【音声による芸術的表現の多様性】歌、哥、謌、謳、謡、諷、唱、詠、唄の世界

「地にあらず歌にただ見るまぼろしの美くしければ恋とこそ呼べ」(山川登美子『恋衣』より)
「をのもしれなきてしおもてひとしらしとひてもをしてきなれしものを」(西園寺実兼「詠百首応制和謌」(古典文庫)より)
「「自由を謳歌」ってひとりぐらしのトイレにも鍵かけているわたくしが、か」(イソカツミ『カツミズリズム』より)
「竹群の霜とけて日にかがよへり無数なる童謡うまるるごとく」(宮柊二『日本挽歌』より)
「横にいてこうして座っているだけで輪唱をするあまた素粒子」(田中槐『ギャザー』より)
「うるせえぞおまへ、挽歌詠んだろか。花のなまへをつけてやらうか」(伊豆みつ『鍵盤のことば』より)
「スランプの僕の脳みそ唄うのはキリンレモンのリフレイン」(樋口智子『つきさっぷ』より)
1.はじめに
日本語には音声を用いた芸術的表現を表す
「うた」
という言葉があり、この概念を表す漢字として
「歌、哥、謌、謳、謡、諷、唱、詠、唄」
など多様な表記が存在します。
これらの表記は単なる同義語ではなく、時代背景、文脈、表現形態によってさまざまな意味合いと用法の違いを持っています。
本記事では、これらの表記の意味、歴史的背景、芸術表現としての特徴を詳しく解説します。
2.「うた」の概念と語源
「うた」
とは、ブリタニカ国際大百科事典によれば
「音声による芸術的表現の一つ」
と定義されています。
その語源については諸説あり、手拍子を
「打つ」
ことに由来するという説や、感情を表す
「うったふ」
または
「うれたふ」から派生したという説など、定説は確立していません。
「うた」
という概念は単に歌唱行為だけでなく、声に旋律性を与え、感情や情感を伝える芸術的表現全般を指し、日本の文化や歴史の中で重要な位置を占めてきました。
3.漢字表記の種類と特徴
(1)「歌」(うた・か)
最も一般的な表記で、常用漢字としても採用されています。
広く音楽的な高低や調子をつけて発声する行為を指します。
形声文字で、声偏に
「哥(か)」
を声符とします。
中国では楽器に合わせるものを
「歌」
と区別したとされますが、日本では一般的な歌唱全般を指す用法が確立しています。
(2)「哥」(か・うた)
「歌」
と同義ですが、主に古い文献や和歌などにおいて用いられる表記です。
古代中国において既に
「歌」
と同義で使われており、万葉集などの日本古典でもこの字が用いられることがあります。
(3)「謌」(か・うた)
「歌」
「哥」
とほぼ同義ですが、声偏に
「加」
を声符とする点が異なります。
字義としては
「うたう。音楽に合わせてうたう」
「拍子と節をつけてうたう言葉。韻文」
といった意味を持ちます。
(4)「謳」(おう・うたう)
本来の意味は
「多くの人々が褒めたたえる(謳歌する)」
「ある事を盛んに言いたてる、明記して主張する」
といった比喩的な用法を持ちます。
例として
「太平の世を謳う」
「国民主権を謳った憲法」
などの用例があり、音楽的な
「うたう」
の意味ではなく、ある事柄を力説したり賞賛・主張する場合に使われます。
(5)「謡」(よう・うたい・うたう)
主に能楽などの謡曲で使われる表記です。
無伴奏のうたを意味する用法が中国にあったとされ、日本でも能楽の歌詞に節をつけて歌う場合に
「謡う」
と書くことが多いです。
「謡曲(ようきょく)」
や
「民謡(みんよう)」
などの熟語でも用いられます。
(6)「諷」(ふう・うたう)
「風刺する」
「朗誦する」
という意味を持ち、特に教訓や批評を含む歌や詩を指すことがあります。
仏教音楽においては
「諷誦(ふじゅ)」
として経典を朗読する際の一つの形式を表すこともあります。
