気づかないほどの小さな選択でも
普段、どんな選択をしているかあまり意識していませんが、あなたは最近どんな選択をしていますか?
たとえば、ハッピーになる選択、反対の選択。
前向きになる選択、そうでない選択。
元気でいるための選択、元気をなくす選択。
周りで起きる出来事は自分でコントロールできず選べないこともあります。
それは確かにそう。
自分が無意識に引き寄せていることもあるのですが・・・・・・
ただ、何かが起きて、その後どうするか、どう感じるか、の選択は常に自分でできること、忘れそうになってませんか?
それから、普段私たちがどれだけのことを無意識に選択しているか、も。
たとえば、朝起きることや会社に行くことなど当たり前すぎて、無意識すぎて、自分でそれを選んでいることさえ、もうわからなくなってます。
「自分で選ぶ」ことに確かに慣れていないことってあると改めて思いました。
とくに日本ではそう。
与えられるものに対してあまり疑問を持たないようになってる。
これは国民性なのか文化なのか、和を重んずることから来る習慣なのかわかりませんが、簡単なものでは食べ物から。
自分が欲しいもの、進みたい道、やりたいことなど、このあたりは比較的わかりやすい選択ですね。
わかりにくいのが、何か起きたときに、そのリアクションとしての自分の選択です。
何かがあると、つい、不可抗力で自分の力ではどうにもできなくて私はアンハッピーになってる、と思うことはないですか?
アンハッピーの部分に、「惨め」「不幸」「傷ついた」「悲しい」「むかつく」・・・・・・と入るものはたくさんありそうです。
確かに、直後のリアクションとしては、何も考えないのでこうした感情が出てくるのもうなずけます。
訓練次第で直後のリアクションを変えていくことも可能ですが、別に感情を無理に否定しなくてもいい。
ただし、最初のリアクションの後、ここからどうするか、「レスポンス」がポイント。
不可抗力の出来事は、誰にでも起こるし、誰だって経験します。
いつでも違いは、その後。
確かにラッキー・アンラッキーは多少はあるにしても、どう見てもとてもラッキーとは思えれない境遇にあった人がハッピーでいるのを見れば、ラッキー・アンラッキーが果たしてどれくらい重要なのか、そしてそれをどれほど重要視するかもひとつの選択。
となると、結局はここでどんな気持ちを選んで、どうなっていこうと思うのか、そしてそのために何をしていくかの選択が本当に人生の分かれ道。
自分が不幸と思うとしたら、それも選択のひとつ。
私はハッピーだと思うのもひとつ。
気持ちって重要で、ハッピーな人と自分が不幸だと思う人とでは、行動も変わってきますから結果も変わってきます。
普段の選択、毎日の小さな気持ちの選択にもう少し意識を向けて、プラスに持っていくように積み重ねてみると、きっといろいろなことが変わってきそうです。
