【LAWドキュメント72時間】私たちが本質を見失いがちなのはなぜか?
以前、悪いことを、考えてみたことがあります( 一一)
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【参考記事】
そんなことを考えて思うのは、私たちが、
「本質」
を見失いがちなのはなぜなのか?
その点について、柳宗悦が、こんな言葉を残していました。
「柳宗悦茶道論集」(岩波文庫)柳宗悦(著)熊倉功夫(編)

「大方の人は何かを通して眺めてしまう。
いつも眼と物との間に一物を入れる。
ある者は思想を入れ、ある者は嗜好を交え、ある者は習慣で眺める。
だが、じかに見るのとはまるで違う。
・・・じかに見るとは、考えるよりも前に見ることである。」
誰しも、内に見えない、ある種の
「思想」
や
「哲学」
を持っていて、それのフィルターを通して、確かに、
「世界」
を捉えやすくはなると思いますが・・・
でも、私たちは、
「自分が信じるもの」
を、補強するために、なんらかの
「思想」
や
「哲学」
を対立軸に置いてしまいがちです(^^;
【参考図書】
「有と無 見え方の違いで対立する二つの世界観」細谷功(著)

「High Conflict よい対立 悪い対立 世界を二極化させないために」アマンダ・リプリー(著)岩田佳代子(訳)

「対立の炎にとどまる 自他のあらゆる側面と向き合い、未来を共に変えるエルダーシップ」アーノルド・ミンデル(著)松村憲/西田徹(訳)バランスト・グロース・コンサルティング株式会社(監修)

「共に変容するファシリテーション 5つの在り方で場を見極め、10の行動で流れを促す」アダム・カヘン(著)小田理一郎(訳)

「子どもたちに民主主義を教えよう 対立から合意を導く力を育む」工藤勇一/苫野一徳(著)

更に厄介なのは、
「嗜好(好き嫌い)」
も関わってきて、自分が”好まない”思想や哲学を通して見える世界に対して、本質を見出すのは困難です(^^;
思想や嗜好が固まってくると・・・
背景知識や経験なしに、物事は、捉えることは難しくなり・・・
思索を巡らすこともなく・・・
「直観的に判断」
しようとする
「習慣」
が付いてしまう結果に繋がりやすくなります。
それらは、
「脳科学」
や
「進化心理学」
等の観点からは、どうしようもない話であり、それを気づけるかどうかは、己自身の才覚にかかってきます。
そういえば、本書の中で、
「「運命」と「選択」の科学 脳はどこまで自由意志を許しているのか?」ハナー・クリッチロウ(著)藤井良江(訳)

「人間の脳がパターンを見つけ、そのパターンを使って意味を作り上げるということ、そしてその意味を手の込んだ信念体系に発展させるのは、生得的で普遍的な衝動であり、進化的に大いに有利と言うことだ。
信念とは実用という観点から見れば有益で、幸福感や社会的一体性の高まりと強く結びついている。」
と指摘されており、だからこそ、例えば、
「仏道をならふといふは、自己をならふ也。
自己をならふといふは、自己をわするるなり。
自己をわするるといふは、万法に証せらるるなり。
万法に証せらるといふは、自己の身心および他己の身心をして脱落せしむるなり。」(「正法眼蔵・現成公案」より)
道元は、
「身心脱落」
を説いていて、まず必要なことは、
「自己を捨てる(無心・無欲)
ことであり、こんな困った
「脳の習性」
との戦いを経て、本質を掴もうとしているのだと考えられませんか。
「知る」
と
「曇る」
眼。
午後の日差しのなか。
ふと浮かんだのが、冬の空でした。
冬の空は、西高東低の気圧配置・季節風・地形等により、太平洋側と日本海側では様子が違います。
太平洋側では冬の青空、日本海側では曇りがちで雪や時雨。
「冬の空・冬天(とうてん)・凍空(いてぞら)・寒天(かんてん)・寒空(さむぞら)」は、俳句歳時記の季語「冬・三冬」でしたね。
「冬の天海の上にて真蒼なり」
(大谷碧雲居)
「冬天に残る柘榴のひとつのみ瑕瑾だらけといふが愛しも」
(安永蕗子『緋の鳥』より)

「抽象」
とは、
「意志に支えられた行為」
であるなら、このあと、急いで帰る理由がどこにも見つからないと思うか、どうか(^^)
お楽しみは、このあとも続く。
いまから僕は、それを、この世界の中に、見つけに行きたいと思います(^^)/
そんな風に、捉えて読み直すのも。
また、一興と、言えるのかもしれない、ね(^^♪