(7)「唱」(しょう・となえる・うたう)
声に出して読み上げる、唱える行為を表します。
「歌う」
と基本的な意味は同じですが、通常の使われ方は異なり、主に
「声に出して読み上げる」
ことを指します。
仏教における経典の
「唱える」
行為や、複数人で同じものを声に出す
「合唱」
などの用例があります。
(8)「詠」(えい・よむ・うたう)
詩歌を作る、または詩歌に節をつけて朗読することを意味します。
「詩歌を詠む」
「和歌を詠む」
などと使われ、作詩行為と朗読行為の両方を含みます。
声を長くのばして詩歌をうたう
「吟詠(ギンエイ)」
のような用例があります。
(9)「唄」(ばい・うた・うたう)
「歌」
とほぼ同じ意味を持ちますが、特に日本古来の邦楽、特に三味線などの楽器演奏に合わせてうたう場合に用いられる傾向があります。
「長唄(ながうた)」
「小唄(こうた)」
などの用例があり、江戸時代には浄瑠璃などの声曲の歌曲性を強調する場合に用いられました。
4.日本の伝統的な声楽表現
日本の伝統的な声楽は、大きく
「歌い物」
と
「語り物」
に分類されます。
▶参考記事:舞台芸術教材で学ぶ > 日本の伝統音楽 > 歌唱編
「歌い物」
はメロディーを重視した叙情的な表現であり、
「語り物」
は歌詞・内容を伝えることを重視した叙事的な表現です。
それぞれ表現の目的と演奏の場が異なるため、歌唱法にも違いが見られます。
また、平野氏は日本語の特性および音や旋律を保有する仕組みから、日本語の唱法を
『吟諦』
『朗諦』
『詠唱』
の三分類で説明しています。
▶参考資料:特集★日本語をどのように<うたう>か <まとめにかえて>日本語をどのようにうたってきたか -その旋律化の営みに見る
吟諦:定型化された文言の発音に見られる特徴で、一定の形に整えられ、引き伸ばされることもある。
朗諦:一定の音高を持つ表現。
詠唱:「等拍」(音楽的な拍)と「不等拍」(引き伸ばしを伴うもの)に区別される表現。
5.声明(しょうみょう)
声明は仏教儀式のための音楽として伝承されてきた
”chant”
(チャント(英語: chant)とは、一定のリズムと節を持った、祈りを捧げる様式を意味する古フランス語に由来する言葉である。 日本語では一般に詠唱、唱詠、唱和などと訳される。)
で、各宗派の歴史的背景・開祖の伝承、中国からの新たな教えなど外部要因の影響を受けながら、独自の展開を遂げています。
▶参考記事:各宗派の声明
特に声明の体系化・理論化に大きな貢献をした天台宗と真言宗の声明が二大流派として知られており、以下の特徴があります。
天台宗の声明:ゆったりとした優美な唱えが特徴で、女性的な表現とされる。
真言宗の声明:ダイナミックで力強い唱えが特徴で、男性的な表現と捉えられる。
能の詞章を語る
「謡曲」
には、声明の特徴が多く見られ、音韻やリズムが継承されています。
6.和歌の表記の歴史と特徴
日本の古典和歌は、その表記方法によって異なる様式を持っています。
特に万葉集の時代には、以下のような4つの表記スタイルが確認されています。
▶参考記事:新選万葉集 その和歌表記の特殊性
詩体歌:漢字の借音を用いず、文法的な助詞(てにをは)を持たない表記。
非詩体歌:一部に日本語の『てにをは』に相当する借音漢字が含まれる表記。
常体歌:語を示す漢字に、しばしば『てにをは』として用いられる借音漢字が含まれる、より自然な文章体に近い表記。
一字一音万葉仮名歌(真仮名和歌):漢字を表音文字として、一字一音で和歌を表記する方式。
万葉集の表記方法は、
「漢字に借音した一字一音の万葉仮名(真仮名)」
によるもので、原文では明確な語区切りが存在しない連綿とした二行の形態で記載されました。
