【その一冊が、くれるもの。】「やめてよい」と言えるのは責任者のみ
【参考記事①】
『ジャパン・アズ・ナンバー・ワン』の著者が予言していた日本の没落
「新版 ジャパンアズナンバーワン」エズラ・F.ヴォーゲル(著)広中和歌子/木本彰子(訳)

「日本の高度経済成長の要因を分析した本だが、博士は日本人の学習意欲や読書量の多さに注目し、米国人にそれを教訓とするよう促している。」(上記記事からの抜粋)
「ホワイトカラーの生産性はなぜ低いのか 日本型BPR2.0」村田聡一郎(著)

デジタル化の3つの特徴(速い・複製できる・100%正確かつ無限にこなせる)により、今までホワイトカラーが担っていた定型業務は、コンピューターにやらせることが可能となった。
本来であれば、浮いた時間を他の高付加価値な業務に使うことで、生産性は上がるはずだった。
「ブルーカラーが従事している作業の大半は、「フィジカルなモノ」を対象としている。
そしてそれは、ごく一部の例外を除き、「多数の」「均質な」モノである。
(中略)
ホワイトカラーが従事している作業の大半は、「情報」を対象としている。
求められているのは、「できるだけ有用な」情報が「ひとつ」だけである。」(P142、144)
「ホワイトカラーが作っている情報は、ブルーカラーが作っているモノと違い、それを作るために投入した「時間」と「価値」がほとんど比例しない。
ということは、これを裏返して考えるとどうなるか?
「価値」を大幅に高めつつ、「時間」は大幅に削減できる可能性も大いにある、ということである。
ポイントはとにかく、作業にかけた時間と価値の量が比例するブルーカラーの常識を漫然とホワイトカラーに当てはめるのをやめ、ホワイトカラー業務に適合した生産性向上策を考える、ということに尽きる。
ひとことでいえば、ブルーカラーには、「与えられた仕事を一生懸命に、丁寧にやりなさい」という働かせ方でもよい。
しかしホワイトカラーに対しては、「一生懸命に、丁寧にやるだけではいけない。成果=利益につながるか?を常に考えながら行い、つながらない場合には時間を投入することをやめなさい」という働かせ方をしなければならないのである。」(P159)
ところで、ホワイトカラーの業務とは、ブルーカラーのそれとは大きく異なる性質がある。
具体的には、
①モノではなく情報を扱う
②その情報をつくる作業量と価値が比例しない
③定型業務と非定型業務の境目が曖昧
④業務の見える化がしにくい
以上の4点です。
これらの特徴により、特に、日本のホワイトカラーの働き方は、あるタスクに対する
「やる・やらない」
の判断基準が、価値基準ではなく、時間を基準とした線引き(時間が許す限り、グレーゾーン業務であっても、クオリティを極限まで高めてしまう)になりがちである。
よって、しかるべき責任者が、能動的に指摘しない限り、やる方の人間は、余計な仕事をやめることができず、ゆえに、デジタル化を推進して、業務を効率化したとしても、それが、生産性の向上に寄与しないというわけである。
「トップが現場に対して「カイゼンせよ、無駄を省け」というのは無意味なだけでなく、無責任なのだ。
上が言わなくてはならないのは、「少人化せよ、そのためにはグレーゾーン業務をやめていい」だ。
「100%ムダ」と言い切れる業務などホワイトカラーの現場にはないのだから。」(P201)
本書を読んで思ったことは、日本が、後進国に転落したのは、政治の堕落等に加え、企業内のマネジメントが過去の成功体験、つまり、ブルーカラーに対する、それから、脱却できていないことが、看過できない原因としてある、ということ。
日本は、モノ作りで、一時期、世界の市場を、席巻しました。
それは、トヨタのカイゼンに代表される、ブルーカラーに対するマネジメントを、磨きに磨きあげて成し遂げた「Japan as No.1」だったのですが、時代は、変わり、現代は、AIに代表される、ホワイトカラー業務の生産性が、以前に増して、企業競争力を左右するようになりました。
ですが、私が所属している企業も例外ではなく、マネジメントは、
「やめるべき業務」
を明確にして、廃止するどころか、どんどん、グレーカラー業務を増やす始末(^^;
日本の国力低下からの回復は、昭和からの脱却なくして、有り得ないのではないでしょうか。
それに加えて、
「教育の質」
を維持していくことが、とても重要です。
【参考図書】
「企業変革のジレンマ 「構造的無能化」はなぜ起きるのか」宇田川元一(著)

【参考資料】
【参考記事②】
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