役割は人それぞれ
私はつくづく思うのですが、人にはそれぞれ成すべきことというか、やるべきことというか役割というか、使命みたいなものがあるのだろうな、と思うのです。
でないと、人のことばかり羨ましがったり自分と人と比べて悩みがつきなくなってしまう。
そんなときに思い出されるのが詩人でるエミリー・ディキンソンのこの言葉。
「花が咲くのは結果である。にもかかわらず、通りすがりにたまたま花を眺める者が、こまごました部分が開花に果たした役割を思うことはまずない。」
たとえば、周りは結婚して子供もいて、なのに私にはその気配はないし、私はごく一般のそうした生活がしたいのに、しかも多くの人がやっているからそれほど難しいことじゃないはずなのに、なぜそれが私にはできないのか、とか。
もちろん、答えはひとつじゃないだろうし、また正しい答えというのが何かとはなんとも言えませんが、ひとつ言えるのは、今現在そうなっていないのだから何か裏がある。
もしかしたら、何かその前にするべきことがあるとか、または、いわゆるごく一般の生活(何を一般とするかは別として)ではないことを実現するようになっているとか。
運命を信じるか信じないか、変えられるか変えられないかも個人の選択なのですが、物事には後で種明かしみたいに「こういうことだったんだ」と思えることは多々あるので、どこかで何かが動いているのかもしれません。
そう、目立つことのない地道なことをやり続けなければ、持続できる結果は出ないし、結果を出すためには、それなりの時間と過程が必要だということを認識しなくちゃ、ね^^;
派手で目立つ部分だけに注目すれば、再現性のない一時的なもので終わってしまいます。
キャリアでもそう。
あの人のキャリアはいいな、と思って、同じようになれるよう努力してみても、自分がそうなれないときもありますね。
努力不足なのかそれとも運命がそうでないのか、というのはときに答えが微妙でわからないからちょっと面倒です。
でも、もがいてももがいても実現しないときは逆に何か力を抜きなさい、とか、別な方向へ目を向けてみなさい、というようなメッセージの可能性も無視できません。
自分の役割が何かわかっていれば、自分の進む方向を決めるのにも役立つので、かなり助かります。
それに、普段の努力にも納得もできます。
言い換えれば、目標と自分の目線が一致していてブレなければ、進む方向が揺らぐことはないので、迷うことや苦しいことはあるかもしれないけど、常に前を向いて進んでいく。
そこさえしっかりしていれば、あとは全力を出すことだけに集中してみれば、フォーカスもできるから目移りもしににくなって邪念が入ることも減ります。
世の中にはいろいろ誘惑が多いですから。
ただ、自分の役割が何か、という大きなテーマになると、普段あまり考えないから、よくわからないことも多いのですよね。
人それぞれに役割があり、また自分の役割が何かわかっていれば、人と比較する必要も減るし、マイペースを保つこと、私は私だと思えるのも楽になってきます。
自分の役割を果たしてそれに満足することは充足感にもつながるし。
あなたはいかがですか。
自分の役割って何だと思いますか?
動物行動学者であるジェーン・グドールは、「ひとりひとりが重要であり、それぞれに役割があり、だれしもに現実を変える力がある。」と言っていましたね(^^)
たとえ大きなことでなくても、できることを確実にやっていけば、それはやがて大きなものになるから、いま自分ができることを考えて、小さなことでもいいから実行していくべきです。
小さな一歩が大きな変化につながっていくのだから、自分の役割を知るには何が近道なのか、これもときにはシンプルでないからややこしいですね。
小さいときから自覚していることもあるし、周りがすぐに気づくこともあります。
人によっては、遠回りばかりして回りまわってめぐり合うこともあるでしょう。
ただ、自分が自然と惹かれるものや興味、好奇心のわくところ、楽しいこと、得意なことから始めればいいなと思います。
人生の大きな鍵は、今あるもの、状況を自分の見方・考え方で、現状よりも難しくしないこと。
たとえば難しく考えると物事は難しくなるし、悲観すれば状況は悪くなります。
できるだけシンプルに、楽しいことやハッピーなことを数えつつ、というような前向きさがあるほうがいい。
役割を自覚するのも同じこと。
わからないからと言って、難しく考えたり、複雑にせず、できることからやって、いつかわかるようになるはずと思っていたらよさそうです。
