【外に目を向けすぎていないか?】生きることは編集することに似ているのかもしれない

新たな自信を、
「外」
にばかり求めるのではなく。
既に、
「内」
にあるものを俯瞰し、視点を合わせて、見直すことも必要なのでは?
連想1:日本を意識する
例えば、世界地図を、90度回転すると日本が・・・

「デザインのデザイン」原研哉(著)

連想2:記憶の中に星や星座を見出せるか
「かごからほたる 一つ一つを 星にする」(荻原井泉水)
意外なものが人生を映し。
発想ひとつで見える世界が変わることもある。
「私は一つの星を拾ったという事に微笑むのだ」(荻原井泉水「星を拾う」より)
連想3:カタカナ語(ブレイクスルーやイノベーション)より守破離
「規矩作法 守り尽くして 破るとも 離るるとても 本を忘るな」(利休百首のひとつ)
既存の型(題材となる知識・知恵)を守り。
型を破って(集めたものに独自の編集を加える)外に出て。
型を離れて(それらの過程を経て)新たな型を生む。
「バイリンガル利休百首 Rikyu's Hundred Verses in Japanese and English」井口海仙(著)裏千家淡交会国際部(監修)

稽古とは一より習ひ十を知り 十よりかへるもとのその一(Practice constitutes learning from one, becoming cognizant of ten, then returning from ten to one, the beginning.)
連想4:アイデア創出においても「型」が重要
「アイデアとは既存の新しい組み合わせ以外の何ものでもない。
既存の要素を新しい1つの組み合わせに導く才能は、事物の関連性を見つけ出す才能に依存するところが大きい。」(ジェームス W.ヤング「アイデアのつくり方」より)

つまり、既存の知識の巧みな編集から、アイデアが生まれてくる。
型を覚えることも、創造への第一歩であるのだから、ものを覚えることを、軽視しないように注意したい。
連想5:日本文化の特殊性
国の文化の根幹には、文字や文体があり、日本語の特殊性を、今一度、意識して使ってみる。
■漢字=漢語=音語=漢文体:政治・思想・宗教を表現するための断言の言語
■ひらがな=和語=訓語=和文体:性愛と四季と耽美の世界を担う言語
■カタカナ:正書体の存在しない発音記号の半言語
■アルファベット:新参者
連想6:約束は縦に書く?
論理的思考というのは、もしかしたら、横書き言語圏ならではの思考法なのかもしれない。
横書き:横書きでは書き終えた文字が常に目に入る
縦書き:書き終えた箇所が右手で隠されるため、常に未知の余白に進む
■参考記事
■参考図書
「縦に書け! 横書きが日本人を壊す」(祥伝社新書)石川九楊(著)

連想7:橋本文法とは?
国語学者である橋本進吉が提唱した文法理論で、学校文法の中心となっており、この方法では、言葉の意味を考えるというやり方のため、そこで推考が終わっていないか、常に、注意しておく必要があると考えられます。
橋本文法の主な特徴は、次の通りです。
①文を句切りながら発音して、それ以上に句切らない個々の部分を「文節」とする、
②文節は一定の意味を持ち、発音にも規則性がある。
③文節をさらに意味を有する言語単位に分解することで「語」を認める。
④「山」のように独立し得る語を「詞」(自立語)、「に」のように常に詞に付くことで文節となる語を「辞」(付属語)とする。
連想8:主体的表現と客体的表現
「日本語とはどういう言語か」(講談社学術文庫)石川九楊(著)

本書に依ると、言葉を表現する者の頭の中で、使用された言葉が、どのように認識して表現されるのか、という認識と表現の過程をたどって考えてみる、というやり方で進める必要がある。
フーコーの「言葉と物」

の冒頭に使われて有名になったベラスケスの「宮廷の侍女たち」

でさえも、二つの(主体的表現と客体的表現)が読み取れるのだから、ましてや、言語であればなおさらだと、石川さんは述べられています。
つまり、それは、言葉が発せられる過程を、表現者の立場に立って、追体験してみるというやり方です。
このやり方は、日常的に用いる言語表現にも活かされるし、自分が文章を表現する時にも非常に有効に働くのではないでしょうか。
連想9:私たち1人1人が自らの人生の編集者
差別化、連想、語彙(言葉)が三位一体となって、いいモノができる。
差別化と語彙が大切なのは、教養がなければ烏合の衆となり、搾取される人生となるから。
「編集 悪い本ほどすぐできる 良い本ほどむずかしい」豊田きいち(著)PIE BOOKS(編)久野寧子(取材・構成・執筆)