この独特の表記スタイルは、後に平仮名へと翻訳され、藤原定家の影響下で読みやすい形式へと変化していきましたが、万葉集本来の独自の感性や漢詩的遊び心も込められています。
7.日本語歌唱の特徴と西洋音楽との違い
日本語の歌唱は、以下のような特徴を持っています。
(1)日本語の特性である多くのモーラと、基本的に母音で終わる発音構造により、語感に基づいたリズムや拍が形成される。
(2)歌詞の構成では、日本語の音韻とアクセント、抑揚を反映した固定的かつ装飾を伴う旋律生成が行われる。
(3)朗諦や詠唱の方式で実践される独特の表現方法がある。
一方、西洋音楽は感情表現のための強弱・速度の変化、和声などにより構築されており、歌詞と旋律の生成・表現方法が根本的に異なります。
日本語の歌唱は言語の内在するリズムや発音の特徴を直接反映するのに対して、西洋音楽は翻訳や後付けの音楽的表現が組み合わされる点で大きく異なるのです。
8.まとめ
日本語における「うた」に関連する漢字表記は、単なる表記の違いを超えて、それぞれが特定の芸術形式、表現様式、歴史的背景を反映しています。
「歌」「哥」「謌」「謳」「謡」「諷」「唱」「詠」「唄」といった多様な表記は、日本文化における音声表現の豊かさと多様性を示すものであり、それぞれが独自の文脈と意味を持っています。
これらの芸術的表現は、日本の伝統文化において重要な位置を占め、現代においても能楽、歌舞伎、声明、民謡など様々な形で継承されています。
日本語の音韻特性を活かした独自の発声法や表現技法が発展し、世界に類を見ない豊かな声楽文化を形成しているのです。
9.参考資料 「うた」の意味・わかりやすい解説
音声による芸術的表現の一つ。
歌,哥,謌,謳,謡,諷,唱,詠,唄などさまざまな漢字をあてる。
その語源にも諸説あり,手拍子を「打つ」ことに由来するとする説や,情感を「うったふ」または「うれたふ」から出たとする説などがあり,その動詞形の「うたふ」との先後関係も明らかではない。
古代においては,実際に声を出して歌われるものに「歌」もしくはその異体字をあてたが,中国の詩賦をまねて文芸本位の読む「和歌」が成立して,その区別に混乱が生じた。
中国では,楽器に合せるものを「歌」,無伴奏のものを「謡」または「謳」とし,また,斉唱の歌を「謳」などと区別したこともあったが,日本ではすべて同義として「うた」の語にあてた。
中世には,実際に歌われるものは,特に「謳歌」と字を重ねて区別したこともある。
中国で用いられていた「歌謡」の語は,明治以降に国文学者などによって「謳歌」に代えて使われるようになった。
音声表現のうちで音楽性の強いものを「うた」として,音楽性の弱い「コトバ」との対概念として用いることもあるが,芸術的な音声表現のうちで特に音節の引延ばしが多く,そこに旋律性が加えられたものを「うた」とし,あまり音節は引き延ばさず,時価の問題は別として,言語の韻律を拍に対応させようとする朗誦性の強い「語り」に対する概念として用いることもある。
中世の猿楽能において,その声楽に「謡」「諷」などの字をあてて「うたひ」と称したのは特殊な用法であるが,音楽用語としては,器楽に対する声楽を特に「うたもの」または「うたいもの」と称して,「歌物」「謡物」などとあてることもある。
近世の江戸においては,「唄」の字をあてて,文芸上の「歌」や語り物の浄瑠璃などの声曲に対して,歌曲性を強調する場合に用いる傾向も生じたが,関西においては「歌」の字をあてたままでそうした性格を強調した。
(出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について)
tuki.「晩餐歌」
jo0ji「謳う」
Ado「唱」
Vaundy「怪獣の花唄」
月詠み「生きるよすが」
