションを起こしたと言えるのだと思います。