本書の内容について、久野さんが、以下の様に、まとめてくれています。
■言葉は「音楽」であり、文章は「絵」である。
■いい文章とは、「面白い文章」、面白い文章とは「分かりやすい文章」である。
■カタカナは「漢字」である。
■センテンスは短く、句読点は、多いほうがいい。
■どこにでも行ける五叉路に立つのではなく、この道しか行けないという横丁(言葉)を選ぶべきである。
■言葉を粗末にしないこと。常に、言葉を意識していく。
「企画を立てるために、最も重要な素質は、「連想」である。
この連想能力があれば、何を見ても、何を読んでも、企画に結びつけることができる。」(P64)
また、連想には、
・ちひさきものに幸せを見つける(清少納言)
・幽玄(有限)の中に無限の美を見る
等の様に、負の感情から立ち上がる強さがあり、そして、
・うつしの美学(夏目漱石「草枕」)
・「花に染む 心のいかで 残りけん 捨て果ててきと 思ふわが身に」(西行)
の様な見立ての美学が、人生を豊かにしてくれるのではないでしょうか。
連想10:味わいある豊かな人生を送るには?
「数寄というは、人の交はりを好まず、身のしづめるをも愁へず、花の咲き散るをあはれみ、月の出入りを思ふにつけて、常に心を澄まして、世の濁りに染まぬを事とすれば、おのづから生滅のことわりも顕はれ、名利の余執つきぬべし。(人との交わりを求めず、落ちぶれようと愁うことなく、花や月に心を寄せ、常に澄んだ心をもって、世俗にとらわれない生き方を「数寄」という。そうすれば世の無常を理解し、名声や利益への執着から解放されるだろう。)」(鴨長明「発心集」より)

「純粋に好きを貫き通す」
ことが
「数寄者」
の心得と、鴨長明は言っていましたね。
また、兼好法師は、
「世に従へば、心、外の塵に奪はれて惑ひやすく、人に交れば、言葉、よその聞きにしたがひて、さながら、心にあらず。・・・分別みだりに起りて、得失止む時なし。(世間に合わせて人と交われば心は乱れる。他者との比較に惑い、損得勘定に心がとらわれてしまう。)」(兼好法師「徒然草」75段より)

孤独を埋めようと、人と群れたり、人に媚びたりすれば、
「純粋に好きを貫き通す」
ことなんて、できなくなってしまうよ、とアドバイスしてくれていましたね。
そして、千利休も、
「なるはなしならぬはなさず成ままにすく数寄者こそすきのすきなれ。(できないことにこだわらず、できる範囲で風雅を追求する数寄者こそが、数寄者のなかの数寄者。)」(千利休)
と、エールを送ってくれているので、あくまで、色んな称賛は、
「人生のオマケ」
程度だと開き直って、
「楽しんで続けられる形」
を見つけることが、最優先事項です(^^♪
連想11:成熟した文化のたたずまいの中で生きていく
日々、生きていれば・・・
「心に一点の曇りもない日」
なんて、殆ど存在しない様なものです(^^;
仮に、大人の条件があるのなら・・・
それは、
「ひとりで作る幸せ」
を、持っているかどうか。
きっと、それは心の柔軟性に繋がって行くはずだし。
笑顔で生きるには、心に、
「数寄者」
の精神を育んで行くことも必要だと、思ったりします(^^)
「山上宗二記」(現代語でさらりと読む 茶の古典)竹内順一(著)

本書に依ると、
「数寄者」
の条件として、覚悟(心構え)と作分(創意工夫)、手柄(技量)をそなえながらも
「一物も不持」者
であると言っています。
茶道には、色々な日本の文化が集約されています。
例えば、
「建築」
「庭」
「諸道具」
「料理」
「香」
「書」
「花」
や、今では現代生活から排除されてしまった
「火の文化」
など、それらを現代に生きる私に合う様にプロデュースしてみるのも面白いのではないでしょうか。
これら先人達の考え(アイデア)を活かすためにも、既存の知識の巧みな編集から、アイデアが生まれるのなら。
知識は、詰め込めるだけ詰め込んでしまった方が、良いと考えられないでしょうか。
その知識(人生)を編集する力を、いかに身につけるかが、重要なのだから・・・
